復讐と暴力の挑戦者 8
「魔王を倒し、神出鬼没の英雄となりました。そんな彼も、去年の決勝、その冒険者生命を絶たれたかに思われました。しかし、昔年の恨みを晴らすべく復活を遂げてます! 勇者レオ選手です!」
地響きのような歓声に、俺は一応手を振ってみる。
サービスくらいはしておこう。
……そういえば、去年もこんなことしったけな。
あん時は、まだ色々見えてたっけ。
「対するは、正体不明、しかしその実力は折り紙付き。空中を舞い、未知の攻撃で敵を倒して来た——匿名希望選手です!」
歓声を背に浴び、黒フードが舞台へと現れた。
顔を伺えはしないが、まるで喜んじゃいない。むしろ、鬱陶しそうだった。
「キャラが被ってたから、予定より早く俺が正体ばらさなきゃダメになっただろうが。どうしてくれる!」
「………………」
会話のキャッチボールをする気はないようだ。
いいぜ、じゃあ拳で語り合おう。
試合開始の合図と共に、黒フードは宙を駆け上った。
そして、微動だにせず俺を見下ろしてくる。
「ああっと! 匿名希望選手! 早くも勝負を決めに掛かっています! 準決勝で見せた、視認不可能な攻撃を繰り出そうとしているのでしょうか!?」
やけにハイテンションのノエルに、俺は苦笑を浮かべる。
まあ、これが終わったら、アレをするという約束なだけにか。
……勘違いであってほしい。
「…………」
「…………」
俺と黒フードは共に微動だにしない。
観客には睨み合いが続いている、ように見えるだろう。
だが、違うのだ。
俺は今、もの凄い攻撃を受け、それを無効化している。
「……っ」
「どうした? お得意の魔術が効かなくて驚いてるか?」
倒れない、切り刻まれない俺を見て、黒フードがわずかに焦りを見せたのを見逃さず、俺は挑発した。お前の魔術は見切ってるぜ?
「一つ教えてやろう。俺の勇者としての能力の一つに、どんな環境でも動けるって奴がある」
自分の能力でもないのに、俺は自慢げに語る。
「魔王のような強大な敵と対峙した時、恐怖で動けなくなる事がある。それは別に恥じる事じゃない。生物として当然だ。だがな、勇者だけはそれじゃダメなんだよ」
剣を担ぎ上げ、俺は笑みを浮かべる。
「勇者ってのはとんでもない愚か者だ。恐怖も何も感じはしない。毒の沼地だろうが、灼熱の溶岩だろうが、突っ込まなきゃダメなときは突っ込まなきゃならないからな。俺の言いたい事、解るよな?」
ちらりと黒フードを伺うが、その表情は読めない。
ただ、いい加減もうこの魔術が効かない事は解ったのだろう。
「俺の周りだけを真空にしたり、極寒にするそのセンスはすげーよ。だがな、俺にそれは効かない」
本来なら呼吸が出来ない程に寒い空間なのだ。俺はかけられた魔法により何ともないが、生身の人間ならぶっ倒れているだろう。
溶岩だろうが、毒の沼だろうが、それこそ宇宙空間だろうが、俺は活動出来るようにされているのだ。
それを理解したのか、黒フードはふわりと舞台に降りてきた。
俺は剣を構えてみせる。珍しく、勇者らしく剣を構えた。
「勇者ってのは、守るために戦ってんだ。どんな状況でも、最後まで立ってなくちゃ行けないんだ」
要するに化け物だが、文句でもあるか?
皮肉気に笑ってみせる俺に、黒フードは大きな動揺を見せた。
「やっと……見つけた」
何を?
一瞬そんな疑問が浮かんだが、俺は気付いた。
「——ッ!!」
そういう事か。
やれやれ、俺は随分と人に好かれるようだ。
だが、戦いは止まらない。いや、止められないのだ。
俺には俺の目的があって、この大会に参加しているのだ。優勝しなければならない理由があるのだ。
「これで終いにしようぜ?」
俺は剣を構え、黒フードを誘う。黒フードも、武器も持っていないのにそれに乗って来た。
決着は既に付いてた。
お互いがお互いの正体を知って、それでもうおしまいだった。
本当なら、戦う必要だって無かっただろう。
ただ、ここが武闘大会だから、こういう決着の付け方となってしまった。
謝りたいが、謝らないぞ。
交錯したそのとき、どちらとも知れず、その言葉は呟かれた。
それは、俺達二人にしか聞こえなかっただろう。
「マモル」
どさりと倒れる黒フード。起き上がる気はないようだった。
というか、俺が昏倒させたんだが。
「しょ、勝者! 勇者レオ!」
ノエルが宣言し、会場は大歓声に包まれた。
救護班と思われる人達が駆け寄ってくるが、俺はそれを制する。
「これは俺の知り合いなんだ。俺が責任を持って治療する」
そう言って、倒れた黒フードを抱え上げ、俺は舞台から降りた。
黒フードの存在が、俺の計画を左右する事は無い。
俺はするべき事をするだけだ。
しっかりと治療させてもらおう。明日、全てが終わるまでは眠っていてもらうように。
「やっとだ。長かった。だが、舞台は整った……」
けけけっ、と悪魔のような笑い声を上げそうになりながら、俺は闘技場を後にした。
復讐を、始めよう。