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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第三章
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悪の勇者と親愛の魔王 1

「あっ……」

「ユート! 一体いくつの食器を壊せば気が済むのよ!」

「……済まない。何ぶん、慣れない事でな」

「その口の聞き方も! あなたは私の従者なのよ!」


 はぁ、と思わず溜息をついてしまい、また説教された。

 仕方がないだろ、俺はこれまで家事と言うものをやった事がないのだから。

 ティーカップの破片を拾い集め、魔術で元の形へと戻す。

 さっさと紅茶を注ぎなさい、と急かす足を組んだエリス、『魔王の娘』。

 はいはい、とティーカップに覚束無い手つきで紅茶を注ぐ俺、『勇者』。


「本当、世話の焼ける人ね」

「悪いな。どうにも慣れない」

「あなたが私の世話役なんだけどね……」


 今度はエリスが、はぁ……と溜息をつく番だった。

 

「おい、溜息を吐くと幸せが逃げるぞ」

「誰の所為よ!」


 今にも火を噴きそうな勢いで怒るエリス。

 俺は悪くない。悪いのは、不適材不適所をした魔王だ。

 

「そう怒ってないで笑え。笑っていれば、逃がした幸せも戻ってくる」

「……そう言うあなたは、全然笑わないじゃない」

「お前な……。これが笑える状況かよ」

「?」


 おっと、そう言えばエリスは知らないんだったか。

 俺が『勇者』である事と、『勇者』と『魔王』の契約を。


「良いんだよ。俺は幸せになる気はないからな」

「やめて。それじゃあ、あなたに四六時中付いて回られる私も、あなたの不幸に巻き込まれるじゃない」

「俺に幸せになれと?」

「いいえ。さっさとどっかに行けと」


 そいつは無理な相談だな、と俺は茶菓子を摘みながら言った。

 

「少なくとも、お前が俺に勝てるようになるまではな」

「……むっ」

「もっとも? 人類最強の俺にお前が勝てる日が来るとは思えないがな」

 

 紅茶をぶっかけられた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺は天才であり、人類最強の称号を得た勇者だが、私利私欲のために戦っていた。


 俺は強くなりたかった。


 幼い頃、一目惚れした少女をドラゴンに攫われてから、俺はひたすら強くなるためだけに生きて来た。攫われた少女の事は、今でも鮮明に思い出せる。事実、俺は彼女のために戦っていた。

 腰まであるプラチナブロンドが神秘的に輝き、真っ白い肌はまるで雪の様で、触れてしまえば溶けてしまいそうだった。深紅の瞳が宝石のように美しく、俺の幼い恋心を燃え上がらせたのも良く覚えている。


 それよりも何よりも、彼女の声を聞くと癒されたのが一番だろう。

 当時、既に戦いに明け暮れていた俺に、彼女の鈴のような声は癒し以外の何ものでもなかった。実際、彼女に会うためには、かなり強い魔物を倒さなければ辿り着けないような辺境の地だったし、彼女の元に辿り着く時には虫の息に近かった。

 そんな俺に、彼女はいつも優しい言葉をかけてくれた。俺はただそれが嬉しかった。彼女の声を聞けば、また明日も会いたいという気になって、無事に村まで戻れたし、怪我だって不思議とすぐ治ったと思う。


 そんな彼女と出会って一ヶ月、彼女はドラゴンに連れ去られた。


 他でも無い、俺の目の前で。

 当時の俺はまだ十歳にも満たない子供。魔物の中で最凶と呼ばれるドラゴンに挑むのは無謀だった。それでも彼女を守るために俺は剣を握ったのだが、あろう事か彼女に庇われて助かったのだ。

 その時、彼女の言った言葉を俺はまだ覚えている。


「待っています」


 だから俺は答えた。


「また会いに行くから」


 それが、俺達の約束だった。

 俺は自分の無力が憎かった。

 守ろうと思っていた彼女に守られ、すごく悔しかった。

 俺に力があれば、明日も同じように会えたと言うのに。俺に力がないばかりに、いままでみたいな日はもう戻ってこないのだ。

 だが、俺は諦めなかった。彼女を攫ったドラゴンが魔王の飼っているものだと知った俺は、魔王を倒すべく、ランベルグ帝国が開発を進めている人類最強——『勇者』になることを決意した。



 そして十六歳の誕生日、俺は『勇者』になった。

 その時俺は、何も知らなかった。



 大々的に俺の存在はアピールされ、魔物に怯える時代は終わりだと皇帝は声高々に宣言した。

 たくさんの期待と裏腹に、たった一人の少女と再び会うためだけに勇者として旅立った俺が最初に出会った魔物は。


「貴様が勇者か? なんだ、まだ若造ではないか」


 漆黒の鎧に身を包み、巨大な禍禍しい長剣を担いだ一人の黒髪の男。

 その身から溢れ出ている闇のようなオーラが、全てを語っていた。


「魔王っ!!」


 終わりが——始まりにいた。


「来い、勇者。貴様の虚言妄想、人間どものうざったらしい希望、打ち砕いてくれるわ!」

「アンタを倒して、俺は——」


 そして——俺の旅は、始まることなく、終わりを告げた。 


「人間にしては、なかなかだったぞ小僧」


 ひゅーひゅーと、声にならない音が口から漏れる。俺は空を仰ぎ見ていた。

 体の半分が、消し飛んでいた。

 魔王の頬に掠り傷、魔王の片腕はぶらぶらと力なく揺れていた。

 ……何が、なかなかだ。

 魔術の一つも使わずに、何が! 結局俺は、力不足かよ……。


「終いだ」


 そして俺は——魔王に殺された。


 

「死んでしまったかユートよ。だが、ここまでの全てが予定通りだ。これから、お前の旅が始まる」


 俺は目覚めた。

 目覚めてそうそう、俺は『勇者』の真相を知らされた。


 魔王に対抗するために生み出された、最終兵器『勇者』。


 皇帝に魂という手綱を握られた、一匹の化物。

 その束縛は、魔王を倒すまで解き放たれることは無い。

 クローンと呼ばれる全く同じ肉体に、死後も魂を定着させられる。

 死んだら生き返る、不死身の化物。


 俺はその時、初めて後悔した。


 こんな化け物に——彼女はいつものように優しい声をかけてくれるのか?

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