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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第三章
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悪の勇者と親愛の魔王 8

 俺の朝は早い。


 まず、魔王一家と俺の分の朝食を作らなければならない。

 広さの合った食堂に、少しばかり広めのキッチン。魔王の奥さんが料理好きだったためらしく、かなり丁寧に使われている。


 その後、魔王を除くアリスとエリスを起こしに行くのだが(魔王は娘に起こされたい)、実は最近、だんだんとアリスの起きる時間が早くなっているのに、俺は危険を感じていた。

 これ以上! これ以上何か刺激を与えられると、俺はもう戻って来れない気がするのだ。最終防衛ラインがこの朝だと俺は踏んでいる。事実、起きてからはずっとアリスはべったりなのだから。

 朝起きたらベッドに潜り込んでいた——なんて展開、正直俺は耐えられそうにないのだ。

 多分アリスの事だから、実に魅力的な言葉で俺を誘惑してくるだろう。


 正直、この朝に起こしに行くのだって勘弁願いたいのだ。

 前にも言った通り、俺は一緒に居るだけで幸せなのだから。


 小さめにノックして、アリスの部屋に入った。塔の簡素な部屋から移動して、お姫様に相応しい豪勢な部屋となっている。

 枕に顔を埋めて、寒さに縮こまっているアリス。

 どうしてだろう、寒いから一緒に寝ましょう、とアリスが言い出す日が近い気がする。

 寒いなら仕方ない、という答えを用意しておこう。


「アリス、朝だぞ」

「ふぁ……ユート……おはようの——んっ」


 キスされた。

 自分からするのか、という疑問は捨て置き、俺は部屋のカーテンを開ける。


「ユート、温かいです」


 そんな俺の背中に抱きつくアリス。

 十分、お前も温かい。ああ、離れてほしくないな。


 そうやって、一日が始まって行くのだった。






 アリスが目覚めて、よりいっそう魔王との争いが激しくなると思われたが、実際は真逆、魔王は嬉しそうにアリスと俺が戯れるのを見ていた。そこにエリスが混じって、最終的に俺が押し倒されるのも、黙ってみていた。


 それに気付いたのは、魔王と別れる最後の日の前日だったが。



 アリスとエリスが寝静まった夜中、俺は魔王と晩酌をしていた。 

 二人とも、寝るのはかなり早い。


「もしも貴様が勇者でなかったら、儂は——」

「……なんだ?」

「世界征服ならぬ、世界滅亡を企んだかもしれん」


 呪い。

 魔王の身体を蝕むのは、百年程前に戦った人間が残した呪い。

 魔王の妻はその呪いで殺された。

 本当、よくアンタは復讐しなかったものだ。


 大半の魔法はその呪いによって奪われ、俺と戦ってから二年の間に魔王は、『超回復』の魔法すらも使えなくなった。魔力も全盛期の百分の一、それでも俺と同じくらいだが、アリスやエリスには負けているそうだ。

 その呪いは死後、血縁者に飛び火する。


 アリスとエリスに。


 それを避ける方法は、一つだけあった。

 それは、誰かに殺されたときだけ、その呪いは解呪されるというのだ。


「まるで儂に、娘の健康が欲しくば殺されろ、とでも言いたげだ」

「……アンタには最悪な条件だな」

「……うむ。だが、家族を人質に取ったことで、儂の逆鱗に触れるとは思わぬのだろうか? たかだか魔力と魔法を奪われた程度で、この儂を止められるとでも思ったのだろうか」

「全くだ」


 事実、人類最強の俺でさえも、弱っていた魔王を倒す事は出来なかったと言うのに。

 

「……貴様といた時間、楽しかったぞ勇者」

「アンタとは、もっと長い付き合いになると思っていた」

「孫の顔、見てみたかった」

「……アンタらしい」


 だから保護者面して見てたのか。

 俺と魔王は、静かに杯を交わした。


「娘達には、話すなよ?」

「アンタがもう寿命だって事をか?」


 それは真実であったはずなのに、魔王は首を振った。


「妻に会いに行く事だ」




 翌日の朝食後、俺は謁見の間(誰も謁見になど来ないが、間取りが似ているためそう呼んでいる部屋)へ魔王に呼び出された。

 ついに来たか、と到着早々、

 

「なっ!?」

「ユート!?」「父様!?」


 魔王に吹っ飛ばされた。アリスとエリスが、俺と魔王を交互に見る。


「立て勇者よ。儂を殺すのではなかったか?」

「約束……忘れてなかったんだな」


 壁に強く叩き付けられ、体が軋む。だが、『超回復』の魔法が俺の傷を治す。

 少し唐突過ぎやしないか?

 その俺の足元に、魔王が剣を投げて寄越した。

 起き上がった俺は剣を構え、躊躇することなく魔王に向かう。


「ユート!?」

「それで良い! 勇者よ!」


 魔王に向かう俺に、エリスが驚きの声を上げるが、俺の動きは止まらない。

 空中で交錯し、着地と同時に俺は膝を付き、魔王は吐血した。

  

「……魔王」

「ふっ」


 言うなよ、と言わんばかりに唇に指を当てる魔王。

 口からは少なくない量の血が零れていた。

 俺の剣は、まだアンタに届いちゃいないのに。 


 限界、なのか。


「やるではないか、勇者よ。久々の戦い、血が滾るわ!」


 いつぞや見た、巨大な剣を出現させ、それを構える魔王。

 命を燃やし尽くさんばかりに、オーラを出す。

 それは、蝋燭の火が消える前の最後の炎のようで。

 とても、悲しくなった。


「魔王!!」

「勇者!!」


 俺達は激しくぶつかり合い、最後の戦いを演じた。

 魔王は言った。

 俺も男だから、見栄を晴らせてくれ、と。

 馬鹿だな、と俺は思ったが、その気持ちはよく分かった。



 何時間戦ったのだろう。

 もう何日も戦ったような気になるほど体力を消耗した。

 だが、『超回復』の掛かっている俺には、傷一つなかった。

 魔王は、地に膝をつき、全身で呼吸を整えていた。もう、腕も上がりそうになかった。

 

 もう、最後にしよう。

 奥さんに、よろしく伝えてくれ。

 あなたの娘と出会えて、俺は幸せになれた。ありがとう、と。


 俺は剣を振り上げ、魔王に言った。


「じゃあな、魔王」


 アンタの下手な芝居、娘達にはバレバレだったぞ。

 魔王はふっと笑みをこぼし、俺にだけ聞こえるように言った。


「頼んだぞ、勇者」


 初めて。

 俺は魔王が笑ったのを見た。


 剣を振り下ろすと同時に、俺の身体を縛っていた何かが砕けるような音がした。

 『勇者システム』が、終わりを告げたのだ。

 

 間違いなく、魔王は死んだのだ。


「ユート……」


 アリスとエリスが俺に駆け寄って来た。おいおい、そこは魔王に抱きつくだろ?

 そう言おうとして、喉の辺りが苦しい事に気がつく。


 頬を流れるのは、血でも汗でもなく、涙だった。



 魔王。

 この世の全ての魔物の頂点に君臨し、それを統べる者。

 そして——娘達に取っては、最高の父親だった。



 その日、俺達はずっと三人で泣いていた。

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