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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第二部 序章
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レベル10のウサギ 3

 ビエスト王国首都、シュリダンは城を頂点とした山の城塞都市だ。

 山の麓には城壁があるが、あまり立派な物ではない。そのため、麓に近づけば近づく程、魔物に襲われる危険度が増す。そのせいか、上の身分の者と下の身分の者とが住む場所ではっきりと区分されている。

 上流階級の者は安全な山の頂付近に住み、麓には貧しい者達が住んでいる。その下層域のことは、アンダーと呼ばれているが、魔物の侵入に怯える点を除けば、そこまで酷い暮らしではなかった。


 ビエストは、国民の大半が魔力を持っているため、魔術具の開発が主な仕事だ。あまり外の国と関わりがない国だが、話を聞いた所によると、他の国に比べて文化レベルがかなり高いらしい。

 それもこれも、皆が魔術を使える事で、魔術具を作る意味が他の国より大きいから、らしい。

 農業や漁業に従事する者も居るが、この首都シュリダンには申し訳程度にしかない。街道が魔物によって使用出来なくなった最悪の場合を考慮したのだろう。

 俺達ウォーリアがいる限り、そんな最悪の場合もすぐに解決されるため、非常にこじんまりとだが。


 

 石造りの六階建ての塔であるカンパニーは、城のすぐ隣にあり重要な施設である事が誰にでも窺える。

 街を麓に向かって歩いていくと、石造りの町並みに染みや汚れが残っており、どことなく汚らしいイメージを与えてくるようになる。そこがアンダーだ。

 俺はアンダー出身のため、ウォーリアとしてのレベルなんか関係なくアンダーの者達は話しかけてくれる。だが恐らく、俺はアンダー1の出世者だ。

 そのため、最近は子供達が俺に尊敬の目を向けて来るようになり、少々こそばゆい。微妙な心地よさを感じてはいるが。

 城壁から大体徒歩5分くらいの所にある二階建ての小さな家が俺の家だ。レベルの高いウォーリアには豪華な住居が用意されている。両親ももう死んでしまったため売っても良いのだが、俺は訳あってこの家を住居にしている。


「ただいま」

「おかえり、ラビ!」


 古くて軋む木のドアを開けると、縫い物をしていた幼なじみがぱっと顔を上げ、笑顔で俺を出迎えた。

 俺が家を売れない理由。

 それはこの幼なじみ、ミカとの関係がある。今年で十七歳、贔屓目かもしれないがけっこう可愛い。赤い瞳は宝石のようで、肩まで伸びた茶髪は柔らかく香りも良い。

 俺はレベル9なので、もっと良い場所に住めるのだが、ミカと隣同士の家に住みたいので、ここを住居にし続けているのだ。居心地が悪い訳ではないから別に良いのだ。

 隣同士という事もあって、勝手知ったる他人の家状態だ。俺が家を空ける事が多いので、いつも留守番を頼んでいる。


 野菜ばかりの夕食を食べ終え、食器を洗ってくれているミカの背に向かって俺は話しかけた。


「明日から長期任務だ。一ヶ月くらい戻らないかもしれないから、留守番頼んだぞ」

「えっ!? ……ってことはラビ、もうレベル10になるの!?」


 パッと振り返り、目を丸くして驚くミカ。

 俺は十九、さすがに早いか。


「まあな。異例の出世だ。俺の他にチコもそうだけどな」

「ふうん……。それって、あの人と一ヶ月も一緒にいるってことね」


 チコの名を出した瞬間、露骨に顔をしかめるミカ。

 以前チコが家まで来たときから、二人の仲はあまりよくない事を知っていたのだから、少々迂闊だった。


「まあ、そうなる……。ところで! お土産に何か欲しいものはあるか?」

「ラビが何事も無く(・・・・・)帰って来てくれれば、それで良いよ」


 何事も無く、を強調させるミカに苦笑いを浮かべる俺。

 言わんとしている事は理解している。


「じゃあ、明日は早いからさっさと寝る。おやすみ」

「うん。おやすみ」


 家主が先に寝てしまうのはどうかと思われるが、両親が死んでからはこれがいつもの事なので、今更の話だ。

 階段を上り、俺は自分の部屋へと入る。

 ベッドとタンス、それにあるモノしかない、簡素な部屋。

 硬いベッドに横たわり、自分の細腕を見上げながら、俺は再確認する。



 俺がウォーリアになったのは、間違いじゃなかったんだと。



 ミカは知らないだろう話。

 幼い頃、街に侵入した魔物によって両親を殺された俺。両親の死体に泣きつき、死体が埋葬されてからは途方に暮れていた。俺に両親以外の肉親は居なかった。

 俺を引き取ろうと言ったのはミカの両親だ。ミカの家はお世辞にも家計は裕福でなく、かなり苦しい生活に成るのは目に見えていた。

 だから俺は言ったのだ。


「俺はウォーリアになるから、大丈夫です」


 そして俺は、当時10才の最年少ウォーリアになった。


 俺は守りたかった。

 俺のような人生を、なるべく多くの人に味合わせたくなかった。

 そして、俺と一緒に両親の死を泣いてくれたミカや、俺を養おうとしてくれたミカの両親のような、優しいこの国の人達を守りたかった。



 俺がウォーリアになったのは、間違いじゃない。




ーーーーーーーーーーーーーーー



 

 真昼間の強い日差しに軽い目眩を覚えながら、俺とチコは二人で長期任務を遂行していた。

 任務は、マーズから溢れ出た魔物を三十日間討伐すること。


 ウォーリアは一騎当千、基本的に任務は極少人数で当たる。

 レベル7からは基本的に一人で任務に当たる事が多く、だから俺はシス先輩に勝手について行っていたのだ。

 今回の任務はレベル9が二人、ということからかなり異例である事が解る。レベル8を死なせたマーズを、カンパニーが危険視したからだろうか。

 俺も同様の意見で、嫌な予感がする。


「ラビ、大丈夫? 顔色悪いよ? 冷や汗も凄いし」

「え? ……本当だ」


 チコに言われて額を拭い、手の平についた汗の量に驚いた。

 今までこんな事は無かった。

 確かに、俺達の目の前には目を逸らしたくなるような大量の魔物の死骸が積み上げてあるが……。今更生き物の死について怯える俺でもないだろうに。

 

「大丈夫。ちょっと寒気がするだけだ」

「ちょっと、本当に大丈夫? これ、昇格試験なんだよ?」


 昇格試験と聞き、一瞬脳裏を駆け巡るシス先輩の姿。

 俺は大丈夫だと首を縦に振り、今回の任務に当たって持って来た武器を軽く掲げてみせる。


 刃渡りが俺の背丈の二倍もある、巨大な長剣。肉厚の刃には魔物の血肉がこびり付いているが、それでこの武器の性能が落ちる事は無い。

 斬る武器ではなく、叩き壊す武器なのだから。



 シス先輩が去り際に残して行った、俺への独り立ち祝いの贈り物。 

 昨日まで俺の部屋に飾ってあったモノ。



「誇りを持て。お前の死は、無意味じゃない」

「…………」


 かつて先輩から聞かされた言葉を復唱する。


「無謀だと馬鹿にする奴らもいるだろう。死んだら元も子もないと。……違うんだよな。俺達の結末は戦死しか無い。ウォーリアになったその時から、俺達は自分の命を燃やし続けているんだから」


 俺がそう言った瞬間、チコは目を見開き驚いた。はっと息を飲むのが聞こえる。

 目を瞑り、かつてウォーリアとして、戦士として命を散らした先輩達に黙祷を捧げる。

 

「……知ってたの?」


 それには答えず、俺は独白するように言葉を紡ぐ。


「ウォーリアとして生きる事を決断したその時から、俺達の結末は決まった。命の炎を高速で燃やし、それゆえ人間を越えた力を手に入れる事が出来る」


 ある者は魔族に匹敵する魔力得た。

 ある者は魔獣を超越する程の身体能力を得た。

 その力を得るための代価が、人間で無くなる事だ。


「……誇りを持て。俺の生き様は、決して間違っちゃいない」


 キッと目を見開き、俺は魔物が現れる森を睨みつけた。

 誰かが犠牲にならなければ、この国は維持出来ない。

 その犠牲である事を、誇りに思え。

 


 俺は確かに、守りたかった者を守れているだろ。



 森から俺より二回りはでかい魔物が現れる。

 現れたのは、白銀の体毛に包まれたオオカミのような魔物、フェンリル。現れた瞬間、一筋の風が吹いた。威圧感が凄い。

 けれど、俺が最初に感じたのは、美しいと言う感情だった。

 一目惚れしてしまいそうな、美しく気高いその白銀の毛並み。

 だが、そんな感情はどうでもいい。

 こんな魔物が野放しになっていれば、交易ルートが潰れてしまう。農村や漁村に被害が出れば、この国は簡単に滅んでしまう。

 そうさせないためのウォーリアだ。


「俺があいつと戦う。雑魚は頼んだぞ、チコ」


 俺は剣を振り上げ、フェンリルへと一歩踏み出した。




 フェンリルとの戦いは、長期戦となった。

 一体どのくらいの時間戦っていたのか、俺には解らない。

 ウォーリアはその気になれば、三日三晩飲まず喰わずで戦える。もしかすると、二晩くらいは過ごしたかもしれなかった。

 攻撃が全く当たらない。姿がいくつにも見える程に素早く動くフェンリルに、俺の目がついて行けないのだ。


 不意に、何かが頭を過った。

 その何かを頭で理解する前に、自然と言葉が紡がれる。

 


「シス……先輩?」



 その高速で動く白銀の影に、先輩の姿が重なる。

 一度も傷つく事が無かったという、一人の先輩の動きと。

 そんな訳ないのに。


「……いよいよ俺も終わりなのかな」


 呟けば、それが真実であるかのように身体に響き渡る。

 疲労が出てくる。剣の切っ先が下を向く。

 まあ、何でも良い。


 俺に疲れが見えたのを、フェンリルは見逃さなかった。

 一瞬で俺に襲いかかってくる。


「最後に戦えるのが先輩なら、それはそれで、面白いですね!」


 疲れてはいても、俺は闘志は失っていなかった。

 俺の振るった剣が、白銀の影と重なった。

 

 その一瞬が、何時間にも感じられた。

 俺に何かを教えようとするかのように、時空が歪んだかのように。


 傷一つ無かったフェンリルの身体に、大きな溝がつき、そして倒れた。

 満身創痍だ。俺は剣を地面に突き立て、なんとか立ったままで居られた。

 倒れたフェンリルを見下ろし、俺は笑いかける。


「誇りを持て。お前が倒せなかった男は……英雄だ」

「ラビッ!?」


 気付けば、剣から手が離れていた。

 あ……れ? なんだか、急に……。


 異空間にでも飛ばされたように、空間が歪んだ。

 足場が無いと感じる程に、足に力が入らない。満足に立っていられない。

 身体も歪んだみたいに、あっちにふらふら、こっちにふらふらとする。

 これまで殺して来た、魔物の呪いか。

 チコの顔が歪む。いや、視界がおかしいのだ。手の震えも止まらない。

 何かの禁断症状が出たかのような、不安定な体調。


 その突然の強烈な目眩に、俺は意識を手放した。



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