悪の勇者と親愛の魔王 5
私は人間が嫌いだ。
母様を殺した人間が嫌いだ。父様を殺しにくる人間が嫌いだ。
最近、父様を殺しにしょっちゅう人間が来る。でも父様は何故か喜んで、その人間を迎え入れていた。まるで母様の後を追いたいように。
死地へ飛び込むような父様を振り向かせたくて、私は引き篭もった。
効果は絶大だった。
どちらかと言うと外で遊ぶのが好きな私が引き篭もったのは、父様にとってはまさかの出来事だったらしい。
毎日部屋から出てくれと泣き叫ぶ父様は、とても魔王には思えなかった。
ただ、ノックは凄く五月蝿かったけど。
「エリス……どうしても出てこないというのなら、儂とて策を練るぞ」
「ふん」
ある日、唐突に父様がそんなことを言った。
そう言いながら、ちゃんと扉の前にご飯を置いていく父様は何がしたいんだろう。
それからしばらくして、ノックがした。
ノックでノイローゼになりかけていた私は、思わず叫んでしまった。
「うっさい馬鹿! ノックすんな!」
それで静まったかと思うと、父様にしては珍しく扉に攻撃をしてきた。
私の魔術で強化された扉は、びくともしない。
「ばーか! いくら父様が扉を攻撃しても、絶対に壊れないわよ!」
今思うと、ここで扉を素直に開けておけばよかった。
父様の言う策も対したこと無いわね、なんて思っていた私は、痛い目を見た。
突然だった。
突然、窓ガラスが割れ、男が部屋に入ってきた。
知らない男だった。雰囲気が妙に暗く……恐かった。
そして、父様に負けず劣らずの威圧感。
殺される、と思った。
それが、私とユートの出会いだった。
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私は人間が嫌いだ。けど、人間のユートを嫌ってはいない。嫌っていないだけで、好きとはいえなかったけど。
父様は殺しにこられていると言うのに、人間と仲良くしろとよく言っていた。
だから、その父様が雇ったという人間、ユートに少しだけ興味があっただけだ。
ユートは、最初は何にもできなかった。
紅茶を入れるのも、皿を机に置くのだって下手で、しょっちゅう皿を割っていた。その癖、何故か威張っている。確かに、ストレス発散に私が殴りに行っても、一度も殴れたことは無かったけど。
一日、二日と経つと、ユートは何でも完璧にこなすようになっていた。
「俺は天才だからな」
なんて言っているが、本当の天才なら一度目で完璧にこなすだろう。
ユートはどちらかと言うと、失敗を繰り返さないような、天才的努力家なのじゃないかと私は思った。
「じゃあ、出かけてくる。俺がいないからって、寂しがるなよ?」
「誰が寂しがるもんですか!」
ユートはいつも私を子ども扱いする。凄くむかつく。
けど、怒った私を撫でてくれるユートは……なんでもない。
ユートは一週間に一回、どこかに出かけていく。
人探しをしていると聞いていたが、どんな人なのかは知らない。ちょっとだけ、気になったけど。
鏡に映る自分の姿は、うん、文句無しに可愛い。
自分で言うのはあれだけど、私はかなり美人だ。腰まである銀髪はさらさらで、体型も出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。母様にどんどん近づいているみたいで、父様がよく可愛いと言ってくれるんだから、間違いない。
でも、私はこの城から出たことが無いから、本当に自分が美人なのかよくわからない。外の世界を知っているユートにとっては、私なんて可愛くないのかな。
「——ッ」
誰かが城に入ってきた気配がした。
父様は今、ユートに頼まれて魔物たちに話をしに言っている。何でも人間達は、魔物を率いて世界征服を企んでいるのが魔王、という印象をもっているみたいだ。
何で、そんな面倒なことを企むと言うのだろう。父様の器では間違いなく、統治できて村一つじゃないかな。
ユートも出かけちゃっているし、私しか出られるのはいないのか。
仕方なく、私はその気配の方に近づいていった。
「あなた達、誰よ?」
城の中を勝手に歩き回っている奴らがいた。
四人組で、全員が妙に光沢のある装備を身に付けている。
あっ、父様、結界張るの忘れていったな。
「あん? なんだこの女」
「あなた達、ここが魔王の城だと知って——」
「おい、聞いたか!? ここやっぱり魔王の城じゃねーか!」
むっ、途中で割り込まれた。
というか、一体なんなのこいつら。父様から言われているから、一応話はするけど。
妙に殺気立っていて、中には私に変な視線を向けてくる奴もいて、なんか嫌だ。
「あん、てことはテメエ……魔王の娘か」
「——ッ」
背筋が震えた。
男の視線が、すごく気持ち悪い。これが人間? やだ。こんな奴らと仲良くなんて——。
「おい、何やってるんだ」
と、廊下に良く通る声が響いた。
私は、その声の主を知っている。
「ユ——」
「あん? て、テメエは、ランベルグの勇者じゃねーか!?」
ユートを呼ぼうとした私は、その言葉に口を閉じた。
勇者?
ユートが、魔王を、父様を殺しに来た——勇者?
「丁度良かった! こいつ、魔王の娘だぜ!? こいつ人質にして、魔王をぶっ殺そうぜ!」
「——ッ」
ユートは、そんな事しない。
そう思えるのに、私は怯えたように後ずさりしていた。
そして、ユートは言った。
「ああ、殺すか」
「————」
声にならなかった。
一瞬で、ユートが私の前に現れる。その動きは、まるで見えなかった。
ああ、ユートはこんなに強かったんだ。
それを知ると同時に、何故か、安心してしまった自分がいた。
それはきっと。
「お前らをな」
「え……」
ユートが私を抱きしめてくれたから。
男達は、声をあげる暇すらなかった。
一閃。
ユートが右手を振るのと同時に、何かが倒れる音がした。
ユートに抱きしめられていて、私には何があったのか見えない。
それは、私には見えないようにユートが抱きしめていたのだと、私はわかった。
すぐにユートが離れ、私の目を見て謝ってきた。
「悪いな、エリス。騙すような形になって」
「……」
「本当ごめん」
「…………」
真剣なユートの顔は、凄くかっこよかった。
頬が熱くなる。胸が苦しい。
「絨毯、汚しちまった」
「そっち!?」
やっぱりさっきの無し!
冗談だ、とユートはポンポンと私の肩を叩いた。
そして、笑って言った。
「それより、何泣きそうな顔してるんだ? 俺がお前を殺すとか思ったのか?」
「……うん」
あまりにも軽い質問に、思わず頷いてしまう私。
それを笑い飛ばすユート。
「安心しろ。俺は魔王と約束してるんだ。だから、殺さない」
その約束の内容を聞かない限り、安心はできないと思うんだけど。
だけど、それは私が言っても変わらないことだと思う。
だから、私はあえて何も言わない。
「ほら、せっかくの美人が台無しだ。笑え」
「……ばか」
……どうしよう。
これはきっと、間違っている。駄目なんだ。
私は、ユートが好きになってしまった。
でも、駄目だ。
魔王の娘と勇者だからじゃない。
私は、知っている。知っているから、駄目だし、辛い。
ユートが探している人が、やっとわかった。
ユートと一緒にいたい。けど、それは駄目だ。
気付いて欲しくない。気付かれたら、そうなったら、私は……。
どうしたら良いのか、私はわからない。