復讐と暴力の挑戦者 2
この大会には、ダークホースが二人程いるようだ。
一人は俺。
それもそのはず、復帰は絶望的と言われた程の重傷を負った人間だ。
今も尚、左目は日の光を見る事は出来ず、右足は義足で動きが鈍くなっている。エキシビジョンマッチでのカノン・リリエンスとの再戦を見たがる者は多いが、だからといってこのハンデを抱えて決勝戦まで勝ち残れるかというと、どうにも無理だと思っている者が大半のようだ。
もう一人は、俺と同じく黒ずくめで名前を隠した人物。
名前を隠し、正体も隠したその人物は予選、宙を駆けると言う離れ業を披露してみせた。それで一躍注目の的、俺と並んで評価の対象だ。
小柄でもないし、大柄でもない普通の体形。これといって特徴の無い体つき。顔は見えない。
武器も持っているようには見えず、予選では全員を突き落として勝利した。
なんというか、俺と似たり寄ったりな奴だ。
黒ずくめが二人、実力未知のまま参加したが、オッズを見る限り、手堅く優勝候補に掛ける者が大半のようだ。
例えば、戦姫リース・フュリアス。ギルドAランクのシュイがそれに当たる。他にも、『限りなく魔法に近い魔術』使いが何名かいるが、互角の戦いだろう。
ざっと見た感じ、有名どころばかりで魔法使いは参加していないようだ。
それなら、俺の敵はいないな。
「——っと」
「うわっ、ごめんなさい!」
オッズの書いてある掲示板を見つめていると、一人の少女が俺にぶつかって来た。
小柄な少女で、魔術師特有のローブを羽織っている。
倒れた俺を見て、少女は驚いたような顔をした後、慌てて謝って来た。
「うわっ、足悪いの!? ごめん! 急いでて」
「悪い、俺も前を見てなかった。俺は大丈夫だから、さっさと行きな。急いでるんだろ」
「あっ、じゃあ……。ごめんなさい!」
ぺこぺこと謝って、ばたばたと走って行く慌ただしい少女を見送り、俺は剣を拾って、宿屋へと歩き出した。
「勇者様! お久しぶりです!」
「んあ?」
宿を取り、大会本番である明日に備えて宿の食堂で夕食を取っていると、そう声を掛けられた。
見れば、あの時の試合の司会者……ノエルと言う少女だった。
金髪をショートにした、下街の娘さんという雰囲気の少女だ。
にこにこと笑顔を浮かべ、俺と席を同じにするノエル。
「おいおい、武闘大会の司会者様が一人の選手にだけ肩入れしたまずいだろ? 一人で食いな」
「問題ないですよー。私は司会者、審判じゃありませんから」
そうなのだ。
声を張り上げ場を盛り上げる——それが司会者。審判は舞台の四つ角に立って不正が行われないか見ている、凄く地味な役割だ。そのわりに、かなりの実力者と聞いているが。
例えば、開始の合図の前に魔術が発動していないか調べたり、出場者が殺さないようにするのだ。やはり、そこそこの実力が伴っていなければなるまい。
「一年ぶりなのに、素っ気なーい」
「んだよ。なんなら、熱い接吻交わしてやろうか?」
瞬間、ノエルはぼっと顔を真っ赤にした。
冗談だ、と俺はステーキを頬張る。すぐに冷めるノエル。その瞳は冷酷だ。
ノエルと出会ったのは、丁度一年前の武闘大会のときだ。
野党に攫われたノエルを、偶々助けたのが始まりだ。腕試しに野党を捕まえに行ったのが、なんだかそうなってしまったのだ。それなのに、ノエルはどうにも俺を白馬の王子様だかなんだかだと思っているようなのだ。
「勇者様、言っていい冗談と、言っちゃダメな冗談があるのをご存知ですか?」
「んにゃ、知らんね。そういうからにはノエルさん、あなたは知っているのですな? ぜひともご教授願いたい」
巫山戯た調子で語る俺に、よろしいなど言って、胸を張るノエル。
「先ほどの冗談は、言っちゃダメな冗談です。乙女心を弄ぶ、酷い冗談です」
「なるほど。肝に銘じておくよ」
俺にはいまいち解らん理屈だ。だってそれ、冗談じゃなく本気でキスしろって意味だろ?
俺がどうにもいまいちな顔をしているのに気付いたノエルは、悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。
「では、ゲームをしましょう。今から私が冗談を言いますから、それがどちらか当ててください」
「オーケー。俺は一度の過ちを繰り返さない男だ。どんと来い」
その言葉を待ってました、と言わんばかりにノエルは笑みを浮かべた。
そして、俺の首に手を回して言う。
「勇者様。一年ぶりに女の味を召し上がってはいかがですか?」
「わかった。ちょっくら夜の街を歩いてくる」
後ろで慌てているノエルを後に、俺は食堂を出た。
解っちまうよ。それが冗談じゃない事ぐらい。
ノエルが俺に惚れている事くらい、解ってる。解ってるから、おちょくって楽しんでる。
いやはや、乙女心を弄ぶ酷い男だ。
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「……フィー、だけですか?」
あたしが研究所に帰り扉を開けると、掃除をしていたアイリがぱっとこちらを見た。
そして、驚きと困惑の表情を浮かべ、あたしに聞いてくる。
それではっきりした。
「アイリは……知ってたの? レイの……正体を」
「…………」
ピクリ、とアイリが反応した。
それで十分だった。
無言で俯くアイリに寄って行き、問い詰めるように尋ねる。
「いつから知ってたの?」
「……最初に会ったときから」
その時あたしは、どうしてだろう。何故かほっとしてしまった。
それはきっと、あたしがレイと過ごした時間が、嘘じゃなかったからだ。
「アオイを攫ったのも、レイなのね?」
「……そんな感じです」
「どうして? どうしてアイツは……あたし達には黙ってて、アイリには教えてたの?」
「……知られたくなかったからでしょう」
それは、あたし達は信用出来ないってこと?
違う……と思うけど。
「フィーは、知らないんですか?」
「……何が?」
「レイの……正体を」
どういう事? レイの正体……あの少年の事?
「あいつがどうしたって言うのよ」
「……それなら良かった。彼は、それを知られるのが嫌でしたから」
「アイリ!? どこ行くのよ?」
「……彼を探しに」
でもアイツは、海に墜ちて…….
あの高さじゃ、もう…….
「……ランベルグ帝国武闘大会」
「え?」
アイリはこちらをチラリと振り返りながら言う。
「彼が最近気に掛けていました。……彼が現れるなら、そこだと思います」
「でも、それって、あたし達に声をかけるよりもそっちを選ぶっていうの!?」
「彼なら……そうすると思います」
なんて薄情な。
……いや、あいつを刺したあたしが言える台詞じゃないわね。
どうしよう。今、アイリに言った方が良いの?
でも、言ってどうするの? 許してほしい? 誰に? アイリにではないでしょ?
「……フィー、あなたは少し勘違いをしていますよ?」
「な、何がよ?」
アイリは笑みも無く、無表情に近い顔つきで言った。
「……私達を信用しているから、彼はそういう行動に出るのだと、私はそう思っています」
そうだけ言って、アイリは出て行ってしまった。
残されたあたしは、どうすればいいのか、解らなかった。
——のに、どうしてか、言われるがままに闘技場へと来てしまっていた。
とりあえず、リースにも教えておきたかった。
あたしは謝りたかった。
あいつが生きているのなら、いや、きっと生きているから、謝りたかった。
刺してしまった事を許してほしいからじゃない。それは、あたし自身がいつまでも悩み、罪の意識に苛まれれば良い。
あたしが謝りたいのは——。
あたしを信用しているのなら、どうして教えてくれなかったのか。
そのことで、一発ぶん殴りたいからだ。