非情の収集家と憤りの焰 7
炎に反応できたのは何十人といた召使いの内たったの三人、されど三人いた。
他の召使いがその魔法具、もしくは魔術具、名のある武器もろとも炎に飲まれる中、超人的な反応で跳躍し、そのまま僕へと襲い掛かってくる。双子の剣士、弓使いだ。
やはり、と無感情に襲い掛かってくる彼らを見る僕。僕はアイリとヒビキの情報で彼らを知っていた。
バトルジャンキー、ヒビキの情報によると、『限りなく魔法に近い魔術』と勝手に呼んでいた冒険者、もしくは魔法具が行方不明となっていると言う。
そして、今僕に襲い掛かってきている人物達がそうだった。
全く見分けがつかない、金髪ポニーテイルの双子の剣士。
ただ睨んでいるように見えて、物言いたげな視線で僕を見据えている。そこにあるのは、一種の希望か。はたまた憎悪か。
『暴風のリン』、『雷電のラン』。
魔力量に限界が見えない、思うが侭に風と雷を操る双子の姉妹。その実力は折り紙付き、ランベルグ帝国が攻め滅ぼそうとした小国を、たった二人で防いだという伝説の持ち主。
その手に握られているのは、『疾風のレイピア』と『雷剣ジゴデイル』。共に、風や雷そのものが武器となったような魔法具。
刺突が渦を巻き暴風となり、斬撃がジグザグの軌跡を描く雷撃となって僕を襲う。
避けることは可能、だった。
だったのだ。
だが、動かそうとした体にずしりと重みが増し、耐え切れず膝を着く。
「やってくれるね……」
見上げれば、男が僕を無感動に見下ろしていた。
グレーの髪に、鋭い目つき。四十代であろう。堅いイメージが湧くカッコいいおじさんだ。レイのようにおっさんとは呼べない風格の漂う人物。
『重圧のグライス』。
こちらも、重力を思うがままに扱う弓使い。重力で相手を押さえつけ、ピンポイントにその頭を射抜く——暗殺者。動かない的ならば絶対に外さない、命中率百パーセントの凄腕。
彼の手にあるのは、『白銀の霊弓』。ホーミング機能付きのレーザー光線と勘違いするような矢を放つ、こちらも魔法具。
グライスが何の予備動作も無しに僕に重力をかけ、そしてその弓から矢を放った。一瞬で矢は光線となり、僕を消し飛ばさんばかりに飛来する。
全く、リミットマジックとは、よく言ったものだと僕は感心した。
これは確かに『限りなく魔法に近い魔術』だ。
逆らうのが馬鹿らしくなるほどの力、属性で言えば『傲慢』だろう。
すごいや、すごいな、すごいって。
三つの攻撃が僕を直撃し、轟音が響き渡った。
地面が爆発したかのように吹き飛ぶ。その衝撃で大きく地面が揺れるが、それが収まるのと同時に三人は地に降り立った。
雨風が強いので、すぐに土煙は収まり——で?
「こんなモノで本物の魔法を——この『憤炎』を止めようと?」
「「——がっ!?」」
ゆらりと。
警戒しながら僕に止めを刺しに来た双子の頭を鷲掴みにする。
僕は無事だった。
「違うんですよ。決定的に違う」
僕の呟きに、二人の顔に明確な愕然とした表情になり、恐怖が浮かんだのと。
僕の体を二本の魔剣が貫いたのは、同時。
僕は笑って、二人は笑えなかった。
二つの剣は、確かに僕の心臓と内臓器官を貫いている。
だが残念ながら、僕には痛覚ってもんが無い。正確に言えば、『怠惰』の魔法で痛覚の体感時間をゼロにしている。
そして、『憤炎』は事象、概念などありとあらゆるものを消滅させることが出来る。
僕が刺された——その事実すらも消滅していく。
「二人仲良くおいきなさい」
轟! と炎が二人を飲み込み、僕は二人から手を離した。
悲鳴は上がらなかった。
どさりと力なく地に落ちた二人に一瞥もくれず、残ったグライスに視線を向ける。
グライスが弓使いらしく、距離おいて狙撃しようと後ずさり——、
「っ!?」
——炎上した。
残念。『憤炎』の発動範囲は僕の視界だ。
僕に見える範囲にある全て、その消失権が僕にあるんだよ。
炎に飲まれて倒れていくグライスには目をやらず、悪の根城に見える屋敷へと視線をやる。
「はははははっ!!」
凄く気分がいい。こんなに笑えたのは久しぶりだ。
ああ……、この高揚感が消えぬうちに、さっさと君を消しに行くとしよう。
ふと見上げた空は、荒れた天気の夜らしく、どこまでも暗く黒いものだった。
ただそれだけのことなのに、何故か笑えてしまう。仕方なくその笑みを手で隠して、僕は屋敷へと向かった。
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「ああ……間違いない。あの炎、あのやり方——まさしくあの男だ」
魔法使い。
奴こそが、最強の魔法使いだろう。魔法の中の魔法を使う男。
『風塵のリン』、『雷電のラン』の双子は、彼女達の両親に呪いの宝具を渡して、それを解呪する約束をしてなんとか手駒にした。涙ながらに私に縋りついて来た時には、顔がにやけるのを抑えるのに苦労したものだ。
『重圧のグライス』は、私が暗殺を依頼すると言う形で手に入れた男だ。隷属の首輪を付けようにも隙が無く、仕方なく、一度しか効果を発揮しない代わりに時間を十秒だけ止める魔法具、『砂の消える砂時計』を使った。
どちらも手間隙がかかった優秀な人材だが、所詮は魔術師か。
魔法使いには勝てなかった。
だが。
「はははははっ!!」
笑える。笑えるぞ。
奴はどうしようも無かった。弱みを握ろうにも、奴には過去の情報がまるで見つからなかった。弱みを作ろうにも、決まって奴は最高のタイミングで現れて見せた。
だから仕方なく、殺すことに決めた。
それが、どうした?
奴よりずっと扱いやすそうな、奴の継承者がいたじゃないか。
人質に釣られて出てきた時点で、もはや笑いが止まらない。
こちらには、コレもあるしな。