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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一部 序章
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Gランクの天才 5

「——敵襲っ!」


 シュイが突如そう叫んだ。フィーの女の武器で陥落気味だったため、僕はある種助かった。一気に全員の気が張る。

 場所はアイカシア国の国境まで数十キロという地点。どうやら、他国の仕業に見せかけたいようである。


「……背後に数十の気配ですね」


 リース嬢がそう呟いた。気を扱う闘気術は、この世界ではざらである。その代わり、魔力を扱う魔術師はかなり少ない。

 シュイ達も異論はないようで、その数からして魔物ではないだろうか。しかし、結構な群れだな。別に血の匂いを放っている訳でもないのに、随分と数が多い。

 人為的なものだな、確実に。


「その程度の数なら、あたしが魔術でだいたいやれる」


 フィーが御者台から後ろを振り返り、その数を確認しそう断言した。

 僕? 無理無理。僕がGランクに甘んじるのは、戦闘が嫌いだからだよ。

 今の僕では高威力高範囲の魔術は使えない。魔法を使えば可能だが、魔法なんて異端扱いなので論外だ。

 さあ皆、頑張ってくれ。僕は影でこそこそ皆の事を応援しているよ。頑張れ頑張れ、どんどんぱふぱふ。

 ……陥落気味の理性、気の迷いだと思ってくれ。普段の僕、胡散臭いおっさんと呼ばれる僕でも、こんな事態にこんなことはしない。

 ……フィー、やり過ぎだよ。上目遣いはなんとか耐えられたけど、耳を噛むのはーー何でもない。何にもなかった。


「魔物との距離が五十メートルを切ったら馬車を止めてくれ。フィー、それまで魔術の準備を頼む。他の皆も、戦闘の準備をしていてくれ。魔術で倒せなかった魔物を殲滅する」


 シュイがそう言って、大剣に手をかける。他の面々もそれぞれ己の武器に手をかけ、戦闘のシュミレーションでもするかのようだった。僕はやる事がないのでその間に、僕はカイルに馬車を急停車させる旨を伝えておいた。あれ、意外と重要じゃないか?


「気をつけて。怪我するなよ?」


 と、カイルからありがたいお言葉を頂いた。

 ありがとうございます、僕も流れ弾に当たらないよう、馬車の上で高みの見物兼応援をします。


「フィー、魔術の準備はいいか?」

「大丈夫。いつでもいいわ」

「じゃあ、十秒後。……さん、に、いちーー止まれ!」


 シュイの号令で僕は馬を止め、直後、フィーが馬車を降りた。そして流れる動作で杖を掲げる。


「求めるは人類の偉業。摂理に逆らいし物を滅せよ!」


 詠唱だ。

 自分のイメージを補助する役割があり、より強力な魔術が可能になる。恥ずかしいとか言っちゃ駄目です。

 詠唱内容は、『人類の偉業』が火を表し、『摂理』は弱肉強食、『滅せよ』は爆発的威力の現象。仰々しい言葉を並べるのは、それにより威力を高めるのと、どんな魔術かを解析されないためだ。僕はなんとなくで解っちゃうけど。

 魔物達の手前の地面に、巨大な朱色の魔術陣が浮かび上がった。人間だったら、ここでどんな魔術が来るのかなんとなく解るが、魔物は訳も解らず突っ込んで行く。

 そして、轟音と共に火柱が上がった。

 地面から突き出るように現れたそれは、凄まじい火柱だった。何十メートルと距離があるにも関わらず、その熱気に思わず顔を背ける程の、猛烈に強力な火柱。

 火柱が消えた後には、いくつもの消し隅が残っていた。


 だが、それで終わりはしなかった。


 魔物はどうやら一列になっていたようで、火柱が消えた後から何匹かの魔物が襲って来た。

 猪とサイを足して二で割ったような魔物だ。鼻の当たりに鋭い角があり、突かれた一溜まりもない。

 それをシュイ、ラング、リース嬢が迎え撃つ。フィーとガイラスは馬車の横で待機である。ガイラスはやや悔しそうな顔をしていた。戦闘狂か?

 シュイは大剣で魔物を一刀両断する。大きな剣の重さと、それを感じさせない速度で魔物の硬い皮膚を切り裂く。身体能力を高める何かを持っていそうだ。

 ラングは盾を構え、魔物にタックルをぶちかましていた。豪快だ。そして力負けするどころか魔物を吹っ飛ばし、体勢が崩れた魔物の頭部を盾の側面で叩き割っている。


 圧巻だったのはリース嬢だ。

 彼女の手に握られているのは、細身で純白の剣、『聖剣レイリース』。僕に言わせれば魔剣だが、聖剣である。

 魔剣とは、基本的に魔石を使った剣の事をさす。基本的に。あくまで基本的に。魔王の僕には、基本は関係ない。

 聖剣レイリース。その効果は、持ち手の身体能力の底上げ、そしてーー。


「はあっ!」


 シュイと同等の速度で魔物を切り裂く彼女の剣は、魔物を綺麗に切り裂いた。

 熱と光だ。高密度の光を纏った聖剣は、熱量を持った斬撃を生み出す。綺麗な紙の摩擦熱で手が切れるように、けれど元が剣であるためとんでもない切れ味となっている。

 魔力は、エネルギーと考えていい。それを大量に蓄積する魔石で作られた剣、それが魔剣。魔術と魔法の境界線だろうと僕は考えているが、やはり魔術よりだろう。

 魔物を切り裂いた彼女の長い金髪が、その剣の放つ光で輝く。微量に彼女の聖剣が魔力の残滓を散らし、彼女が神々しい粒子を放っているように見えた。

 ……確かに、彼女の戦う姿は戦女神と呼んでもいいかもしれないな。

 柄にも無く、そんな事を思ってしまった。

 と、不意にそんな僕の不抜けた思考を覚醒させるような、鋭い気配を感じた。


「まずいっ!」


 丁寧語を使うというキャラ設定を忘れ切って、僕はフィーのいる方へ御者台から飛び降りる。

 第六感に近い何かが、まずいと告げている。

 ズダァン! と、僕がフィーを突き飛ばすのと同時に、耳を打ち鳴らす炸裂音が響いた。


「きゃっ!!」 


 鮮血。

 フィーのローブが切れ、足から血が流れた。くそ、間に合わなかったか。

 だが、辺りを見渡しても魔物は見当たらない。丁度リース嬢達が殲滅した所だった。

 炸裂音と気配……銃か!?

 未だにその技術は存在していないと思ったが、僕の知らない所で既に開発されていたのか。


「どうした!? 森からか!」


 怪我をしたフィーを見て、ガイラスが颯爽と森に飛び込んだ。


「やめろ! 深追いするな!」


 シュイが叫ぶが、ガイラスは話を聞かずに森の奥へと走って行く。恐らく、自分一人魔物と戦えなかったからだろう。戦闘馬鹿だと言う事だ。


「くそ、一人で行かせるか! ラング、追うぞ!」


 シュイがラングに呼びかけ、二人はガイラスが消えた方に走って行く。

 おいおい、護衛対象をほったらかしてどこ行くんだよ。


「うぅ……」


 と、フィーの呻き声でそれどころじゃないのを思い出した。

 見た所、銃弾は足を擦っただけのようだ。が、その銃弾に毒でも塗ってあったのか、傷口がみるみる紫色へと変色している。


「フィー、大丈夫ですか!」


 リース嬢が駆け寄ってくる。うん、今は一カ所に固まっている方が良い。


「うぅぅ……」

「レイさん、フィーは大丈夫でしょうか。というか、先ほどの炸裂音がこの傷を?」


 呻くフィーを心配そうにリース嬢が抱きかかえた。絵になるな……じゃないか。

 やはり銃は表向きには存在していないようだ。


「どうでしょうか? ただ、毒の効果がある攻撃だったみたいですね。即効性の毒、早く解毒しなければまずいかもしれません」


 銃はあまり知られていないので言葉を濁し、僕はフィーの傷口に手を添えた。

 あまり見せたくないが、そうも言ってられまい。

 魔力を傷口に注ぎ込む。魔力は血液を流れて行き、毒となる物質を発見後、それを相殺するイメージだ。


「うぐっ!! あっ……」

「フィー!」


 と、フィーが痛みかなにかで失神した。この魔術も知られるとまずいので、こればかりは好都合。

 集中力と魔力を絶やさずに数分して、やっと傷口の色が良くなった。さらに傷口の細胞活性を促すイメージで、魔力を注ぐ。傷口はものの数十秒で塞がり、ひとまず安心だろう。


「これで大丈夫なはずです。傷は塞ぎましたし、毒も解毒しました。後遺症も残らないでしょう」

「凄い……。これも魔術ですか?」


 どうやらリース嬢は魔術の素養がないようだ。魔術の素養が有る人なら、俺が魔力を使ったのを感じ取れるはずだからな。それなら、魔法を使っても良かったかな? いや、それはフィーにバレるかもしれないから、これでいいか。


「はい。あまり得意ではありませんが、神聖術という特殊な魔術です」

「えっ!? レイさん、ニルベリア皇国の巫女様に会った事あるんですか?」


 あ、やばい。そう言えば、神聖術はニルベリアの巫女様の術だった。それをアレンジしたけどベースは変わらないか神聖術とか言っちゃったけど、これはまずい。


「……え、ええ。伊達に『Gランクの天才』などと呼ばれてはおりませんよ。こういう仕事ですから、色々な方と出会うんですよ。これはその時少し齧りまして」

「はぁ、レイさんは凄い人なんですね」


 困ったときは『Gランクの天才』。うむ……、毛嫌いしていたが、意外と便利だな。


 

 十数分後、カイルに事件の顛末を伝えていると、シュイが戻って来た。


「……ガイラスは見つからなかった」


 シュイが重い口を開けた。

 あの後、二人で手分けしてガイラスを探したそうだが、ガイラスの姿は見つからなかったそうだ。


「この魔物の襲撃……、人為的なものですね。そしてフィーを狙った攻撃。レイさんが庇ってくれなければ、フィーは死んでいたかもしれません。確実に、私達は狙われているみたいです」


 重い沈黙が辺りを満たしていた。

 魔物を操り、遠距離からの謎の攻撃を放つ襲撃者。それが僕以外のメンバーの考えのようだ。

 堪え難い空気なので、僕は案を出す。


「フィーの容態は今は安定していますが、なるべく安静にしている方がいいでしょう。一日待てば容態は回復するので、僕はここで野宿することを提案します」


「動くなと言うのか? ……だが、いつ襲撃を受けるかわからないぞ?」


 僕の提案に、シュイが反応した。

 と、それにラングさんも意見を出す。


「だが、移動してもそれには変わりはあるまい。襲われるときは襲われる。……それと移動した場合、ガイラスと合流出来ん」

「……得体の知れない魔術師を追って行ったんだ。無事とは限らない。命令違反だし、見捨てるべきだ」


 暗に、ガイラスはもう諦めようと言うシュイ。僕としても、別にガイラスなんてどうでもいいんだけどな。


「……まあ、僕らがなんと言おうと、最終的な決断は依頼主ですからね。どうしますか?」


 僕に話を振られて、カイルは少々驚いたような顔をしてみせたが、真剣な顔で答えた。


「私はこれ以上、護衛を死なせたくはない。フィーさん、ガイラス君。二人の護衛の安全を考えて、ここで休んで行こう。……フィーさんの体調が戻り次第出発でどうかな。その時までにガイラス君が戻らなければ、残念だが彼は諦めよう……」


 カイルは出来た人間だった。

 依頼主にそう言われてはどうしようもないので、シュイは若干渋々ながら頷いていた。野宿案を出した僕だったが、実のところ、気持ちで言えばシュイと同じであった。何かきな臭い、と。


「……では、僕がガイラスを探してきましょう」

「レイさん!?」


 リース嬢が驚いた顔をしたが、このメンツを考えると、一番要らないのは僕だ。例え僕が欠けた所で、リース嬢が御者をやれば大丈夫だろう。


「僕は護衛の役に立ちませんから、役に立つガイラスを探してきます。シュイとラング、リースさんがいれば大丈夫でしょう」

「……あたしもいる」


 と、フィーが目を開け、身体を起こした。が、声が弱々しく、半ば意地で起き上がったようだ。


「では、探してきます」

「……気をつけろよ? 相手は得体の知れない魔術師だからな?」


 シュイが心配そうに声をかけてくれたが、大きなお世話だ。むしろそっちが気をつけろよ?

 銃を知らないシュウ達にすれば、先ほどの攻撃は得体の知れない魔術となるようだ。気配の読めるこのメンバーなら多分大丈夫だろう。


 僕はガイラスの消えた森に足を踏み入れた。


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