復讐と暴力の挑戦者 5
今大会ダークホース、勇者レオと黒フード。
その黒フードの試合が、もうすぐ始まろうとしていた。
「フィー、見つけました」
「遅いわよ、リース。もうすぐ始まるわ」
「えっと……うん」
何か言いたそうだったけど、リースは何も言わずに観客席に着いた。
それにしても……この大会の出場者はみんなレベルが高い。
勇者は言わずもがな、シュイだってそうだ。持っていたあの剣、恐らく馬鹿にならない量の魔力を使っている。ある程度の魔力が無ければ、あれは剣として機能しないはず。
リースの対戦相手だったアイクというのも、生成の難しい土のマナを自在に扱っていたし、リースだって凄かった。
まあ、単純な凄さで言えば勇者がダントツだろうけど。
突き刺した剣から舞台の下の土に魔力を送って砂に変えて、それがバレないように大量の魔力を放出していた。カモフラージュのやり方が凄く——無駄。
あれだけの魔力、もっと効率よく使えば、あんなに追いつめられる事は無かったと思う。
凄いんだか凄くないんだか、磨けば光る原石のよう。
と、試合開始の合図がされた。
黒フードの対戦相手は、『無限剣のダン』と呼ばれる男。
ダンが指を鳴らすと、黒フードを取り囲むように何百本ものナイフが現れた。
「シュイとアイクを足した感じね……。腕も、かなり良い」
「あれは……私でも厳しいですね。シュイ君と当たっていたら、厳しかったでしょうから。……で、えっと」
「……舐めてるのかしら」
あたし達がダンを凄腕と言っているにもかかわらず、黒フードは。
構える事もせず、ただ、立っていた。
「えっと、あれは舐めてるの? あの状態からでも大丈夫だって言ってるの? それとも恐怖で動けないの? 何なの?」
「フィー、落ち着いてください。たぶん、あれがあの人の戦い方なんですよ」
いや、だって、腕は下がってるしフードは被ったままだし、あれで戦えるの?
状況だって解ってるようには見えないわよ。
何故か対戦している黒フードよりも、熱くなっているあたしだった。
と、再びダンが指を鳴らし、ナイフが一斉に黒フードに向かって行った。
恐らく、致命傷は避けるのだろうけど、それでもあんなのをまともに受ければ、身体がずたずたにされる。
けど。
「嘘っ!?」
「えっ!?」
盛大な金属音が鳴り響いた。
あれだけの攻撃全てが、黒フードの目前で撃ち落とされていた。
そして、何故かダンが倒れた。
「……コールを」
「し、勝者! 匿名希望選手!」
足早に去って行く黒フードを追いかけるように、司会者の声が木霊した。
その呼び方はなんか変。
というか。
「……リース、今、何が起こったか解った?」
「いえ。フィーは?」
「あたしも全然。……あの意味不明さ、もしかして」
「かも、しれませんよね?」
アイツはいつも意味不明かつ、凄かった。
それに似た現象が、今目の前で起こっていた。
黒フードの正体は……レイ?
ーーーーーーーーーーーー
黒フードか。ふうん、面白い奴だな。
大会予選で見せた空中闊歩を見たかったが、相手の戦法上それが見れなかったのは残念だ。しかし大体解った。
恐ろしく優秀だと言う事が。
生半可な実力者では間違いなく勝てない。魔術師だろうが一流の剣士だろうが、無理だろう。
それこそ、俺のように馬鹿みたいな魔力でゴリ押せる奴でなければ。
針のような魔力を放出し、ナイフの力と相殺させていた。戦姫のように構成している魔術を破壊して無効化するのではなく、魔術はそのままに、物理的な部分のみを無効化している。
魔力の使い方が恐ろしい程に上手い。まったく無駄が無い。
保有する魔力の量はそんなに多くなさそうだから、これはそれを補った技術か。俺並に魔力が多かったら、どうしようもない化物になっているだろう。
面白い奴だ、と俺は闘技場を後にした。
「勇者様、無茶をしましたね」
「んあ? 別に大丈夫だぞ」
宿にて爆食していると、まるで当然だと言わんばかりにノエルが席について来た。
無茶? なにそれ、美味しいお茶?
「とぼけないで下さい。……あの大量の魔力消費、あれが無茶でなくて何だと言うんですか?」
「…………」
……っち。
そう言えば、ノエルには俺の秘密を話していたんだったか。いや、話さざるを得ない状況だった、と言っておこう。好き好んで話したい内容ではない。
何せ、勇者の力の秘密なのだから。
言い淀んでいる俺を見て、ノエルは笑みを浮かべる。
「そ・れ・と・も、私とまぐわうためですか?」
「黙れ痴女」
くそ、ノエルの奴、秘密を話してからはいつもこんな調子だ。
隙があれば、すぐに俺と行為に及ぼうとしてくる。
「違うんですか? それなら、私に疑いがかからないように、圧勝してくれたんですか?」
「んなアホな。あれしか良い手が思いつかなかったんだよ」
シュイの攻撃を剣で受け止めることは出来ない。そして、シュイは相手に剣で受け止めさせるような戦い方をする。
あの剣の攻撃を防ぐには、自分の身体程ある大きさの盾でもないと、無傷にとはいかない。
「でも、あなたならあの馬鹿みたいに放出していた魔力そのものを、盾のように扱えたんじゃないですか?」
「……動きたくなかったんだよ」
そう言って、俺は義足を叩く。
鉄を叩いたような小気味の良い音がした。
「義足……って、嘘でしょ?」
「……お前、俺の事は何でもお見通しかよ」
「そうですよ。良い彼女になりますよ? 既成事実、作りませんか? そうしたら、心配いらなくなりますもの」
「…………」
俺はロマンチスト。そういうのは時と場所と状況、そして何より愛を大切にしているんだっつーの。
だから。
俺はノエルに近づき、そっと頭を抱え込む。そして、ノエルにしか聞こえない声で囁いた。
「ノエル。……愛しても良いか?」
きゅっと胸元が捕まれた。そして、こつんと頭が押し当てられた。
見下ろせば、頬を上気させ、瞳を潤わせたノエルの顔があった。
「やっと……言ってくれましたね」
そう言って、にこりと笑みを浮かべ、ノエルは言った。
「愛してください」
俺の身体は、魔法でコーティングされた特別性だ。
そのコーティングする魔法の一つに、魔力の増加を促す魔法がある。
ある条件を満たせば、魔力が回復したり、限界を上げると言ったものだ。
その条件というのが……『欲』を満たす事。
食事や睡眠で、俺の魔力は回復する。それは、『食欲』、『睡眠欲』を満たすからだ。
そして、魔力の限界を上昇させるのは……。
後は、言わなくても良いか。
ただ一つ言うのならば、これを打ち明けたが故に、ノエルは積極的になった。
ノエルの素肌から体温を感じる。
温かい。
「一応言っておきますけど、私は、あなた以外とはこんな事するつもりはありませんよ?」
「俺はそうじゃないけどな」
くすりと微笑むノエルに、俺は意地悪く言ってやった。
けれど、ノエルの笑みは消えない。
「構いませんよ。英雄色を好む、なんて言いますから。それに、今あなたと一緒に居るのは、私ですもの」
「……ダメな女だな、ノエルは」
「はい。……でも、ダメにしたのは、あなたですよ?」
「…………」
やばい、何にも反論が言えない。
仕方が無い。
「ノエル、お前はきっと後悔するぞ。他の男なら一生付き合ってもらえるのに、俺は無理だからな」
「いいんですよ。だって、私があなたを見ていたいんですから。それだけで十分幸せなのに、あなたの方からも私を愛してくれるなんて……それ、なんて、言えばいいんでしょうか?」
俺はぎゅっとノエルを抱きしめた。
「どうだ? 今、幸せか?」
「ええ。でも……心配です。明日の戦いが厳しいから、なんでしょう?」
本当、お見通しだな。
確かに、明日の対戦相手が今の魔力の上限では勝てないのもある。
けど、残念だな。
「違うぞ? ノエルが、あまりも魅力的だったからだ」
顔を真っ赤にして抱きついてくるノエルを、俺は優しく撫でた。