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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第二章
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エピローグ

 凄く眠くて、声もよく聞こえなかった。

 ほんの少しだけ、いつもと違うあいつの声がした。

 声の質が違うんじゃなくて、口調とかそれに含まれる感情が違う。あたしが聞いた事のない声だった。

 

 聞いちゃダメだ、そう本能的に思える声だった。

 多分、声はちゃんとあたしの耳に届いていたけれど、あたしの本能がそれを認識しまいとしていたんだと思う。

 

 なんか知らないけど迎えに来てくれた、それが嬉しくてすぐにでも駆け寄りたかった。

 けど、今近づいたら、もう何も元には戻らないような、そんな予感がしていた。

 だからあたしは、そのまま寝ていようと思ったのに。

 

 身体が、勝手に動き出していた。

 


 あたしが近づいて行くのに、レイは気付かない。

 あたしが近づくのにも、ナイフを持っているのにも、レイは気付かない。

 逃げてと叫びたいのに、口も動かない。

 取り返しのつかない事になると、何でかあたしは思っていた。

 呼吸も足取りも、あたしの身体でないように、暗殺者のように動く。全てを制御されたような感覚が、気持ち悪かった。いつの間にか首に掛けられた金色の首輪が、どうしてか凄く気味悪かった。

 唯一正常に機能している耳も、レイの声を拾えない。


 代わりに、あたしが聞いたのは。



『こいつを刺せ!』



 という、ルミナスと名乗った男の命令だった。


 

 人を刺したのは、初めてだった。


 

 

 

 ナイフがレイの身体を貫いた瞬間、一瞬だけ炎が燃え広がり、レイの身体を飲み込んだ。


「え……あっ、……う、そ」


 現れたのは、小柄な黒髪の少年だった。

 あたしと対して年も変わらない、妙に幼く見える少年。十人が十人、男らしいと言うよりは可愛らしいと言いそうな細く整った顔立ち。今はその顔に苦悶が刻まれていたが。

 目が合った。

 飲み込まれそうなほど深く黒い瞳だ。見つめていれば、その暗闇に取り込まれてしまうと錯覚を覚えるほどに。

 けれど今は、少年の表情に目が行った。

 痛み。

 確かに、少年の顔は苦痛で酷く歪んでいる。

 だけど、そうじゃない。

 それは肉体的な痛みじゃなくて、心の部分での痛みを受けたような、そんな風に見えた。

 少年はふらふらと支えを求めて歩き出して、窓に寄りかかる。


 あたしはもう、少年を見ていなかった。

 あたしが今まで見ていたのは、一体なんだったの?

 あいつは、レイに化けていた? 一体いつから? あたしと最初に会ったときから、レイと言う人間は上辺でしかなかった? あたしを助けに来てくれたレイは、あいつの変装?

 それに——あたしはあいつとどこかで会ったような気がする。

 解からなくなる。


 視界で、炎の塊が動いた。

 あたしはただ呆然とそれを眺めていた。どうしようとも思えなかった。

 思考が停止していた。


「——っ!?」


 不意に、炎があたしを包み込んだ。

 じわじわと何かが消えていく感覚があたしを飲み込んでいる。


 これは——他人に迷惑を掛けつづけたあたしへの天罰なのだろうか。

 胸が苦しかった。大切なものを失ったような、胸にぽかりと穴があいたような痛み。

 何にしてもあたしは、どうしてだか解からないけど、あいつが——レイが一体なんなのか解からないけど、助けに来た人を刺してしまったのだ。

 裏切ったのだ。

 天罰なのだろう。だからこんなに苦しいのだ。


 けど。


 それにしてはなんだか、とっても心地いい温かさだった。




 ぺしぺしと、頬を叩かれた。


「ん……あれ?」

「あっ、気が付いた? リン! この人も無事よ!」

「やっぱり。これで全員無事みたいね」


 その感触に目を開けると、双子がいた。

金髪をポニーテイルにした凛々しい顔の——けど服が残念な——そっくりさん。


あれ? あたしは……生きてるの?


気が付けば、金の首輪は消滅していた。

それどころか、身を清めたようなスッとした感覚がある。



―――――――――――――



 ごめん。


「……んっ」


 あの人の声が聞こえた気がして、私は目を覚ました。

 見慣れぬ天井に、温もりのない部屋。

 そうだ、私は何故か寝てしまって、マモルはルミナスの屋敷に……。


「……マモル?」


 起き上がって、よく片付いた研究所を探すけど、マモルの姿はない。連れ戻しに行った、フィーの姿もない。

 ほんの少しだけ、不安になる。彼もまた、私のようにあの男に捕まったのかと。

 けど大丈夫。約束した。

 戻ってくると、離さないと、彼は言ってくれた。

 だから大丈夫、きっと戻ってくる。

 それに、彼は私なんかよりもずっと凄い。

 浄化と消滅を操る、『愛と情熱の戦士』だと苦笑いで語っていたのだ。

 大丈夫、私は待っていればいい。それで、彼は帰ってくるはずだ。






 けれど、いくら待っても、彼は帰ってこなかった。

これで第二章が終了です。


次回は、勇者の物語。

このタイミングでやった方が良いと思い、変更させていただきました。ご迷惑をおかけしました。

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