レベル10のウサギ 2
俺の元に配属になった男達を見下ろす。皆、勇敢で強そうな男だ。
羽織ったレベル9の制服は、シス先輩の髪の色と同じ白銀。胸元にウォーリアのシンボルである、円を描く二つの角を持った獣が刻まれている。
俺は彼ら、レベル1のウォーリアに先輩として言葉を与える。
「誇りを持て。こいつは金にならないが、お前を強くする」
シス先輩はもういないが、俺は彼らの先輩なのだ。
シス先輩が豚の足を引き千切って食していたあの日から、一年と一日。
いや、シス先輩の訃報から一年、俺は先輩よりも上、レベル9になった。
聞いていた通り、シス先輩の遺体は戻っては来なかったし、見る事は出来なかった。
これまで一度も怪我をした事が無いと言うシス先輩が、どうして死んだのか。
それを確かめるため、俺は必死に任務をこなし、レベルを上げた。
そして、レベル9になったことでカンパニーの任務記録を読めるようになり、俺は知った。
シス先輩が受けたレベル9への昇格試験に当たる長期任務は、辺境の地マーズでの魔物討伐。
マーズとは、ビエスト王国の治める大陸の北東部にあり、大陸の東端だ。ビエストは他の国と比べて魔物が多く、そして強い。そのため、未開の地が多い。マーズはその中でも一番危険度が高い場所だ。
魔物に喰われたのであれば、遺体も返ってこないか。
更に未開の地では、骨を拾ってやる事も出来ない訳だ。
なんだか、虚しいものだ。
そう思いながら、カンパニーのバーでトマトジュースをちびちびやっていた。
「何しょげた顔してんの、ラビ!」
と、後ろから抱きつかれた。
この花のような香りに背中に当たる柔らかな感触は、女性だ。
しかし俺の知り合いに、急に抱きついて来る人などいない。シス先輩だって、酒でべろべろに酔わせなきゃこんな事しなかったぞ。
あっ、いや、今の無しで。
「ほらほら、任務じゃない時間は楽しまなきゃ! 任務も楽しければ最高だけどね~!」
「……誰かと思えば、チコか。どうした?」
振り返れば、俺と同じくレベル9の制服を身に纏った少女がいた。名前はチコ。
ショートの赤毛の持ち主で、いつもニコニコ笑っていて、美人と言うよりは可愛いと言う印象を受ける少女だ。
だが俺は知っている。彼女が、ニコニコ笑いながら石の壁を粉々に砕く事を。
年齢? 俺はシス先輩から『女性に年齢を聞いていいのは、責任を取る覚悟がある奴だけだ』と言われているので、聞かない。何の責任かも聞かなかった。
「ラビィ~、知ってる? 知ってるよね?」
「何をだよ……」
妙に甘えた声を出しながら、頬をこすりつけてくるチコ。
そう言えば昔、シス先輩が言ってたな。
『私のペットに手を出すな!』
って、目を潤わせながら俺を抱きしめて。
あれって、どうしてああなったんだっけ?
とりあえず、二人とも酒に酔ってた事は覚えてる。
……変なプレイじゃないと良いな。
「今度、二人で長期任務だよ? これって、二人してレベル10に昇格ってことだよね? そうだよね? そう思っちゃっていいんだよね?」
「そう……か」
レベルは10が最高。
レベル10は、今は三人しかいない。
レベル10は、英雄だ。ありとあらゆる行為が許される。
今の三人も、一人は旅に出ていて、一人はハーレムを作っている。一人は一人真面目に任務をこなしている。俺の憧れのウォーリア、シュバリスだ。
自由……か。
レベル10になったら、シス先輩が死んだマーズに行けるかな?
「ね、ね! お互い頑張ろうね?」
「ああ、よろしく頼む」
適当な返事にも関わらず、チコは俺の手をぶんぶんと振り回した。
正直、手が握り潰されやしないかと戦々恐々だった。
これは、シス先輩の影をいつまでも追うなと言う事なのだろうか。
レベル10になって、シス先輩が死んだ土地に行き、きっぱり諦めろってことなのか。
どこかで生きていないかと、銀髪の影を追い続ける俺へのカンパニーの言葉だろうか。
何であれ、任務はそつなくこなすだけだ。
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ラビという少年は、千年に一度生まれるか生まれないかの天才だ。
天に選ばれた才の持ち主だ。
病的な白い肌に、年寄りみたいな白い髪。力こぶも出来ない腕に、小柄な体躯。
見るからにひ弱そうな体つきをしているが、それは見かけだけだ。
私も、ラビが戦っている所を見るまでは、彼の事を舐めていた。
ウォーリアは、一般人とは全く異なる。
身体の構造が、全く異なるのだ。
ウォーリアになる時に特別な儀式を行い、それにより、戦闘に特化した身体へと変化するのだ。
この変化によって、寿命がどう変わるかは解明されていない。基本的に、皆寿命よりも戦死だ。魔物にやられる。
正直、自分の身体が別のものに変わったようで怖い所はある。
でも、誰かがこうやって身を削らなければ、この国は成り立たない。
ビエスト王国は恐らく、元々は四大国で一番貧しい国だ。特に、カンパニーとウォーリアのシステムが生まれる前は、毎日何十人単位で人が死んで行っていた。
他の土地と比べて、魔物が多く強いのだ。
今でも、この首都に年に一度くらいは魔物が侵入するのだから。
そんな魔物達がいる世界で生きるためには、命を激しく燃やして戦わなければならないのだと思う。
だから、レベルがあるのだ。
成果と共に、私達の命は短くなっているのではないか?
だから、生きている短い間楽しんでくれ、と持て成しを受けられるのではないか?
私は決して後悔しない。
いつ死ぬか解らないけど、精一杯楽しんで生きる。
死ぬときだって、私はビエストの国民の未来のためだと笑えると思う。
ラビの武器は、素手だ。
正確には、そこらにあるもの全てを武器にする、独特な戦い方だ。
倒した魔物の牙を武器にしたり、時には魔物の死骸を振り回したり。
その小柄な体格からは想像もできない、力技が多い。
何でも利用する。
地面を叩き割って魔物をその穴に落としたのは、驚いた。その一撃を直接受けていたら、どうなったかと思うとすぐにでも鳥肌が立つ。
だからといって、ラビが筋骨隆々の戦士じゃないのだから、驚きなのだ。むしろこの前触ったら、お腹は思ったよりぷにぷにしていた。
ウォーリアになったから出来る戦い方、とラビは言っていたけど、これはもう才能だと思う。
私には、あんな戦い方は出来ない。
そこら変に生えている木を引っこ抜いて戦うなんて。
そこらに落ちている石を弾いて倒すなんて。
移動速度だけで相手を切り裂くなんて。
何はともあれ、ラビは味方であればこれ以上心強い者は居ない。
一緒の長期任務は、ラッキーだ。
あの女もいなくなったし、楽しくなりそうだ。