悪の勇者と親愛の魔王 4
「……何が目的なんだ、魔王」
「勇者よ、貴様は言っておったな。儂が死んだ後の責任を持つ、と」
俺は今、魔王と並んで魔王の城の中を歩いている。
なんだって、こんなことになっちまったんだか。
「……ちっ。そんなこと言ったな」
「…………覚えてないとは言わないのだな」
「当たり前だろ。俺は勇者だぞ?」
勇者だから嘘はつかない——そんな訳が無い。
ただ単純に俺は、何度も戦ううちにアンタを、ただの敵とは思えなくなっていただけだ。
守りたかった人間よりも、アンタの方が気が合っただけだ。
「それより何だ、俺に殺される覚悟が出来たのか?」
「違うわ! ……貴様、少々図に乗ってはおらぬか?」
「まあな。アンタが俺を殺さずにこうして魔法を掛けたって事は、俺を殺す気は無いんだろ? なら、俺がどう振るう舞おうがアンタは俺を殺せない。精々、いつも通りにさせてくれ」
「これでいつも通りとは……つくづく呆れた男だな、おぬしは」
魔王は、俺に魔法を掛けた。
魔術ではなく、魔法を。
俺は今——死ぬことが出来ない。
正確には、超回復という魔法を喰らっていて、死ぬような傷も一瞬で治ってしまう。
これは、どんな切り傷も立ち所に治すという、恐ろしい魔法だ。
副作用に、掛けた人物の言いなりになるという、恐ろしい魔法だ。
いや、副作用がメインだろ、絶対。
倒すべき相手の言いなりとか、屈辱だ。
……だが。
「……正直、俺は飼われるのに慣れてしまっているのかもな」
「何か言ったか?」
「いや、何も。で、なんだよ? 俺に頼みたいことってのは?」
魔王は、俺に殺されても良いと言った。
俺に掛けられた呪いとも言うべき魔法は、さしもの魔王でも解除できなかった。
だから、解きたければ殺してよい。
そう、魔王は言ってくれた。
……頼みを聞いてくれたら、という条件付で。
俺は、世界のために戦っちゃいない。
自分のために、戦っているんだ。
だから、別にこれでもいいかな、と俺は思った。
悪い、もう少し、待っててくれないか?
胸くそ悪いんだよ。ただ皇帝の言いなりになって、何の意味も無く魔王を殺してしまうのは。
じゃあ教えてくれ、魔王。その頼みって奴を——。
魔王は、神妙な顔をしてこう言った。
「……引き籠った娘を、部屋から出してくれぬか?」
「何で俺が!? 親のアンタがやれよ!」
「断る! 儂は死にとう無い!」
どんな気性の荒い娘だよ……。この親にして、この子ありって奴か?
「貴様……、今、とんでもなく失礼なことを考えんかったか? 違うぞ! 娘は儂とは似ておらぬからな!?」
「自分に似るのは嫌だったのか……」
「当たり前だ! 儂の妻は偉い美人でな……」
親バカの話は聞き流し、俺は娘が引き籠っている部屋へと向かっていた。魔王が娘の自慢話をしながら、先導している。
魔王の城は掃除が行き届いており、廊下の隅にも誇り一つ落ちていない。良い執事やメイドでもいるのだろうか。
「ここだ。頼んだぞ、勇者よ」
魔王が指差した先には、ミスリルの扉が。
……この城は、思った以上に金がかかっている。
「案内はした。では、儂はこれで失礼する」
「……良いのかよ? 俺はアンタの娘を人質に取るかもしれないぞ?」
「何を言う。貴様は勇者なのだろう?」
「……喰えない爺だ」
明らかに逃げ腰の魔王を手で追っ払い、俺は扉を見据えた。
……一体、娘とやらはどれほど強いのか。
コンコン、とまずはノックしてみ——。
「うっさい馬鹿! ノックすんな!」
耳にキンキンと声が響いた。
扉と壁越しにしては、やけに大きな声だ。何らかの魔術で声を通しているらしい。
しかし……、年頃の女の子が部屋に入る時、ノックをするな、か。
魔王よ、一体どんな育て方をしたんだ。
話を聞く限り、美人らしいが——。
実力行使と行きますか。
俺は剣——ではなく、魔王からもらったミスリル刀を構える。本当、金が惜しみなく使われている。魔王が統治する国が存在しないから、金は余っているのかもしれない。いや、そうなると収入はどこから? 魔物を倒して金を稼ぐことも出来ないし、税収と言うのも無い。まさか、自給自足? どうでもいいか。
この武器の性能は斬ることにある。じゃあ、邪魔な扉を取っ払いますか。
俺は刀を居合い抜き、扉を一閃。
「……は?」
瞬間、刀が粉々に砕けた。
手に握られた柄だけが虚しく残っている。刃が木っ端微塵だ。
「ばーか! いくら父様が扉を攻撃しても、絶対に壊れないわよ!」
どうやら、何らかの魔術か魔法で扉を硬くしているらしい。
そして、俺を父親、魔王だと勘違いしているようだ。
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「……という訳だった。で、父親のアンタはこの後どうしていた?」
「…………やはり駄目だったか」
項垂れる魔王に、最初に会った頃の威厳はまるで無い。
まるで無いのに……、俺はこちらの方が好きだった。
皮肉なことに、俺が守りたかったのは、こういった家族の馴れ合いだったのだから。
家族のいない俺が、望んだ物。
……何故だろう。守りたかった人間には、こういった家族の温かみが無く、倒すべき魔王にこういった面があるのは。
「…………」
「どうした、勇者よ? 浮かない顔をしておるな」
「……どうもしない。で、アンタはいつもこの後どうしていた?」
「昼に食事を届けた」
駄目だこいつ、完全に娘を甘やかしている。
……いや、別に引き篭もってても良いのなら構わないが。
俺としては、一刻も早くあの子に会いたい。
「……魔王、一つ相談があるが、いいか?」
「なんだ? 儂を今この場で殺すことは不可能だと先に言っておくぞ」
俺は狂戦士じゃないんだが……。
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俺は今、魔王の城の屋根にいる。
そこから見下ろした景色は、あまりにも綺麗過ぎてなんともいえなかった。
魔王の城なんて、赤紫の毒々しい海と生物の欠片も無い山々に囲まれ、どす黒い雲に覆われた場所にあると思っていたが、それは大きな間違いだったようだ。
だが実際は、その逆だった。綺麗に晴れ渡る空、輝く海、木々の生い茂った山々。
この城の場所が、世界で一番美しいのではないだろうか。
そんな場所だからこそ、魔王は城を建てたのではないだろうか。
そう思う、今日この頃。
敵の城で何を寛いでいるんだか。
まして、敵の願いを叶えようとしているのだから。
俺は屋根から飛び降り、
「きゃっ!?」
魔王の娘の部屋のガラスを割って侵入した。その際、何か悲鳴が聞こえたが気にしない。
そして、部屋の中を見渡して——。
「——ッ」
腰を抜かしている少女を見つけた。
少女は、俺を一目見て。
「と、父様ぁあああ!」
扉からすごい勢いで逃げ出していった。
ぽたぽたと血が滴り落ちた。
……おっと、頭を切っちまってた。
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「だいたいユート! あなたは何であんな入り方をするのよ!」
「お前が引き籠っていたからだろ?」
「私は部屋から出たでしょ? なんで世話役なんかになってるのよ!」
「帝国には帰れないからな。人探しの宿屋にちょうど良かっただけだ」
「魔王の城を宿屋代わりって……あなたって何者?」
俺はしばしその解答を考え、そして苦笑を浮かべた。
「愚か者……だな」
今までのストーリーで気になる点がありましたら、この章で解決しようと思います。
何かあれば、感想をよろしくお願いします。