Gランクの天才 4
朝日で私は目覚め……え? 朝!?
「ッ!?」
慌てて馬車から降りると、焚き火の側で膝を抱えているレイさんが見えました。その横には、既に朝食があります。
「おはようございます、リース嬢」
寝起きに見るレイさんは、何故だか胡散臭くありませんでした。あっ、目に隈ができてる。……もしかして、ずっと起きてたの?
「すみません。……もしかして私、ずっと寝てました?」
「はい、皆さんぐっすりとお休みでしたよ?」
そう言われて辺りを見回すと、未だに皆寝ています。普段あまり寝付けないお父様までも、幸せそうに寝ていました。……あれ? そう言えば私も、最近は寝付きが悪かったのに……。
「朝食の前に川で顔を洗われてはいかがですか? ……あ、護衛が必要ですか」
「いえ。フィーが起きてから行きます」
と、私の何がオカシイのか、レイさんは笑いました。
あれ? 私寝癖付いてる? それは恥ずかしい。
「フィーさん、きっと起こさなければ起きませんよ? 昨日も寝坊して来たようですから。魔術師の方は睡眠時間が不規則なんですよ」
「……そうだったんですか」
そう言えば、フィーは集合時刻ギリギリに来たようなーーって、昼過ぎのあの時間まで?
フィーを起こして(どうやら自分で起きるのが苦手なだけの様で、寝起きは意外とすっきりしてました)、川で顔を洗って戻ると、他の皆も起きていました。
「悪いな、ずっと不寝番していたんだろ?」
「いえいえ、それが僕の仕事ですから」
「……何か異変はなかったか?」
「大丈夫です。フィーさんの結界が優秀だったおかげか、特にすることもありませんでしたよ」
「つーか、おっさんの目の隈がやベーよ。ちょっと寝てろよ」
「そうだね。居眠り運転をされても困るし、少し休んだらどうだい?」
「……では、出発まで寝かせていただきますね」
皆に心配され(ガイラスさんが何故か気持ち悪かった)、レイさんは御者台で寝に行きました。朝食も準備されているので、一時間くらいは寝られるのではないでしょうか。
朝食は紙に包まれたサンドウィッチで、パンはふんわり、具の野菜はシャキシャキ、微妙な酸味のある調味料が癖になる、やはり美味しいものでした。
食事後、適度に運動をして、出発の準備にかかります。何故だか、皆の動きにキレがありますが、本当にぐっすりと寝てしまったようです。レイさんに申し訳ありません。
そのレイさん、わずか一時間の睡眠だと言うのに目の隈は取れ、至って普通に御者をやっています。なんというか、本当に凄い人なんだと思いました。
今、フィーが御者台に一緒に乗っていて、昨日の魔術について何やら話しています。時折、意見の食い違いなのか言い争うような声が聞こえるのは、気のせいでしょうか。これが『偏屈魔術師』と呼ばれている原因?
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面倒な事になった。
僕はすっかり忘れていたのだ。フィーが『偏屈魔術師』だと言う事を。
「だから! 昨日の魔術の説明!」
「企業秘密です」
「いいじゃない、減るものじゃないし!」
おいおい、なんだこの五月蝿い子は。昨日まで借りて来たネコのように静まっていたと言うのに、今日の喚き方と来たら、まるで大熊猫に騒ぐ人のようじゃないか。いや、昨日までが猫を被っていたのであって、これが彼女の普通か。
フィーはどうやら、水を沸騰させる魔術に興味があるようだ。それもそうだろう。一般的に水を扱う魔術は、ただの水を生み出す魔術だからだ。
もし水を熱湯に変える事が出来れば、熱湯から水蒸気、さらには逆に氷にまで派生する。基本的に水の状態変化は、熱運動エネルギーと粒子間引力の大小関係だ。水蒸気が可能なら、氷も出来ると言っていい。そうなると、蒸気機関から保冷技術まで発展する。
僕が善良な一般市民だったら出し惜しみせずに教えるのだが、生憎僕は復讐を考える人間だ。おいそれと技術発展をさせたくはない。昨日の敵は今日の友、昨日の友は今日の敵。
なんと言おうと、教えません。いいじゃない、別に炎を生み出して水を温めれば。結果は同じなんだからさ。
「けち」
「自分で頑張りなさい」
「なんであたしがもう確立した魔術を研究しなきゃいけないのよ。あたしは最先端の魔術を考えるの。一度確立した魔術を詳しくなんて調べてられないわ!」
なるほど。まさにエンジニアだな。
ソフト開発環境があって、それで色々作るのが君と言う事か。
「年長者の助言をさせていただくと、基本が解っていなければ碌な魔術は出来ませんよ?」
「はあ? 基本なんてマスターしてるわよ。理論さえ聞けば大体の事は理解出来るもの。……昨日のあの水球、あたし達とまるで考え方が違うみたい。熱湯にするのに、火のマナを使ってないもの。何か特殊な魔力の扱い方をしてる?」
うわやべえ、俗にいう天才だこの子! 僕のような前世の記憶を流用してる紛い物の天才じゃなくて、本物の天才だよ。熱運動エネルギーとか教えてたら爆発的に魔術が発展しそう。
教えないでおこう。この様子なら、遅かれ早かれ自分で気付きそうだ。あえて間違った方向に進める手もあるが、知識の浅い僕にはそんな事出来そうもないし。
それに、僕は魔法使いだから。魔術は専門じゃないんだ。
ちなみに、魔法はおいそれと使えないので、魔術としての切り札も持っている。
マナという要素を突き詰めて考えると、とんでもない代物である事がヒントだ。いやはや、空恐ろしいものを扱うよ、魔術師は。
そんな事を考えている僕をフィーはジト目で見つめてくる。そして、しばし俯いて何か考え、
「……どうしても、だめ?」
大きな瞳を微かな涙で潤わせ、小首を傾げて聞いて来た。
可愛らしく上目遣いで言っても、駄目な物はだめです!
と、内心では反論出来ている僕だったが、口からは何も出なかった。
「あうぁあう」
訂正。よく分からない何かが出ていた。