悪の勇者と親愛の魔王 2
『魔王』
この世の全ての魔物の頂点に君臨し、それを統べる者。
そして——世界征服を企む者。
現在、この世界は魔物によって人類滅亡の危機に絶たされている。
その魔物を統べる魔王を倒せば、世界に平和が訪れる。
そのためここ数年、世界各国で腕利きの者を勇者とし、魔王討伐の任を与えてきた。
そして、このランベルグ帝国が何十年の歳月をかけて生み出した最高傑作が、俺だ。
百年に一度と呼ばれる天才。
そして——不老不死。
ランベルグ帝国はこの世界で唯一、魔法の存在を認め、表沙汰にはしていないが使用している国だ。
この勇者システムも、ベースは魔法だ。
くそ忌々しい、おぞましいシステム。
「小僧……、何故生きている?」
「……アンタは知らなくて良い事だ」
俺は剣を構え、濁り切った瞳で魔王を睨みつける。
俺が化け物になって、全ては変わった。
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失ってきた物は大きい。
始めての死後、俺には仲間がいた。
魔術師と戦士、それに弓使いの四人パーティーを組んだ。
そして二度目の死は、その仲間を守ってだった。
巨大な獣に噛み付かれそうだった弓使いを庇って、俺は喰われた。気が狂いそうな異臭、奪われて行く四肢の感覚、溶けて行く皮膚、圧迫される頭。
数々の激痛を伴い、俺は二度目の死を迎えた。
三度目の死は、仲間に殺された。
「どうせあんた、死んでも生き返るんでしょ? 一度死んで、新しい身体にした方が、完璧に治って良いでしょ?」
「うっせえんだよ! 正義の味方気取ってんじゃねえよ、この化け物が!」
そういった彼らは、俺を半殺しにした所で魔物に襲われて死んだ。
勇者は、一体なんなのだろう。
皇帝は、俺がもたらす武勇と報酬を求めているだけだ。
じゃあ、他の奴らは?
助けた奴隷は、情欲に溺れていた。
助けた貴族は、俺が去ったその後、市民に圧制を強いた。
助けた市民は、俺がただ魔王を倒すのを待っているだけだ。
助けた亜人は、美味そうに人を食っていた。
助けた魔術師は、俺の強さに嫉妬した。
助けた戦士は、悪行に手を染めて俺の邪魔をした。
俺が自分を化け物にしてまで守っている人間は、凄く醜い。
そういう俺は、人間に戻るために戦っているのだから、笑えない。
……人間って生き物は、勝手なもんだ。
何をどうして来たのかも曖昧のまま、いつの間にか俺は魔王の城へと辿り着いていた。そこに仲間の姿など無く、あるのはただ魔物の血に染まった一人の化物の姿だけだ。
殺して殺されて、殺す事でしか何も守れやしない化け物が一匹。
俺は魔王の城の正門を通り、真正面から突き進む。
静かな城だった。これから最終局面を迎える、その嵐の前の静けさ。
俺は自分の目的を思い出す。
攫われた、一人の少女の事を。
人間に戻りたいのは、魔王を倒したいのは、全てこのためだ。
本当に攫われたのかも分からない。まだ生きているのかも分からない。助け出したとして、彼女が俺を今まで通りに接してくれるかも分からない。
けれど、それでも構わない。一目で良いから、会いたいのだ。
ガガン、と大きな音を立てて謁見の間の扉が倒れた。俺の足蹴りで、扉が壊れた。
「何だ!?」
玉座と呼べる豪勢な椅子に腰掛けていたおっさんが立ち上がるのが見えた。
聞き覚えのある声だ。見覚えのある姿だ。
俺を最初に殺してくれた奴だ。
やっと、見つけた。
俺は口元をゆがめ、肩に担いだ長剣をそいつに向ける。
「さあ魔王、俺のために死んでくれ」
いつになるか分からないが、待っていてくれ。
俺は、君に会いに行く。
例え、化け物と誹られようとも。
俺は、俺のために君に会いに行こう。
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という決意を抱いたはずだったのだが、
「……あら? ユート、あなた随分と慣れて来たのね」
「まあな。俺は天才だから、一度した過ちは繰り返さない」
「その口調は変わらないのね……」
「俺はお前に敬意を払う気はないし、そうされても困るだろう?」
「ええ……まあ」
何で紅茶を入れるのに特化してるんだか。
と、美味しそうに俺の入れた紅茶を飲む魔王の娘、エリスを見ながらそう思っていた。
俺が毒を入れるとか、人質に取るとか考えないのか? あの親馬鹿魔王は。
「はぁ……」
「ユート! あなたまた溜息をつきましたね! その癖、いい加減に止めてください!」
「すまない。気をつけるよ」
「分かれば良いんですよ。それより、今日もこの後鍛錬に付き合ってくださいね?」
はぁ……。
なんでこの女は、こんなにも血気盛んなんだろう。