プロローグ
「貴様は一体どんな悲鳴を聞かせてくれる?」
私は今にも笑い出しそうなのを堪えて、目の前で無様に這い蹲う男に囁いた。
男にだけ聞こえる声で。
「て、め……え」
「降参しないのか?」
「誰がするかよ、そんなこと! てめえに勝てば、俺は世界最強だ!」
大言壮語する男だが、実体は両膝は地に付き、左手では左目を抑えている。先ほど私が抉ったその目の出血を抑えようとしているのだ。もうその目が日を見ることはないだろう。
傲岸不遜な態度の男だった。戦いの前に馴れ馴れしく私に話し掛けてきて、あろう事か肩に手を添えてきた。そのとき切り殺したい衝動に駆られたが、こうして武闘大会という名目の元で切り殺すために我慢した。
その甲斐が在った。
やけに自尊心の高い男で、目を抉ったと言うのに降参しない。
嬲り甲斐のある男だ。
降参を促すようなことは言ったが、勿論、降参を表す動作はさせるつもりはない。手を上げようとすればその手を切り落とすし、声を上げようとすれば喉を潰す。
私は男が嫌いだ。
男はいつも、粘りつくような気持ちの悪い視線を向けてくる。路地裏に押し込まれ襲われた経験もあるが、そのときの男が浮かべていた顔は、思い出すだけで気持ち悪い。
そんな男達を合法的に甚振れる、だから私はこの武闘大会に参加した。優勝すれば、世界最強という称号も貰え、それがあれば私にそんな目を向ける者だっていなくなるはずだ。
そうすれば……。
「どうした? 貴様、勇者なのであろう? こんな所で這いつくばっていていいのか? まあ、魔王のいない世界に勇者など、無用の長物に過ぎないだろうがな」
「うるせーぞ!」
男が剣を突き出してきた。
そこそこ早いが、私には止まっているように見えていた。
しょぼい。
あまりにもぬるいので、活を入れるように男の右足に剣を突き刺した。
「ぎゃああああ!?」
男の五月蝿い悲鳴が——心地良い。
剣をぐっと男の右足に押し込むと、悲鳴の音程が上がる。
ああ、いい。もっともっと鳴け。
ぐりぐりと剣をねじ込みながら、私は男に侮蔑の言葉を投げかける。
「みっともない。無様に悲鳴などあげて、それでも勇者か? それとも、勇者とはこの程度なのか?」
そんな私に、男は言った。
「この変態がっ!!」
心外だ。
女性を襲う貴様ら男が変態でなく、全ての女性に代わって天罰を下している私が変態だと? ふざけるな!
思わず、私は男の足を切り落としてしまった。
それにより、決勝戦は男の戦闘不能が確定し、私の優勝が決まってしまった。
まあいい。まだ一人、エキシビジョンマッチとして、現世界最強と呼ばれる男がいるのだ。そいつを鳴かせて楽しむとしよう。
ふむ。
どうやら私は、他人をいじめるのが好きなようだ。
ーーーーーーーーーーーーー
「おい兄ちゃん、大丈夫か? ふらふらしてるが」
「んあ? あ、ああ。大丈夫だ、問題ないぜ」
どうやら、転寝していたようだ。
全く、武闘大会予選を前に俺は何をしているんだか。
同じ大会参加者に起こしてもらうとは。
「体調不良なら棄権したほうがいいぜ? 兄ちゃんも知ってるだろ? 前回大会の決勝戦、棄権しないばっかりに冒険者生命を絶たれた『勇者』の話を」
「おいおい、その話を知らない奴がいるとすれば、そいつはとんでもない田舎物だぜ」
前回大会、ね。
ランベルグ帝国武闘大会の前回大会にあたる、第二十三回の決勝戦の事件だ。
片方はランベルグ帝国の抱える勇者。もう片方は、同じくランベルグ帝国の貴族が推薦した一人の騎士。どちらも圧倒的な強さで決勝戦に上り詰めた強者だった。優勝者を当てる賭けでは、見事に五分五分に分かれ、決勝は大接戦が予想された。
だが、蓋を開けてみれば、勇者は騎士に一本も攻撃することなく敗北した。それどころか、降参をしなかったために左眼と右足を奪われ、冒険者生命を絶たれたといわれている。
というのは、勇者はその後行方不明。生死もわかっていないのだ。
「とか言って、あんたは一人でもライバルが減ればいいと思ってるんだろ?」
「ははっ、バレちまったか。だがお前、気をつけろよ? 間違っても決勝には行くなよ?」
「おいおい、男なんだから優勝目指して当たり前だろうが。何言ってんだ?」
と、俺が言うと、ふざけるな、とでもいいそうな剣幕で食いついてきた。
「決勝にまで行ってみろ! そこからはな、どちらが先に降参できるかの勝負だ! 間違って優勝してみろ、優勝者としてのプライドがなくなるまで、あの女に嬲られるぞ!?」
「…………だな」
というのも、その前回大会のエキシビジョンマッチ。
当時の世界最強の称号を持っていた男は、勇者のように重傷を負うことは無かったが、心が折れ、廃人となった。観衆の前で血にひれ伏し、素っ裸にさせられた挙句、靴をなめさせられたという話だ。
と、大会の開催が宣言されたのか、闘技場で大歓声が起こる。
「そうだおっさん。一ついいこと教えといてやるよ」
「おう。待ってたぜその言葉。兄ちゃん、只者じゃないだろ?」
俺の言葉におっさんは笑みを浮かべる。
まあ、間違いなく俺は只者ではない。俺はおっさんが馬鹿なんじゃないかと思っていた。
フードを目深に被り、ロングコートで身をしっかりと包んだ俺に話し掛けるなんて、あんた馬鹿としか思えねーぞ。度胸があるとは言えねーな。
「さっさと降りて、俺に全財産掛けてみろよ。びっくりする事になるぜ」
そう言って、俺は闘技場へと向かった。
「アホか。誰がお前なんかに賭けるか……」
と、後ろで聞こえたのは無視しよう。救われない奴だ。
解っている。今の所、俺に掛けている奴が誰もいない事は。
大会に参加するのには、実力さえあれば良い。名前は偽名で良いのだ。
勿論、大会で何位に入賞したかによって知名度が上がるため、そんな馬鹿な事をする奴は今まで居なかっただろうが。
予選と言う事で適度なざわめきを持った観衆を背に、俺は闘技場の舞台へと上がる。
懐かしいが、別に心地良いものではない。
予選は十人による乱戦が三回、あのおっさんは次かその次に参加するのだろう。
今のうちに俺に掛けておけば、人生変わると思う。
舞台に上がると、全員が俺の事を見て来た。
武闘大会だと言うのに、剣を杖のようにして歩く俺だ。怪訝な目を向けるのも仕方が無い事か。
十人中一人がトーナメントに進める形式で、戦闘不能もしくは場外で失格だ。
試合は、じつに詰まらない物だった。
試合開始と共に他の九人が俺に突っ込んでくる。俺はそれを読んでいて、ちょっと高めに跳躍し、そいつらを押し出したのだ。
司会は、若い女性だった。確か名前は、ノエルとか言ったかな。
というように、実は彼女に会った事がある。
そういう言い方をすると、どうにも素っ気ない感じがするのだが、俺が自慢する事でもあるまい。けれど、ここらでちょっと演出に協力してもらおう。
「ええっと、お名前をよろしいでしょうか?」
「おいおい、俺のこと忘れたのか? 司会者さんよ?」
とことこ近づいて来たノエルにそう言って、俺は彼女の顎を撫でる。
セクハラで訴えられそうだが、生憎、俺には日常茶飯事なので今更だろう。
ぽっと顔を真っ赤にするノエルに、
「あっ、あなた様はっ!?」
俺はフードを取り、その顔を露にした。
瞬間、どよめきが巻き起こった。
その波紋が特等席に座ったあの女にまで広がるのを、俺は嬉しそうに見ていた。
「失礼しました! 勝者、ランベルグ帝国が誇る勇者! レオ選手です!」
司会の言葉に大歓声が起こり、それに後を押され、俺は剣をつきながら舞台から降りた。
さあて、世界最強、カノン・リリエンス。
首を洗って待ってやがれ。
感想・評価・意見などを頂けると嬉しいです。