非情の収集家と憤りの焰 8
人は、なんとなくが多い。
その一つに、なんとなく汚れた物があれば綺麗にしたくなる。それと反対に、なんとな真っ白な物を汚したくなる。
それを成し遂げた時、人は爽快感、達成感を得る。そして同時に、虚無感も。
この『憤炎』は、それを煮詰めて濃くしたような魔法だ。
今僕は、もの凄く死にたかった。
成し遂げた事に対して、虚無感を感じている。
なにやってんだろう、馬鹿みたいじゃないか、と。
完全に熱が冷めていた。
それでも、下火となろうとも、コレクターに対する復讐の炎は燃えていたが。
屋敷の内部は電気の照明で照らされており、きめの細かい絨毯や濁りのないガラスから、地球から持ち込んだ物で改築したのだと解かった。だからと言って、靴を脱いで上がるつもりは無い。
外の盛大な歓迎とは裏腹に、屋敷の内部は不気味なほど静まり返っていた。
「悪趣味な……」
屋敷の一番奥に、いかにもな巨大な扉があった。僕は呟きながら、その扉を開ける。
そこはダンスホールに近い広間だった。半球状の部屋で一面が窓ガラス。照明が無く、外の荒れた天気のせいでかなり暗いが、見えないほどではなかった。
「フィーっ!!」
入ってすぐ、フィーが倒れているのが見えた。駆け寄ってその頬をぺちぺちと叩く。柔らかい。
「んっ……」
と、すぐにフィーの瞼が動き、ゆっくりと開いた。
そして、
「……眠い」
またすぐ閉じた。
…………。いや、無事なら良いんだけど。なんていうか、拍子抜けだ。
薬でも盛られたのか?
「何、ここまで歩かせてしまいましてね。疲れているだけでしょう」
と、僕の疑問に答える聞きなれぬ男の声がした。
どうしてだか、こいつの声は耳にこびり付く。粘り着くような、嫌な声だ。
僕はその男を知っている。振り向けば、モノクルを掛けた青年が冷笑を浮かべていた。丁度いいタイミングで稲光が部屋を照らす。
「ルミナス・レイフォード……」
「おや、私の事はご存知でしたか。『愛と情熱の戦士』さん。いいえ」
そこでルミナスは一拍空け、
「魔王、マモル君」
ハンドガンを僕に向け、勝ち誇った顔でルミナスは言った。
バイオハザードなんか出てくるハンドガン。クリティカルは出やすいのだろうか。
閑話休題。
しかし、なんでバレたかな? 一応、僕の正体は隠していたつもりなんだけど。
あっ、複数の魔法を使った時点でバレたか。魔法使いは、一つの魔法しか使えない。魔王を除いて。
「いかなる魔法使いといえど、頭を打ち抜かれては死にますよね? 勿論、魔王でも」
「そうですね……。魔法と言うのは、根本的に使用者の解釈ですが、例外無く思考して発動する物ですからね」
銃で頭を撃たれれば、考える暇も無く絶命する。
肉体的能力の低い僕ら魔法使いに取っては、銃ってのはかなり相性が悪い。それこそ、狙撃銃なんかは。
けどさ。
「アンタが何と言おうと、お断りだ。僕は、アンタみたいな奴が大嫌いなんだよ」
人の事を駒としか見なせない、それじゃただの王様だろ。
僕は魔王なんでね、そこの考え方少し違うんだ。
「例えばアンタ、魔法も魔術も使えぬただの人間は殺していい、なんて思ってるんだろ? 更に言えば、魔法使いこそがこの世界を統べる者だ、なんてさ」
「……意外ですね。まさか、魔法使いは人間のために尽くすべきだと?」
「まさか。それも一つの生きる道だとは思うけどさ。最終的には自分のためさ。後味が悪くならないように、この人生を楽しめるように、幸せになれるように使うだけ。偶々、それが他人のためになっているだけだ」
でも。
「他人じゃなくて、仲間のためなら使うかもな!」
僕が声を荒げた瞬間、足下に銃弾が撃ち込まれた。
けど、僕はひるまない。
「撃ってみろよ、コレクター。お前の大事な収集品なんだろ、僕は?」
「まさか、そう言えば私が撃たないとでも? 死体のあなたでも十分活用出来るんですよ? 『操り人形の針』って魔法具は、死体を操れるんですよ?」
「死体? おいおい、まさかその虚仮威しの銃で僕を殺せるとでも思ってるのか?」
僕はルミナスをせせら笑い、断言する。
「魔王を舐めるなよ?」
「——っ!!」
瞬間、ルミナスは引き金を引いた。
僕の頭が吹っ飛ばされたように変形した。
それはまるで、炎が風に吹かれたようなもので。
すぐに元の形へと戻る。
「——で? 頭を吹っ飛ばしたから僕は死んだか?」
「ッ!?」
驚くルミナスに、僕は冷笑を浮かべた。
馬鹿だな、確かにレイなら死んだろうさ。
だが、僕は魔王だ。
僕の『怠惰』の魔法は、体感時間の操作。
未来と現在——その狭間に干渉する魔法。
起こる事象、起こっている現象——それらについて、僕は思考する時間が与えられる。
僕は便宜上、この魔法を『語り部』なんて呼んでいる。
起こっている現象に付いて解説し、時には起こる事象を預言できる。身体が痛みを感じていようとも、それを冷静に分析出来る魔法。
体感時間を増やせば、それだけ考える時間も増える。
なんなら、銃弾がどのような軌道を描いて僕の頭を吹き飛ばしたか、語ってもいいんだ。
魔王はただの魔法使いじゃないんだよ。
七つの属性全てを使えるから、魔王なんだ。
「魔法が『七つの大罪』でジャンル分けされているのは、この暴力的な魔法が罪に他ならないからだって知ってるよな?」
僕は、『憤炎』を発動させる。
理不尽をこれ以上無く理不尽に叩き潰せる魔法。
「分かりました……。こ、交渉しましょう!!」
と。
ルミナスは、策が効かないと知るや否や、土下座して見せた。
その手のひら返しは、呆れるを通り越して驚嘆に値するよ。
「わ、私の魔法は召喚魔法。紙に物の名前を書けば、それを手元に召喚できます。地球の記憶がある君なら、これがどれほど価値があるかわかるでしょう!?」
ルミナスは必死に、活路を見出そうと舌を動かす。
このままでは僕に殺されると、必死に生き残る道を探している。
「復讐でしょう!? 知ってますよ、君が住んでいた村から追い出され、帝国に殺されそうになったのは! それなら現代兵器を使えばいい! 戦車でも潜水艦でも、戦闘機でもクラスター爆弾でも! 私が紙に書けば召喚できる! なんなら人工衛星だって、それの発射施設だってそうだ!」
紙一枚でそれらが手に入ることが、どれほど貴重かなどと語る必要は無い。
ぜひとも欲しい魔法だ。
「どうです! あなたなら解かるでしょう、私の魔法がどれほど便利か! 逆らいません、尽くしますから! どうか! 命だけはっ!!」
地にひれ伏すルミナスに対して、僕は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
「仕方が無いな……」
僕の復讐は、相手が死ぬほど後悔させることだ。
こんな、生きたがっている人間を、僕はこの場で裁くことは出来ない。
僕の呟きに、ルミナスの顔に光が差した。
ああくそ、僕って奴はなんて——、
「お前さ、凄く勘違いしている」
——酷いんだろう。
がしりと、僕はルミナスの顔を鷲掴みにした。
え? と今にも言い出しそうな感じに、ぽかりとルミナスの口が開いている。
「お前はまるで、自分の魔法が唯一無二、お前でなければ使えないようなことを言ってるけど、それは大間違いなんだよ」
かつて、レイが僕に言ったことがある。
それは、一体どんなシーンだったか。
……そうだ、山賊の一人を捕まえていて、そのアジトの場所を吐かせたかったんだ。
山賊は中々口を割らなくて、人質に危険があるから僕らは早く知りたくて——。
山賊は口を割ってしまえば、自分が生かされてる意味を失うことを知っていたから、死にたくないから何も喋らなくて。ただ口が悪くて。
それで僕は——。
「アンタ要らないよ」
その山賊を殺したんだ。
だって。
「召喚魔法、使えればお前は必要ないだろ?」
ドッペルゲンガーって知ってる?
最大の嫌味を込めて。
僕はコレクター、ルミナス・レイフォードの顔でそう言った。
アジトの場所、知っていれば生かしておく必要無いだろ?
そう言って、僕は山賊を殺した。
僕の複写魔法は、その記憶から能力、全てをコピーする。
人格すらもコピーする。
その人でしか知り得ない情報を言う事も、その人ならばこうするであろう行為も、全て僕がやってみせよう。
だからレイは、そんな僕に言った。
『君の魔法は、人の存在理由を奪うんですよ』
僕は言った。
「さよなら、コレクター。君の存在理由は——無い」
「——っ!!」
そして、全てが動いた。