復讐と暴力の挑戦者 10
闘技場にいる全ての人の視線の中、僕は一人の男を見つけていた。
白いローブの男、魂の探索者だ。
そいつの口が、音を出さずにこう言った。
「よく来た、魔王」
全ては一年前から始まっていた。
「生きて……いたんだな、レオ」
「当たり前だ、俺を誰だと思ってやがる?」
その再会は意外な形だった。
決勝戦前、レオが僕の前に現れた。
失礼な話、生きているとは思っていなかったのだ。
それから僕らは、これまでの人生をお互いに話し、そして復讐の計画を練った。
それが今日。
「最後にいいか?」
「なんだ?」
話す事を話し終え、去ろうとするレオに僕は言う。
僕は笑って、レオのソレを指差した。
「似合わないな、その白いローブ」
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殺した人間の数は知れず。
守れた人間の数は皆無。
それが俺、人々から勇者と呼ばれる男、レオだ。
物心ついた頃から、殺す術だけを叩き込まれて来た。勇者として、創られた。
その一つに、人畜無害な好青年を偽る事も含まれていた。
誰から見てもその顔で人を殺すようには見えない、そんな表情を顔に貼付ける。その顔に見合った人格を形成し、俺と言う人間は存在している。
俺と言う人間が創られたのは、魔王が転生し、魂の探索者が魂を見つけ次第、すぐにでも殺せるようにだ。魔王が転生した事を知ってから帝国は、魔王を殺すためだけに、魔王と同じ年頃の殺し屋、『勇者』を生み出した。
帝国の思惑通り、俺は六歳児とは思えない強さを持っていた。
恐らく、Aランクの冒険者と肩を並べられる力を持っていただろう。さらに、見た目が幼いから相手を油断させられる。俺の試験として、名も知らない男を殺したが、実に呆気なかった。
魔王らしき少年を発見したとの報告を受けて、皇帝は俺に魔王討伐の命を出した。
俺はそのとき既に、『勇者』だった。
そいつは、姿を隠す事無く普通にいた。
線の細い整った顔立ちをしていて、少し長め黒髪のせいで、一瞬女の子かと見間違った。そいつは村の子供と喧嘩していた。何やら、弱いものいじめは良くないと言っているようだった。というのも、泣いていて何を言ってるんだかよく解らなかったのだ。
とても魔王には見えなかった。
喧嘩は、俺が乱入して圧勝だった。
それについて感謝されて、ちょっとばかり驚いたのを覚えている。
俺は、その日まで感謝された事が一度も無かったから。
「君、知らないの? いじめはする奴とされる奴だけじゃ成り立たない。許容する奴が居るから成り立つんだ。だから僕は、絶対にいじめを認めない!」
そう言って、魔王は泣きながらぼこぼこにされていた。
「悲しいから泣いてるんじゃない。嬉しいから泣いてるんだ」
飯を食いながら、魔王は何かを思い出したように泣いていた。
その泣き虫な存在に、俺は何か、今まで感じた事の無い感情を抱いていた。
俺の最優先事項は、楽しむ事だ。
俺は楽しいから、帝国の言いなりに人を殺したり、魔物を殺して来た。
戦うのが、楽しかった。
だからさ。
ここらで、一つの国と戦うのも面白いかな。
国を相手取るとなると、単純な力で無く、知恵も使った戦術が必要だろう。
それは、なんて面白そうなんだ。
全てを手玉に取る作戦を思いつき、俺は魔王に変化した。
そして——死んだ。
俺は帝国の城の地下で目覚めた。
先代勇者に聞いていた通り、俺は復活していた。
『勇者システム』、という奴だろう。
「どうなった、勇者レオ!?」
即席で思いついた作戦にしては、順調だった。
俺が死んでからまだ時間はあまり経っておらず、帝国に魔王(俺)の討伐情報は来ていなかった。
そして、俺の前には、その男が居たのだから。
俺は、俺をこんな身体にしたその男、白いローブを着た初老の男、魂の探索者に報告する。
「サーチャー様! どうか俺を弟子にしてください! 魔王に逃げられました!」
「何っ!?」
「俺にあんたの力を与えてくれ! どこまでも追い、奴を殺す事を誓います! 時間がないんです!」
俺の剣幕にサーチャーはたじろぎ、しばし考えた後、俺を『魂の探索者』の弟子、すなわち、その魔法の継承者に任命した。
だから。
「ありがとうございました!」
「は?」
その言葉に疑問を覚えたのも、一瞬だっただろう。
俺はサーチャーの首をへし折った。
老人の首はいとも簡単に骨のずれる音と共に折れた。
力を失って倒れるサーチャーの身体を、俺は侮蔑するように見下ろす。
やっぱりだ。
やっぱり、何も感じなかった。
サーチャーのローブをはぎ取り、俺は魔法を使ってその顔をサーチャーの物にする。
そして俺は、何喰わぬ顔で皇帝にこう告げた。
「魔王は死にました! これから魔王の首を打ち取りし男が帰ってくるでしょう!」
その後、俺は俺の首を持った男を襲撃し、自分の首、けれどマモルに変化したままの首を持ち帰った。誰も怪しまない。
魂の探索者と勇者が一緒にいることが無いと言うのに。
それから俺は、旅に出ると書き残して魂の探索者として過ごした。
時折耳に入った場所へ、ストレス発散がてら戦いにいったが、基本的には魂の探索者として過ごした。魔王討伐の立役者として、そこそこの地位を与えられていたのだ。
それを利用し、俺はマモルを探していた。
そして、去年俺達は再会した。
あいつが俺に化けていて、やっと俺は気付けた。俺よりも上等な変化の魔法を使えるとか、さすがは魔王といった感じだ。
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「馬鹿だな、こんな所まで来て。こっちから迎えに行ったって言うのに」
俺は対戦相手だった黒フードを抱きかかえ、選手控え室に向かっていた。
関係者以外立ち入り禁止のその場所は、決勝戦の後という事もあり、俺と黒フードしかいない。
だから——。
ここでは、自分を偽る必要も無い。
『俺』は『模写魔法』を解除し、『僕』へと戻った。
「アイリ、約束しただろ?」
僕は、そっとそのフードをずらす。
瞬間、唇に柔らかな感触が触れた。
「やっと……会えました」
むっとした表情で、アイリが僕を睨んでいた。
そう言えば、何の連絡もしてなかったな。
「ごめんなアイリ、心配かけて」
「……そう思っているなら、連絡を下さい」
「時間がなかったんだ。この大会に出るのにはさ」
何せ、気付いたらもう大会が始まる二日前だったのだ。
……あれ? そう言えば、何でアイリに薬を盛ったんだったっけ?
やばいな、何も思い出せない。記憶にぽっかりと穴が出来てる。
なんでもいいか。それよりも、だ。
「なあアイリ、最後の選択だ。僕は明日、全世界を敵にまわすかもしれない。それでも、僕に付いてくるか?」
僕の復讐は、きっと復讐とは呼べない物だろう。
争う必要がないのなら、争わない方が良いと思っているから。
ほんのちょっと、脅すだけだ。
失った物は取り戻せないから、これ以上失わないための保険だ。
それでも、世界を敵にまわす事に変わりはあるまい。
さあ、どうする?
「勿論、決まってます」
そう言って、アイリは僕に静かに微笑んだ。
「あなた無しでは、生きられませんから」
奇しくも。
それは、僕の母さんが言っていた言葉だった。