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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第三章
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悪の勇者と親愛の魔王 10

 マモルは大きな病気にかかることもなく、健やかに成長していった。

 たった一つ、前世の記憶があるという問題を抱えていることを除いて。

 俺たちは殆ど気にはしていなかったが、どうやらマモルは深く悩んでいたようだ。


 マモルが魔王だと解り、それで打ち明けられたが、何も変わりはしなかった。

 なにせ、前世の記憶があると言う割には、マモルはあまりにも泣き虫だったのだ。

 可愛い。


 打ち明けられてからマモルは、勉強というよりは、研究に近いことをしていた。近所の子供とよく小さな魔石を集めていたが、あれで実験をしているとは思わなかった。

 よくアリスと魔術の話をしていたが、大人と子供とは思えない白熱した論争になっていた。

 

 それも、長くは続かなかったが。


「……良い奴だな、あいつは。俺にはできねーよ、他人のために泣いて笑って喜ぶなんて」

「だろ? 俺の自慢の息子だ」

「で、そいつが魔王で、殺さなきゃならないってさ、嫌な世界だ」


 マモルが連れて来たレオという少年は、大人びた少年だった。

 そして——、


「どうやら本当に勇者のようだな」


 俺がそう言うと、レオはきょとんとした顔をする。それは幼い少年の表情で、やはりまだ六歳なのだと改めて思った。


「・……ああ。だから、あいつの父親のアンタに話をしに来た」


 年齢に見合わない沈んだ顔で、レオは語りだした。

 

「帝国に魔王がここの村にいるのは、もうバレてる。そして、先代魔王と違ってまだ子供だって事もあって、勇者以外でも殺せると踏んでいる。魔王を殺せるのなら、三千人の兵士を投入する気だろう。……だから、逃げてくれ」

「どういうことだ?」


 尋ねると、レオは真剣な顔つきで俺見てきた。

 本当に、六歳とは思えない。


「俺はあいつを殺したくない。だから、俺が残って兵士を倒す」


 何を言い出すかと思えば、なんてくだらないことを。

 やはりこいつはガキだ。


「お前は、俺達を誰だと思っている?」

「はぁ?」


 突然そんなことを言った俺に、レオは怪訝そうな目を向けてきた。

 どうやら知らないようだ。


「先代魔王を殺したのは、俺だぞ?」

「はぁ!? 何、ってことは、先代勇者かっ!?」


 俺は頷き、アリスが魔王の娘であることも打ち明けた。


「……残念だ。俺の代で勇者システムは無くなったと思っていたんだがな。それが、まだ六歳の少年に使われるとは思ってもいなかった。すまない」

「そっか、そうだったのか……」


 レオはその真実に呆然としていたが、すぐに表情を引き締め俺に尋ねてきた。


「先代は、魔王を殺したんですよね?」

「敬語は止めてくれ。今更過ぎる」


 俺は一度そういって、一拍間をあけて話をした。


 魔王は決して悪役などではなく、二人の娘の父親であったということ。

 俺が殺さなくて済むように、なんとか根回しをしたこと。

 だが魔王が呪われていて、殺されなければならなかったこと。

 俺を勇者システムから解放するために、魔王が殺されに来たことを。


 話を聞いて、レオは言った。


「先代は、魔王を殺したくなかった。けど、殺さなきゃならなかった、ってことか?」


 頷く俺に、それなら、とレオは言う。


「じゃあ、俺が魔王を助けられたら、俺は先代よりすげえ勇者って訳だな?」


 レオは、六歳の少年に見合った笑みを浮かべた。




 

「いいから行け!」


 俺は平然と、俺を貫いた剣を引き抜き、その剣で兵の足を切り裂いた。

 後ろは振り向かない。

 俺の後輩が、上手くやってくれているだろう。


「なっ……」


 驚く兵士達など構わず、傷口が音を立てて回復していく。

 数秒後、俺は傷一つ無い姿になっていた。

 見れば、アリスも同様に傷が治っている。アリスの魔法だ。


「聞けランベルグの兵ども! 俺の名はユート! 魔王を倒し、世界を平和に導いた勇者だ! そして、何千何万回と死地から甦った男だ! 死地へ赴く覚悟がある者は出て来い!」


 俺の名を聞き、兵士達がざっと音を立てて後ずさりした。

 その間に、俺はアリスと話す。


「悪いなアリス、変なところに付き合わせちまって」

「良いんですよ。夫婦ですから。それに……ユートとマモル無しじゃ、私は生きられませんから」


 俺たちはしばし見詰め合い、くすりと笑った。


 さあて、それじゃあ自慢の息子が生き残ることを祈って、暴れますか。




 解かっていた。

  

 『勇者システム』に、大きな欠陥があったことは。

 クローンが、完全でないのだ。

 確率は低かったものの、五感に欠陥などがあった。

 味覚や嗅覚はそこまで支障は無かったものの、触覚や視覚は魔王討伐に支障をきたすから、生まれてすぐに死んで、体を取り替えたものだ。

 俺はそれを、生まれた時点での欠陥だと思っていたが、最近になって気付いた。

 これは、時間と共に露になるだけなのだと。


 一年前から、味覚がなくなっていた。

 半年前から、臭いがわからなくなっていた。

 一ヶ月前から、目が見えにくくなっていた。

 一週間前から、左手が思うように動かなくなっていた。


 こんなに長時間同じ体を使ったことは無かった。だから、気付かなかったのだ。


 


 解かっていた。


 アリスが何の意味もなく、ただ塔に引き篭もっていたわけではないことは。

 病弱だったのだ、アリスは。

 呪いで弱った魔王の子供。それが運悪く引き継がれたのだ。

 既に限られた命だった。だから、俺に再会するまで、塔に引き篭もっていた。

 限られた命を、俺と一緒に生きる時間により長く当てるため、塔で眠っていた。

 あとどれほど持つのか、俺にもアリスにもわからない。

 ただ、母親の呪いの大半を引き継いでいるアリスは——もう長くない。




 あれから何時間経っただろう。 

 だが、兵士達の数は減らない。魔王を倒すため、帝国は最大戦力を投入したと言うことか。

 魔力も残り少なく、息も絶え絶えだった。


「アリス……、一言いいか?」

「何、ユート?」


 追い詰められた俺たちは、残された魔力を拡散させる。

 以前俺がやった、魔力の暴発。死体を残したくはなかった。

 

 ここまでだ。


 俺は最期に笑った。


「俺はアリスに出会えて、再会して、一緒に暮らして、全てが最高に幸せだった」


 アリスも一緒に笑った。


「私もユートに出会えてから、ユートを待っている間も、ずっと幸せでした。ありがとう」


 最期に笑えるなんて、なんて最高の人生だっただろう。

 唯一の心残りは、マモルのことだが、あの勇者なら、任せられる。きっと大丈夫だろう。


 辺りを埋め尽くした魔力は、とても温かいものだった。

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