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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第三章
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悪の勇者と親愛の魔王 7

 起きたアリスに、魔王は泣きついた。

 それが一番アンタらしいぞ、魔王。もはや魔王としての威厳は微塵も無いが。


 これで、俺と魔王の約束は果たされた。

 俺はアンタの娘の引き蘢りを直した。だから、俺がこの城に居る理由は無くなったのだ。

 約束通りならアンタを殺しても良いだろうが、それは、俺がアンタを殺したかったらの話だ。

 俺は二人から背を向け、部屋を出る。

 

 魔王を殺すのは、止めだ。

 そんな事をして、一体誰が幸せになれるだろう。

 アリスと再会出来た。それだけで、俺がここまでやってきた意味はあった。

 それじゃあ、この親愛なる魔王家族のために、俺は帝国に喧嘩を売ろう。


 と、思っていたのだが。


「勇者よ。アリスに無理をさせたくはない。執事として、支えてやってはくれないか?」


 魔王が泣きついて来たので、それも無理であった。

 自分の居場所が取られた、と言う恨みがましい目つき(涙付き)。対してアリスは、懇願するように上目遣い。

 俺に、断るような余地はなかった。

 エリス同様気を利かせたのか、魔王はそそくさと部屋を出て行った。もしかすると、枕を涙で濡らしに行ったのかもしれないが。

 せめて起こすくらいはしてあげろよ、と思いながら、俺はアリスの手を取り、アリスが立つのを手伝った。


「大丈夫か、アリス? 十年も眠っていたんだろ?」

「大丈夫です。……ユートが支えてくれますよね?」


 にこりと微笑んだアリスに、逆に俺がぶっ倒れそうだった。




 塔から出て、城を歩き回っている途中、アリスは言った。


「ユートは辛くありませんか? 病弱な私なんかと……」


 確かに、アリスの肌は恐ろしく白い。だがそれよりも、辛そうにするアリスの顔を俺は見たくなかった。

 それに、病弱が何だというのだ。


「俺は、こうしてアリスと手を繋ぐことができて、幸せだ」


 俺はアリスの白く冷たい手をぎゅっと握り、気恥ずかしさから目を逸らして言った。

 告白で、もう俺のライフはゼロだ。

 と、不意にアリスが立ち止まる。

 なんだろうと振り返ると、


「目を見て言ってください」


 と、酷いことを言い出した。

 正直、ガラでもない告白なんかして、俺の心臓はいつ壊れてもおかしくは無かった。手を繋いでいる今も、音が聞こえるんじゃないかというくらい激しく鼓動している。


 ただ、そう言ったアリスも頬を赤く染めているのが少し可愛らしく。

 つい、もっと赤くしてやろうなどと思ってしまった。


「俺はアリスと再会できただけで幸せだ。こうやって手を繋いでいる今も、夢みたいだ。……夢の中でなら、好きなことしてもいいか?」

「えっ!? え、えっと、その、そういうのは順序というのが……」


 ポッと顔を真っ赤に染めてあたふたするアリスに、俺は悶え死にそうだった。 

 けれど、冗談だと俺が言う前に、


「ユートが望むのなら……、いつでも……良い、ですよ?」


 羞恥心と恋慕の情で火照った顔で見つめられ——俺はぶっ倒れた。




 目を覚ますと、エリスの部屋に居た。

 どうやら、倒れたのは比喩でもなく本当だったようだ。


「アリス姉様、身体は大丈夫?」

「ええ。心配してくれてありがとう、エリス」


 アリスとエリスが仲良さげに話をしていた。

 優しく撫でるアリスに、照れくさそうに微笑むエリス。

 

「あっ。ユート、大丈夫ですか?」


 と、俺が目覚めたのに気付き、駆け寄ってくるアリス。どうやら、身体はもう動けるくらいにはなったようだ。


「ああ、悪いな。……ちょっと貧血気味で。だが、大丈夫だ」


 勿論嘘だ。そのためか、どうにも心配そうに見つめてくるアリス。

 言えない。

 悩殺されました、などと言えるはずも無い。

 そこに思わぬ助け舟が——、


「当たり前でしょ。ユートは私の王子様だもの」

「それはエリスが勝手に言ってる事でしょ? ユートはどうなんですか? 誰の王子様が良いですか?」

「あっ、ずるい! 自分が有利だからって」

「ずるくありません! 私が寝ている間、ユートと一緒にいたんでしょ?」


 ——入ってこなかった。これではむしろ海賊船だ。

 火花を散らす二人に、先ほどの仲良さげな雰囲気は無い。

 俺が起きた途端、仲が悪くなったこの姉妹に、ただならぬ恐怖を感じていた。これは、俺がいるとまずいのではないかと。

 そしてそれは、ただの勘違いではなかった。




 エリスの部屋から出て、城の中庭へと俺達は移動した。

 逃げ出すように。エリスの目が、どうにも怖かった。

 中庭は、なんとなく俺達が出会った場所を思い出させる、自然溢れる所だった。


「お父様は心配し過ぎなんです。私が病弱だからって、幽閉されてるも同然だったんですよ。だから私は、ちょっと外に出かけたんです。そこで——」

「俺と出会った?」


 ええ、とアリスは笑みを見せた。そして、不意に指と指を絡めてくる。

 俗にいう、恋人つなぎと言う奴だ。

 混乱する俺。笑みを深めるアリス。


「あ、アリス?」

「良いじゃないですか。……相思相愛、ですよね?」


 どうしてこの姉妹は、俺が困るようなことを言ったりしてくれるんだろうか。俺の独占欲とか、情欲とかを煽るような事ばかりしてくる。実に悪魔的だ。

 ああ、魔王の娘だもんな。


 残念な事に俺は、例え弄ばれているのだとしても、この生涯を捧げても良いと思えていた。


「ユート、今失礼な事考えませんでしたか?」

「え? いや、別に……」


 俺の返事が気になるのか、アリスは話し出した。


「ユート、知っていますか? 魔族は人間よりも長寿なんです」

「ああ、それは知ってる」


 魔王は約千五百年生きているんだったか? だがアリスは十八で、俺と同じ。

 ……嫌な予感がして来た。


「魔族の恋は、一度火が付くともう止まらないんです。逆に、全く火がつかない人も居ますけど、それでも長寿ですから、そのうち燃え上がるような恋をします」


 その話を今する必要はあるのだろうか?

 もう少し、時間をあけてからでも良いのでは?

 俺に落ち着く時間を下さい。


「お母様は、凄く遅かったんです。お父様もそこそこ遅かったでしょうか。それで私達姉妹と、お父様達とは年が離れている訳です」


 なるほど。それは分かった。

 ただ、なんか誘導尋問に似た雰囲気を感じているのは、どうしてだろう。

 心無しか、アリスが俺の腕にぴたりとくっついているような気が。


「でも、恋をする年齢と言うのは、人間と同じなんです。そして長寿だから、諦めないんですよ」


 ああ、言いたい事がなんとなく分かった。

 そして理解した。

 俺は、それを言われたら、本当に死んでしまいそうだという事が。


 けれどアリスは、もう止まらない。

 魔族の恋は、一度火が付くと止まらない。


 繋いでいた手を離し、ぱっと俺の前に躍り出て、にこりと微笑む。

 その笑みは、これまでの笑みとはひと味違う、魔性の笑みのよう。

 そして、アリスは言った。


「私、ユートを取られたくないんです」

「——っ」


 唇に、柔らかいものが触れた

 今まで感じた事の無い、甘美な快感に、ただ驚く事しか出来なかった。


 キスされた。

 

「んっ……。これで、ユートは私のもの、ですね」


 と、小悪魔チックに笑うアリスは、やはり魔王の娘だった。


 もう……ダメだ。

 父さん、母さん、俺はどうやらとんでもない人に恋をしてしまったようです。


「私が眠っていた十年間分、濃厚な時間を過ごしましょう?」


 それは、なんという悪魔の誘惑だ?


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