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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第二章
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非情の収集家と憤りの焰 6

「ちっ、さすがは奴が作ったと言うだけはあるな。だが……」


 ネコの人形? あれはそんな物じゃない。

 とんでもない化け物だった。

 まさか、魔法は愚か魔術、更には物理現象に対してまで効力を及ぼす魔法具とは、恐れ入ったよ。正直、私もコレ(・・)がなければ、薮をつついて蛇を出すどころか、八岐大蛇でもだすところだった。いや、実際少しばかり出してしまったが。

 しかし……コレは確かに複数の魔法が掛かった魔法具だが、どうなっている? 

 あまりにも、使用者に都合が良すぎる魔法だ。一切のデメリットが記述されていない。欠点がまるで存在しない魔法が、いくつも積み重なって出来ているようだ。

 持ち主に対するありとあらゆる攻撃を代替わりにし、その攻撃を動力として動く魔法人形。ネコの形は飾りで、攻撃を受けた瞬間にはもうその形は残っていなかった。

 魔法具とは、魔法使いが自分の魔法を道具に込めた物だ。そのため、魔法具は大抵若干の劣化、もとい弱点を付けるのが常識だ。誰でも使える道具にしてしまう、そうすると魔法使いとしての存在価値が下がる訳だ。

 だが、この人形にはそれが見られない。

 奴らしい。実に奴らしい魔法具だ。

 だが、奴じゃない。

 やった(・・・)。本当にやって(・・・)良かった。


 不意に、地響きと何かが崩れる音がした。


「ルミナス様、門が……その……」

「どうした? 怒らないし、嘘だとも言わない。言ってみろ」

「壊されました」


 奴が来たか。

 ああ、笑みが消せない。これから、これを作った奴を私の手駒に出来るのだ。他の人材などもはや要らない。

 最高のおもてなしをさせてもらおうじゃないか。

 私がこれまでに集めた魔法具と、優秀な人材で。



    ――――――――――――― 



 雷鳴が響き、殴りつけるような雨が降る夜だった。

 ランベルグ帝国首都、その端も端、切り立った崖の上にレイフォードの屋敷はある。

 四方を高い壁に囲われた屋敷で、正面以外のその壁の向こうには落下空間しかなく、その下の海は天気も相俟って常闇のようだ。

 僕は正々堂々真っ正面から、厚さ五十センチの門を蹴破って屋敷に入った。もの凄い地響きが起こり、良い呼び鈴代わりになっただろう。

 別に僕の馬鹿力ではない。『傲慢』の魔法だ。

 

 召使いと思われる、悪趣味なずたずたのエプロンドレスを着た少女が僕の前に現れた。その目に生気は無く、ただ身体が勝手に動いているようだった。


 胸くそ悪い。


 少女が人間とは思えない動きで、一瞬で僕の目の前に移動する。それを僕は見て、何もしなかった。少女の手には、あまりにも似合わない巨大な斧。

 少女はそれを振り上げ――何もしなかった。

 否、何も出来なかったのだが。

 見れば少女の身体は、身体を動かそうとする見えない力と、身体を動かすまいとする見えない二つの力の狭間にあるのか、ぷるぷると震えている。

 身体を強制的に動かす『傲慢』属性の魔法具、隷属の首輪が少女の細い首に付けられていた。

 コレクター。どうやら、こういう魔法具も取り揃えているようだ。となると、その無骨な斧も魔法具か魔術具か。

 まあ、当たらなければどうという事はない。

 対して、少女を動かすまいとする力も、僕の『傲慢』属性の魔法。


『一つ、視認出来る物に質量と力を働かせる事が出来る。

 一つ、形を自在に変える事が出来る。

 一つ、影が接触しなければこの魔法は使えない。

 一つ、対象が生物であった場合、その影が表現しうる範囲内でのみ形を変える事が出来る』


 端的に言えば、影を一つの生物として扱える魔法だろうか。

 そのため、『影の呪縛』とかレイは呼んでいた。

 一度でも影が接触すれば、対象が物であれば完全に僕の思い通りになる。対象が生物であった場合、僕の思い通りに動くマリオネットとなる。影が表現しうる範囲内というのは、背骨が皮膚を突き破ったり、腕の形を変異させる事は出来ないという事だ。

 この条件の考え方としては、一回転した時に影として映る範囲。日の射し方によって、操れる範囲が変わってしまう訳だ。曇りの日はほぼ無意味。日中でも基本的に表情、足の指の動き、内蔵器官の動きなんかは操れない。逆に夜中は、星の巨大な影に入るため、表面的な部分は全て操る事が出来る。

 これが魔王だ。

 伊達に『傲慢』の象徴である、王を名乗ってはいないんだよ。


 といっても、同じ『傲慢』の魔法が打ち消し合って、少女は何も動かせないが。

 その首輪をとっても良いのだが、そうしている時間が惜しい。

 少々、雨の中で寒いと思うがそこで待っていてほしい。

 見れば、ぞろぞろとたくさんの似たような格好の召使いが出てくるじゃないか。

 いくら夜中でも、ちゃんと自分の影と相手の影を接触させなければ魔法は発動しない。影と影がくっついているから、夜中は全てを手中に置ける――という風には行かないのだ。

 この数を相手にするのは面倒だなと、そんなどうでも良い事を考えていた僕に、先頭にいた男が何かを投げた。


「……ッ」


 僕はそれを拾い上げ、笑みを引きつらせる。

 オーケー。どうやらお前は僕を本気にさせたみたいだな。

 やってくれるじゃないか、ルミナス・レイフォード。



 拾い上げたそれは、ズタズタに裂けた――にゃんこの人形だった。


 

 浮かべた笑みが消えないから、頬に手をやってその笑みを隠す。

 そうこうしている間に近寄ってくる増援をちらりと見据え、僕は誰に言うわけでも無く呟く。


「ここからは、『魔王』じゃない」


 姿を隠していた黒衣のマント――影に質量と力を与えて作り出した『傲慢』のマントを取り払う。

 マントは消し炭のように黒の粒子となって宙に消え――代わりに炎が舞い上がった。

 それは狂気の炎。愛憎の焰。激情の業火。

 

 一人のおっさんが――名付けたその魔法の名は、


『憤炎』


 身体が炎にでもなったように、存在が希薄になったように揺らめいた。

 灯台の光のように、夜の闇の中でたった一点だけ光る僕の身体。

 眼鏡の位置を直す手から炎が溢れ、手が炎であるかのように火の粉が飛ぶ。

 暴風によって僕の形が揺らぐが、叩き付けるような雨は蒸気となる事も無く消滅して行く。

 この炎はーー全てを打ち消し焼き尽くす。


 理不尽を極めた、最悪の魔法。


 驚愕を表しながら、恐怖を感じながら引けない召使い(コマ)。そこには、死への恐怖がありありと見て取れた。

 ざっと見た限り、若い人間が多い。眉目秀麗、八方美人。コレクターの我が儘に寄って奪われた人生が、あまりにも多すぎる。

 彼らには愛した人が居ただろうし、愛してくれた人も多かっただろう。

 だが今の彼らに見えるのは、疲労と恐怖に歪んだ悲しげな表情だ。

 幸せを語った魔王には――憤怒の情しか湧かない情景。

 魔王では、彼らを救う事は出来ないような気がした。

 だから、僕は名乗る。


 おっさんが貫いた生き様を。



「『愛と情熱の戦士』だ」



 憎悪の炎が、屋敷の庭を埋め尽くした。

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