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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第四章
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プロローグ

「貴様は一体どんな悲鳴を聞かせてくれる?」


 私は今にも笑い出しそうなのを堪えて、目の前で無様に這い蹲う男に囁いた。

 男にだけ聞こえる声で。


「て、め……え」

「降参しないのか?」

「誰がするかよ、そんなこと! てめえに勝てば、俺は世界最強だ!」


 大言壮語する男だが、実体は両膝は地に付き、左手では左目を抑えている。先ほど私が抉ったその目の出血を抑えようとしているのだ。もうその目が日を見ることはないだろう。

 傲岸不遜な態度の男だった。戦いの前に馴れ馴れしく私に話し掛けてきて、あろう事か肩に手を添えてきた。そのとき切り殺したい衝動に駆られたが、こうして武闘大会という名目の元で切り殺すために我慢した。


 その甲斐が在った。


 やけに自尊心の高い男で、目を抉ったと言うのに降参しない。

 嬲り甲斐のある男だ。

 降参を促すようなことは言ったが、勿論、降参を表す動作はさせるつもりはない。手を上げようとすればその手を切り落とすし、声を上げようとすれば喉を潰す。


 私は男が嫌いだ。

 男はいつも、粘りつくような気持ちの悪い視線を向けてくる。路地裏に押し込まれ襲われた経験もあるが、そのときの男が浮かべていた顔は、思い出すだけで気持ち悪い。

 そんな男達を合法的に甚振れる、だから私はこの武闘大会に参加した。優勝すれば、世界最強という称号も貰え、それがあれば私にそんな目を向ける者だっていなくなるはずだ。

 そうすれば……。


「どうした? 貴様、勇者なのであろう? こんな所で這いつくばっていていいのか? まあ、魔王のいない世界に勇者など、無用の長物に過ぎないだろうがな」

「うるせーぞ!」


 男が剣を突き出してきた。

 そこそこ早いが、私には止まっているように見えていた。

 しょぼい。

 あまりにもぬるいので、活を入れるように男の右足に剣を突き刺した。


「ぎゃああああ!?」


 男の五月蝿い悲鳴が——心地良い。


 剣をぐっと男の右足に押し込むと、悲鳴の音程が上がる。

 ああ、いい。もっともっと鳴け。

 ぐりぐりと剣をねじ込みながら、私は男に侮蔑の言葉を投げかける。


「みっともない。無様に悲鳴などあげて、それでも勇者か? それとも、勇者とはこの程度なのか?」


 そんな私に、男は言った。


「この変態がっ!!」


 心外だ。

 女性を襲う貴様ら男が変態でなく、全ての女性に代わって天罰を下している私が変態だと? ふざけるな!

 思わず、私は男の足を切り落としてしまった。

 それにより、決勝戦は男の戦闘不能が確定し、私の優勝が決まってしまった。


 まあいい。まだ一人、エキシビジョンマッチとして、現世界最強と呼ばれる男がいるのだ。そいつを鳴かせて楽しむとしよう。

 

 ふむ。 


 どうやら私は、他人をいじめるのが好きなようだ。




ーーーーーーーーーーーーー




「おい兄ちゃん、大丈夫か? ふらふらしてるが」

「んあ? あ、ああ。大丈夫だ、問題ないぜ」


 どうやら、転寝していたようだ。

 全く、武闘大会予選を前に俺は何をしているんだか。

 同じ大会参加者に起こしてもらうとは。


「体調不良なら棄権したほうがいいぜ? 兄ちゃんも知ってるだろ? 前回大会の決勝戦、棄権しないばっかりに冒険者生命を絶たれた『勇者』の話を」

「おいおい、その話を知らない奴がいるとすれば、そいつはとんでもない田舎物だぜ」


 前回大会、ね。


 ランベルグ帝国武闘大会の前回大会にあたる、第二十三回の決勝戦の事件だ。

 片方はランベルグ帝国の抱える勇者。もう片方は、同じくランベルグ帝国の貴族が推薦した一人の騎士。どちらも圧倒的な強さで決勝戦に上り詰めた強者だった。優勝者を当てる賭けでは、見事に五分五分に分かれ、決勝は大接戦が予想された。

 だが、蓋を開けてみれば、勇者は騎士に一本も攻撃することなく敗北した。それどころか、降参をしなかったために左眼と右足を奪われ、冒険者生命を絶たれたといわれている。

 というのは、勇者はその後行方不明。生死もわかっていないのだ。


「とか言って、あんたは一人でもライバルが減ればいいと思ってるんだろ?」

「ははっ、バレちまったか。だがお前、気をつけろよ? 間違っても決勝には行くなよ?」

「おいおい、男なんだから優勝目指して当たり前だろうが。何言ってんだ?」


 と、俺が言うと、ふざけるな、とでもいいそうな剣幕で食いついてきた。


「決勝にまで行ってみろ! そこからはな、どちらが先に降参できるかの勝負だ! 間違って優勝してみろ、優勝者としてのプライドがなくなるまで、あの女に嬲られるぞ!?」

「…………だな」


 というのも、その前回大会のエキシビジョンマッチ。

 当時の世界最強の称号を持っていた男は、勇者のように重傷を負うことは無かったが、心が折れ、廃人となった。観衆の前で血にひれ伏し、素っ裸にさせられた挙句、靴をなめさせられたという話だ。

 

 と、大会の開催が宣言されたのか、闘技場で大歓声が起こる。


「そうだおっさん。一ついいこと教えといてやるよ」

「おう。待ってたぜその言葉。兄ちゃん、只者じゃないだろ?」


 俺の言葉におっさんは笑みを浮かべる。

 まあ、間違いなく俺は只者ではない。俺はおっさんが馬鹿なんじゃないかと思っていた。

 フードを目深に被り、ロングコートで身をしっかりと包んだ俺に話し掛けるなんて、あんた馬鹿としか思えねーぞ。度胸があるとは言えねーな。


「さっさと降りて、俺に全財産掛けてみろよ。びっくりする事になるぜ」


 そう言って、俺は闘技場へと向かった。


「アホか。誰がお前なんかに賭けるか……」


 と、後ろで聞こえたのは無視しよう。救われない奴だ。

 解っている。今の所、俺に掛けている奴が誰もいない事は。


 

 大会に参加するのには、実力さえあれば良い。名前は偽名で良いのだ。

 勿論、大会で何位に入賞したかによって知名度が上がるため、そんな馬鹿な事をする奴は今まで居なかっただろうが。


 予選と言う事で適度なざわめきを持った観衆を背に、俺は闘技場の舞台へと上がる。 

 懐かしいが、別に心地良いものではない。

 予選は十人による乱戦が三回、あのおっさんは次かその次に参加するのだろう。

 今のうちに俺に掛けておけば、人生変わると思う。

 

 舞台に上がると、全員が俺の事を見て来た。

 武闘大会だと言うのに、剣を杖のようにして歩く俺だ。怪訝な目を向けるのも仕方が無い事か。

 十人中一人がトーナメントに進める形式で、戦闘不能もしくは場外で失格だ。


 試合は、じつに詰まらない物だった。


 試合開始と共に他の九人が俺に突っ込んでくる。俺はそれを読んでいて、ちょっと高めに跳躍し、そいつらを押し出したのだ。


 司会は、若い女性だった。確か名前は、ノエルとか言ったかな。

 というように、実は彼女に会った事がある。

 そういう言い方をすると、どうにも素っ気ない感じがするのだが、俺が自慢する事でもあるまい。けれど、ここらでちょっと演出に協力してもらおう。


「ええっと、お名前をよろしいでしょうか?」

「おいおい、俺のこと忘れたのか? 司会者さんよ?」


 とことこ近づいて来たノエルにそう言って、俺は彼女の顎を撫でる。

 セクハラで訴えられそうだが、生憎、俺には日常茶飯事なので今更だろう。

 ぽっと顔を真っ赤にするノエルに、


「あっ、あなた様はっ!?」


 俺はフードを取り、その顔を露にした。


 瞬間、どよめきが巻き起こった。

 その波紋が特等席に座ったあの女にまで広がるのを、俺は嬉しそうに見ていた。


「失礼しました! 勝者、ランベルグ帝国が誇る勇者! レオ選手です!」


 司会の言葉に大歓声が起こり、それに後を押され、俺は剣をつきながら舞台から降りた。


 さあて、世界最強、カノン・リリエンス。

 首を洗って待ってやがれ。

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