Gランクの天才 3
馬車の乗り心地はあまり良くない。街道の整備が悪いのもあるだろうが、サスペンションがないのが大きいだろう。お尻が痛い。
自分の馬車だったら付けているが、借り物の馬車だ。あまり改造はしたくない。前世の記憶で車輪を改良しても良いが、こういう技術はあまり曝したくない。誰にでも出来る力など、後の脅威でしかないのだから。
しかし、少しというか、なんというかーー困る、というか。
僕はちらりと斜め後ろを見やり、そしてすぐ前を向き溜息をついた。
そこにいるのは、リース嬢とフィーだ。二人仲良く同じ馬に乗っている、のが問題だ。
明らかに、明らかにリース嬢とフィーの接触率が高すぎる。前に乗るフィーをリース嬢が抱きかかえるようにしているのだが、もはやあれは抱きついているだった。フィーもなんやかんや言って可愛い女の子である。対して、リース嬢は美少女だ。
目福を通り越して、目の毒だった。
「レイ君、少しお話の相手になってくれないかい?」
と、護衛対象のカイルが僕に話しかけて来た。恐らくと言うか、ほぼ間違いなく暇だったのだろう。
「ええ、僕で良ければ」
カイルは三十代後半、僕は見た目三十代である。一応。ため口で話し手も良いのだろうが、微妙な上下関係を作っている。そちらの方が僕としては非常に話しやすい。
「レイ君はGランクだったね。どうしてランクを上げないんだい?」
「僕が求めているのは他人からの評価ではなく、コレですから」
と、僕は親指と人差し指で円を作ってみせる。世の中金だよ、とは言わないが必要なのだからしょうがない。
そんな僕をカイルは苦笑し、
「じゃあ、どうしてお金が必要なんだい?」
と尋ねて来た。いやいや、ちょっと踏み込み過ぎじゃないですか?
まさか、帝国に復讐するためです、などと真っ正直に答える訳にも行くまい。どうするかな……。
「実は、病弱な母がーー」
「嘘だね」
僕のお涙頂戴の話は、最初の導入で否定されてしまった。
さすがは裁判長、嘘は簡単に見抜きますか。
「……恥ずかしい話、豪遊がしたくて」
「それも嘘だね」
「…………」
いや、あながち間違っちゃいないんだけど。こうも断言するように否定されてしまうと、なんだか僕が本心でそう思っていないようじゃないか。僕は僕が解らなくなって来たよ。
と。
「くくく、ごめんごめん。ちょっとからかい過ぎたかな」
カイルは笑いを堪えているようだった。
狼狽する僕がさぞかし面白かったのだろう。いや、基本的に胡散臭い笑顔か、無表情に徹する僕だけど。
「まあ、無理に答えなくて良いよ。訳あり何だろ?」
「はいそうです。復讐のためなんて、そんなこと言えるわけないじゃないですか」
カイルの笑顔が凍り付いた。逆に、僕は人の悪い胡散臭い笑みを浮かべる。
うん、その裁判長という役職、もはやそれはカイルの天職と言っても過言じゃないのではないかな。
僕のこれが嘘とは見えないようだ。
「……君は、随分と捻くれた性格をしているね」
「見た目と中身の不一致を目指してます」
その後、しばし僕らは見つめ合う。火花が飛び散るように視線が混じり合い、そして。
「君は面白いな。では、ちょっと君の昔話でも聞かせてくれ」
「いいですよ。聞いたら最後、もう元には戻れませんけどね」
僕らはそんな事を言って、しばし談笑した。
ちなみに、その時話した昔話は、八割弱真実だったりする。
だからといって、どうやって復讐するかとか、魔王や勇者の話はしていないので、口封じをしようとは思っていない。
今の所。少しのことで心変わりするかもしれないけど。
「……そんな話があったのか。恥ずかしい話、知らなかったよ」
「知られたらまずいんですよ。特殊な事情が有ったとはいえ、善良な国民を虐殺したのですからね。ただもし、この事が国民にバレたりしたら……、もしかすると、この帝国が滅んだりするかもしれませんよね〜」
僕の軽口に、カイルは苦笑すらも浮かべられなくなっていた。
「まあ、ちょっとばかり気に留める程度で十分な話です、ええ。今の所は……」
「…………。面白い話だったよ、ありがとう」
そう言ったカイルの顔は、何か色々と考えているようだった。
全行程の三分の一程進み、日が傾いて来たので野宿となった。前が草原と街道、後ろが森と攻められても逃げやすい場所だ。近くに川もあるようで、かなり好条件な場所だろう。おまけにフィーが結界を張ってくれたので、寝ているときの安全性は高そうだ。
皆が何やら話しているが、丁度良い。僕は僕の仕事を始めよう。
魔法と魔術。
この世界には、二通りの異能の力が存在する。
魔術は、マナと言う未知の要素を仮定した時、物理化学の法則が成り立つ事象のことを言う。RPGなどの攻撃魔法と考えると良い。
魔法は、物理化学の法則に捕われず、独自の法則にのみ縛られる事象のことを言う。これは説明しづらいが、忍者の変化の術とか変わり身の術なんかがこれに近い。
フィーは魔術師だ。前世で言う所の、エンジニアとか科学者に近い。
僕は魔法使いだ。前世で言う所の、神様だとか超能力者だろう。
——いや、『魔王』なんだけど。
僕のマジックは種も仕掛けもない。本当の魔法なのだから。
けれどそれは異端の能力。あまりおおっぴらに見せられる力ではない。だから、ちょっと小道具を用意する。
鞄だ。魔法具だが、使用法を解っていないとただの空っぽの鞄だ。
某ネコ型ロボットの道具に、四次元ポケットと言うのがある。
まあ、簡単に言えばこれはそういう魔法具である。
ただし、あの道具と違いこれには条件、法則がある。
魔法具らしく、『魔の法則』があるとでも言おうか。
『一つ、鞄に入れた物でなければ、取り寄せる事は出来ない。
一つ、取り寄せたい物を明確に思い浮かべなければ、取り寄せる事は出来ない。
一つ、取り寄せられるのは、その物の所有者でなければならない。
一つ、鞄に入れた物は、入れた時点の状態を維持する。
一つ、生命体を入れる事は出来ない』
以上が、この鞄の法則だ。
これにより、一度入れた物は腐敗する事無く、最高の状態を維持して持ち運ぶ事が可能だ。法則に入れてはいないが、鞄に入り切らないサイズの物はどうしようもない。解体して入るようなら大丈夫だが、組み上がって出来たりはしない。
今現在、この鞄の中には一万を超える物を入れている。
それでは、本日の夕食と洒落込みますか。
まずは火元を作る。こればかりは取り出す事は出来ない。
以前に誰かが野宿したのか焚き火の跡があったので、それを活用させてもらう。
適当に薪を集め、石の円の中心に置く。それと別に、Y字の枝を二本を垂直に立て、鍋を掛けられるようにその上に棒をのせ、魔術で小さな火を起こす。指先にライター程の火を灯す魔術は初歩的な物で、魔術の才能がある者なら大抵出来る事だ。コレくらいで驚かれたりはしないので、この時ばかりは普通に準備する。
耳を澄ませ、更に辺りを伺う。……よし、誰も僕の存在を気に掛けてはいないな?
では、図らずも『Gランクの天才』と呼ばれる僕の力をお見せしよう。
手始めに、鞄から鍋と皿を取り出す。鍋は厚手のステンレスの物で、皿は軽くて壊れにくいプラスチックに近い材質の物だ。そしてバスケット、続いてパンを取り出して行く。パンは焼きたての物を突っ込んだので、出したそのときからほかほかと湯気を立てている。
この鞄の恐ろしい所。
それは、液体を入れても大丈夫だと言う点。
いやー、作り置きしたシチューを入れてあるんだよね、あははは。
と言う訳で、レトルトのような手軽な感覚で、本格的なシチューが旅先でも頂けると言う凄いアイテムだ。勿論、これは以前僕が作ったシチューに変わりはない。
女性陣がシチューを被ると言うよなサービスシーンなど無く、食事は終了。シチューは思った以上に好評で、その分当然のように疑問が来たけれど(いつの間に作ったのか、食材が高価だが大丈夫か等)、『Gランクの天才』という言葉で片付けた。自分で言っておいてなんだが、なんで納得するのか僕には解らない。
シチューは特にフィーに好評で、ぶつぶつと『生クリーム……牛乳』とか、『胸が……』と呟いていたので、たっぷりとよそってあげた。男っ気があるように見えはしないが、コンプレックスなのだろう。何がとは、僕の口からは言えない。
シュイやカイル、意外な事にラングにも褒められたが、ガイラスは不機嫌な顔をしていた。それはよく分からない。また、食器を回収していると、何故だかリース嬢からジト目で睨まれたが、それも僕はよく分からない。
食器回収後、皿洗いをする。
本来なら川まで行って洗ったりするのだろうが、僕は『Gランクの天才』だ(うわ、何言ってんだか僕)。そんな面倒な事はしない。
僕が『Gランクの天才』などと呼ばれる由縁は、その奇抜な発想に有る。
シチューの効果か、何故だか僕の作業を見にリースとフィーが来たので、僕は『Gランクの天才』たる由縁を披露することにした。
今回使用するのは魔法ではなく魔術だ。魔法はきっと、魔術師であるフィーにはどうあがいても許容出来る物ではないはずだ。前世で言う、火の玉をプラズマと言い張るようなタイプの人間だから。
まず自分の前に水のマナを集める。これは感覚的な物で、これが出来るか出来ないかで魔術の才能の有無が決まる。僕は空気中に存在する水素や酸素を意識し、それが集まって来るように念じている。
魔術の基本は、各マナを魔力と反応させる事で現象や物質とするものだ。今回のイメージとしては、水のマナが大量の水素と酸素、魔力が熱運動エネルギーと言った感じだろうか。本当、魔術は化学臭い。
水球。まず、直径一メートルの水球を宙にイメージする。そしてそれを具現化すべく、集まっている水のマナに魔力を放つ。水滴が生まれ、それが次第に大きさを増して行く。水滴が集まって大きくなっている感じだ。近くに川がある事で、水のマナが集まりやすいからか、十秒くらいで水球が出来上がった。
ここで集中力を切らしては、水球が球形を維持出来なくなり、バケツの水をひっくり返したような、RPGの激しい水流の攻撃魔法となってしまう。けれどもう慣れた物で、僕は水球を維持しつつ、その中に鍋を入れる。まあ、こうやって川まで行かずに洗う訳だ。
さて、ここからが『Gランクの天才』たる由縁だ。
今回のように川が近くにあるのならば、集中力や魔力を消費するようなことはせずに、素直に川へ洗いに行けば良いのだ。特に護衛任務など、いつどのような規模の襲撃があるかも解らない状況であれば尚更である。
ただし、それはただ水で洗う時の話だ。
「……えっ」「……すごい」
二人の驚嘆の声は僕の耳に、二人の視線は僕の前の水球に注がれている。
水球が泡立っていた。ボコボコと泡立ち、中の鍋を回転させ綺麗にしている。水球がその形を変えようとするが、さらに魔力を注ぎ球形に維持、そして汚れを分解する。これは、水球を沸騰させているのだ。ようするに、お湯での洗浄である。
僕が水の魔術を扱う上での魔力のイメージは、熱運動エネルギーだ。これは、それを水球全体に加えた物だ。
これが僕を天才と呼ぶ由縁。実に単純だ。
というのも、この世界に水を沸騰させるような魔術を使う人間がいないからである。そもそも、魔力を熱運動エネルギーなどと考える人がいないだろう。そこまでこの世界の化学は進歩していない。
僕に言わせれば、魔術は化学反応を感覚で行なっているような物だ。
もう少し物理や化学が研究されれば、僕の天才などという称号は消えるだろう。
ちなみに、天才の前に付く『Gランクの』とは、僕が戦闘がからっきしだからと言うショボイ理由である。
いやね、魔術はさ、使うのに結構時間がかかるんだよ。それに集中力がね?
僕の場合、とてもじゃないが戦闘には使えない。世の魔術師諸君には頭が上がらないよ。彼らはものの数秒で魔術を攻撃として使えるレベルまで具現化するから。
……まあ、僕だって魔法を使えば、戦えなくはないんだけどさ。
その後、川に沐浴に行く女子二人。二人とも襲われたとしても返り討ちに出来る実力者だ。何かあったら叫ぶようにも言ってある。
男達は馬車のところで各自が各自を監視。
カイルの一言、
「私の娘を覗きに行った者は死刑です」
で、男のロマンを実行に移す者は誰もいなかった。戦闘力皆無のカイルの一言であったが、背中がゾワゾワ来るものがあった。
女子が帰って来た後、男達も交代で川に行って鴉の行水。護衛の関係上、戦闘力がGランクの僕にはガイラス、カイルにはシュイとラングが付いて行った。ガイラスとの水浴びなど、語る事などない。
リース嬢の濡れた髪は、月夜に照らされ綺麗に輝いていた。姫だとか女神だとか呼ばれるのも頷ける。その前に付く物騒な『戦』の文字は知らない。戦闘は見てないから。
夜中、僕は自分の仕事の一環と割り振った不寝番をしていた。
というのも、僕はこのメンバーを信頼していないからだ。
護衛対象のカイルとリースを除くギルドメンバーは、裏切りが発生した場合脅威となる対象ばかりだ。シュイは言わずと知れた優秀な剣士、フィーはその性格から忌避されがちだが優秀な魔術師、ガイラスは武器だけ見れば英雄クラス、ラングはなんか威厳がある。
さすがの僕でも、そんな奴らに寝込みを襲われて無事な自信はない。
魔力の回復には睡眠が一番だが、僕は一度寝てしまうと朝まで寝こけてしまう。余程の事が起これば起きるが、隣で誰かが動いているとかでは気付けない。
と言う訳で睡眠を取らずとも何日でも動ける僕は、不寝番を買って出た。Gランクという隠れ蓑を使っているため、何か遭ったらすぐ起こしてねと、リース嬢にありがたいお言葉を頂けた。
だが、まだ解ってないようだな。『Gランクの天才』を。
今、僕の他に起きている人は誰もいない。皆ぐっすり、今日の疲れを癒すために睡眠中だ。馬車の中で寝ている女子二人も覗いてみたが、ぐっすりと寝ていた。この様子、朝日が昇るまで起きないんじゃないかな?
あれだよね、美味しいご飯をお腹いっぱい食べると眠くなるもんね。ぐっすり寝ちゃっても仕方ない、うん、人間としての摂理だ。
……いや、僕が睡眠薬を投与したからだけど。
だが、これに深い意味はない。寝込みを襲おうとか、荷物を漁ろうとか、そんなやましい事は考えていない。ただ皆にぐっすりと寝て英気を養ってほしいだけだ。
……まあ、女の子の寝顔は眼福だけどね。
……………それと、万が一裏切り者がいたとき、その行動を阻止する意味も有る。依頼を遂行出来ずに困ると良いさ! 裏切り者はいないにこした事はないけど。