表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第三章
43/67

悪の勇者と親愛の魔王 6

 あれから早いもので、二年の月日が流れた。

 未だに俺は魔王の城に住ませてもらっている。

 各地の魔物が暴れることが少なくなったためか、休みに帝都に戻る俺に、さっさと魔王を倒せ、などという者はいなかった。むしろ、少ないにしろ存在している暴れる魔物を倒してくれという、魔王そっちのけの依頼があるくらいだった。

 その依頼のため、時には魔王の城を長期空けたりもしたが、結局俺はエリスの世話係として魔王の城に滞在していた。

 いつ頃からだったか、突然エリスが妙に俺に引っ付くようになって、やきもちを焼いた親馬鹿魔王と派手な戦いをしているが、おおむね問題ない。俺にかけた魔法の所為で、一方的に傷つく魔王は、どこか悔しげだった。


 だが、未だに俺は彼女の情報を手に入れていない。


「——っ」


 と、物思いにふけっていた俺に、後ろから抱き付いてくる者が。


「ユート! 今日のご飯はなぁに?」

「エリス……お前、最近幼児化してないか?」

「べっつに~。それはユートの躾がなってないんでしょ?」


 何でもいいが、背中から離れてくれ。あと、頬擦りするのも。

 二年の月日が経ち、エリスは大きく成長した。二年前は俺の胸くらいの背の高さだったが、今では俺より少し低いくらいで大分大きくなった。

 それで抱きつかれるのだから、溜まったもんじゃない。胸が当たってる。


「お仕置き、する?」

「…………」


 ニコニコと笑うエリス。その笑みは、心底楽しそうだった。

 最近、エリスが小悪魔に見えてきた。

 ああ、魔王の娘だったか。


「勇者ぁああ!!」


 そんな俺たちを見て、魔王がきれたのも、もはや日常だった。



 その日常の終わりは唐突だった。



「ところで勇者よ、貴様、いつになったら我が娘の引き籠りを治してくれるのだ?」


「……は?」


 夕食後、魔王に残された俺は、その言葉で固まった。

 引き籠り?

 何か、変な胸騒ぎがした。


「お、おい、魔王。エリスはお前の娘じゃないのか?」

「何を言っておる勇者。エリスは儂の娘だ。次女だ」


 何かが、繋がった気がした。


「重症なのは長女、アリスのほうだ。ある日突然、城の東の塔に引き籠ってな。それっきり出て来ないのだ」

「待て、魔王。お前はエリスの部屋に俺を案内しただろ?」


 俺は魔王の城に住みながら、ほとんど城を見てはいない。城の掃除は魔王がやっているのだから。俺が来る前は、ほとんど魔王が家事をやっていたという。そんな家政婦まがいの魔王に俺は詰問する。

 もしも。

 もしも俺の予想が正しければ……。


「うむ、それは少々説明不足と言うものであったか。何、話は簡単だ。『姉様に会いたければこの私を倒してからにしろ』とな、エリスが言うもんだから」


「魔王!!」


 俺は渾身の力で魔王を殴りつけた。

 それはただの予感に過ぎなかった。ただ、その事実はあまりも、盲点だった。


「ユート!? どうし——父様!?」


 吹っ飛ばされた音で食堂に戻って来たエリスは、ぐったりと項垂れる魔王を見て駆け寄っていく。俺はそれを視界にとどめながら、城の東にあるという塔へと向かった。


「ユート! そっちは駄目!」


 後ろから魔王を見捨てたエリスの声が聞こえてくるが、俺はそれを無視して走る。


 二年だ。

 俺が魔王に雇われてから今日で二年、俺は大陸中を探し回った。

 妙に鮮明な記憶から再現した絵を使って、行く先々で探して回った。

 だが、誰も知らないと言った。

 こんなに美しければ、どこかの王族なんじゃないかとも言われ、勇者の権力を使って各国の姫や王妃にも会ってきた。それでも、見つからなかった。


 塔の最上階まで上り詰めた俺が見たのは、魔法陣が刻まれた扉だった。


 彼女が攫われたのは、魔王が飼っているというドラゴンだっただろ。

 俺は何を忘れていた。


「はぁ……はぁ……、ユート……どうしちゃったの?」

「エリス。この扉は?」


 息も絶え絶えなエリスに、俺は尋ねる。

 時間が惜しかった。

 失った時間を取り戻そうとするかのように、俺は急ぐ。


「……それは」


 エリスが、凄く悲しそうな——辛そうな顔をし、俯く。

 けれど、それも一瞬。顔を上げ、エリスは扉に近づいた。


「……これは、アリス姉様の部屋」


 どこか愛しそうに扉を触れるエリス。

 魔法陣が淡い光を放っていた。


「十年位前かな。姉さまは、この部屋に籠った。待つの、って言ってね。対象者以外には開けられない魔法をかけたこの部屋に」


 そう言って、エリスは俺を見た。


「ユートが探していたのは……姉様?」


 解からない。

 何せ俺は、彼女の名前すらも知らなかったのだから。

 仮に、エリスの姉、アリスが俺の言う彼女だったとして、彼女は俺に気付くのか?

 そもそも、あれから十数年の歳月が流れ、俺も彼女も変わった。

 記憶だけを頼りに、一体どう再会するつもりだったのだ、俺は。


 だが、俺は何も迷うことは無かった。


「俺には解かる。絶対、そうだ」

「顔も見てないのに?」


 不思議そうに尋ねるエリスに、俺は笑った。


「これは理屈じゃないんだ」

 

 そう言った俺を、エリスは呆れたように——気のせいか羨ましそうに——微笑んだ。


「開けてみて。姉様はあの日から眠ってる。あなたが姉様の待ち人なら、この扉は開くから」


 そう言って、エリスは塔を降りて行った。

 気を利かせてくれたのだろう。



 扉に触れた瞬間、身体を熱いものが駆け巡った。

 それと同時に、扉の魔法陣が淡い桃色の光を帯び、砕け散る。

 砕け散った魔法の欠片は、花びらの様で……俺は思わずその花の名を口にした。


「……サクラ?」


 それは、彼女と出会った場所でいつも花を咲かせていた。

 本来ならば春にしか咲かない花であるのに、その場所ではいつも咲いていた。


 それはまるで、俺達の再会を祝うようだ。


 扉を開け、俺はその部屋の中に入った。

 

 ベッドが一つしかない、簡素な部屋だった。そのベッドを、月明かりが照らしている。ベッドには、一人の少女が静かに眠っていた。

 十数年眠っていたというのに、その身体は俺と対して変わらない。


「ア、リス……?」


 俺は少女の名を呼んだ。

 アリスと呼ばれた少女は、俺の言葉にピクリと動き、そして目を開けた。


「——っ」


 胸が痛んだ。張り裂けて死んでしまいそうなくらい、苦しくなった。

 だがそれは、悲しみじゃない。喜びだ。

 

 月夜に輝くプラチナブロンド。

 何ものにも汚されていない純白の肌。

 そして——俺を見据える紅の瞳。


 自然と、目から涙が溢れ出た。


 間違いなく、彼女だ。


 もう会えないんじゃないか、死んでしまったのではないかと、何度も思った。

 弄ばれたんじゃないかと、仲間に裏切られて思った事もある。

 だがそれでも、俺は諦めずにいれた。

 それが何故なのか、今なら分かる。


 純朴な双眸が俺を見つめていた。

 まるで、俺を覚えていないかのようだ。だが、それでもいい。

 なんだっていい。再会出来たのだから。


 俺は、自分の事を伝えようと思った。

 ここで伝えなければ、きっと伝えられなくなると思ったから。


「……馬鹿な話だよな。名前も知らない相手と、再会の約束だけして別れるなんて。だからやはり、俺は『勇者』なんだろう。とてつもない愚か者って意味だ」

「…………」


 身体を起こしたアリスが、俺を黙ってじっと眺めていた。

 それはまるで、俺を見定めているような、はたまた、見極めているような。


「だけど俺は、あのときから、今日この瞬間まで、その約束を違えるつもりは無かった」


 飲み込まれそうな、染め上げられそうなアリスの紅の瞳をじっと見つめ、俺は語る。


「例え君が何であろうとも、姿形が変わっていようとも、君が俺を忘れていようとも、俺は——」


 恥ずかしい。

 とても恥ずかしい言葉だ。だが、俺にはこの言葉以外に、俺の気持ちを伝える言葉が思いつかなかった。

 大事な話だ。だから俺は、アリスの目をしっかりと見て、その言葉を口にした。


「何度だって、俺はアリスに恋をするんだ」


 対して、アリスは。


「私も……あなたが何であろうと、あなたが変わっていようとも、あなたが私を忘れていようとも、私は——」


 俺を恋い焦がれさせた笑顔を見せて、俺を癒してくれた優しい声で言った。


「何度だって、ユートに一目惚れします」



 結局。

 あの扉の魔法陣は、ある魔法に反応していたのだろう。



 恋という魔法に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ