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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第二章
35/67

非情の収集家と憤りの焰 9

「なっ」



 一瞬だった。



 僕は、熱くなりすぎていたのだ。

 だから、直前まで背後に誰かが忍び寄って来たのに気付けなかった。



 何かが、僕の腰の辺りに接触したのを感じた。

 そう知覚するのと。


 僕がルミナスを燃やしたのは同時。



「「——がぁっ!?」」



 全身を焼けるような痛みが走った。あまりの激痛に、ルミナスを掴んでいた手が離れる。ルミナスも燃える身体で暴れ回っているが、僕はそれどころじゃない。

 体中で炎が踊り狂っているような感覚。足がまともに体を支えられず、ぷるぷると震えている。


「いっ!!!!」


 鋭い痛みが下腹部を襲ってきた。『怠惰』の魔法で痛覚の体感時間はゼロ、僕が痛みを感じる事などあるはずがないというのに。


 だが確かに、腰の辺りに鋭い痛みが走っていた。


 意識が——霞んで行く。

 あまりの痛みに、それこそ、この世界に生まれて初めての激痛に、僕の意識は飛んで行きそうだった。だが、今ここで意識を失うのはまずい。

 痛みで足取りが覚束無い。視界がぼけて見える。集中が続かない。

 そんな意識の中、なんとか僕が視界に捕えたのは——。



「まじ、か……よ」



 腹に突き刺さったナイフ。



 そして。







 突き刺された僕は、レイではなく——愛と情熱の戦士でもなく——魔王の僕だった。

 魔法が解けていた。





 更に。




 


「え……あっ、……う、そ」


 手を血みどろにしたフィーが、ナイフから手を離した。

 フィー。

 助けに来た少女。

 信じていた者に裏切られたような、自分のやった行為が信じられないような、困惑と絶望に染まった顔。

 そして、僕は見た。


 そのフードの口から覗くのは、金色の首輪。





 隷属の首輪を。


 



「あ……がぁ……」


 あまりの痛みに足が支えを求めて勝手に動き出す。

 ふらふらと後ずさり、僕は窓になんとか支えてもらって立っていた。

 僕がふらついて歩いた道には、目を背けたくなるような赤い道。そして終着点である窓にも大量の血痕が付着した。刺された場所、未だフィーが呆然と立っている場所には血溜まり。

 

 そして、一人高笑いしている男が居た。


「はははははっ!! やっぱり、君も『愛と情熱の戦士』らしいね! 丁度良い死に方だろ!?」


 コレクター、ルミナス・レイフォードだ。その身を取り巻く炎は消えていない。

 炎に身を焼かれながら、ルミナスは声高々に言う。

 魔法の炎は、現実の炎と違いじわじわとその存在を奪って行くのだ。

 奴に与えられた猶予、と言っても良い。


「『模写のナイフ』、刺した相手の魔法をコピーするナイフだ。それは、あのレイを殺したナイフだ!」


 焼けるような痛みは、複写魔法が解けたのは——『憤炎』。

 レイの魔法か。


「そのナイフはお前に刺さった! ならそのナイフは今、お前の魔法を模写している! それさえ手に入れば、私は——『魔王』だ!」


 はははははっ!! とルミナスは笑う。

 狂気、としか言いようのない笑い声だ。

 自分が死にかけていると言うのに、奴には目先の強大な力しか見えていないのだ。


 痛みで朦朧とする意識の中、それでも僕にはやるべきことがあった。

 大丈夫、僕が発動していた魔法は全て消滅したが、もう一度発動出来る。魔法自体が消滅させられた訳じゃない。

 けど……足がふらついて満足に立ってもいられない。

 魔法は思考して発動するもの、集中が続かない。

 この出血量、痛みをゼロにしたところで状況は変わらないだろう。怪我を無くした所で、失った血は戻っては来ないだろう。

 ——なら。


「っ!! させるか!」


 なんとか右手に灯した『憤炎』に反応し、ルミナスが駆け寄ってくる。

 炎の塊が、僕へと突っ込んでくる。

 

 結局、僕には人の存在を速攻で否定するような憎悪を抱けなかったのか、ルミナスの炎は速度が遅い。レイのように、一瞬で人間を消滅させるような炎を、僕は使えなかったのか。

 だが、ルミナスが死ぬのは目に見えている。

 だから。

 僕は最後の力を振り絞り、『憤炎』を発動した。



「——っ!!!?」



 炎上したのは、フィーだった。

 突如燃え上がった自分の身体に、驚く事も忘れてフィーは転げ回った。


「どこを狙っている!」


 突っ込んでくるルミナスを見て、これで良いのだと、思いっきり後ろへ倒れ込んだ。


 


 ガシャリ、と背後のガラスが砕け散る。




 ガラスに支えられていた僕の身体は、その穴から落ちて行く。

 暗く闇のような海に、落ちて行く。

 魔王には実に丁度良い場所じゃないかよ。闇の中なんてさ。


 と。


「ナイフを渡せぇええええ!!」


 ルミナスが落っこちて来た。

 いや、お前は——どこまで『強欲』なんだよ。



 背中に強い衝撃が走り、身体を突くように冷たい海水が包み込んだ。細かい泡が僕を包み、海水が傷口に染み渡り、痛みに悲鳴を上げようとして、ゴポリと口から泡と共に血が溢れた。

 暗い。上か下かも分からぬ夜の海中は、真っ暗で何も見えやしない。

 後を追って来たルミナスも、フィーやルミナスの召使い達がいる屋敷も見えない。

 







 もう、何も見えない。

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