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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一部 序章
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Gランクの天才 2

 本当に変なおじさんです。

 どうして、ギルドはこんな人を派遣して来たのでしょうか?

 『Gランクの天才』と呼ばれている、この手の仕事では最高の人材と聞かされていましたが、本当なんでしょうか? これで腕が悪かったら、ただの陰険なおじさんでしかありません。

 さすがにそれはないでしょうが……。



 隊列は、先頭にガイラスさん、馬車の横に私とフィーが一緒の馬に乗り、ラングさんが反対側にいます。殿はシュイ君という形です。勿論、御者にはレイさんが付いていて、馬車の中にはお父様もいます。

 街道はお世辞にも整っておらず、馬車がゴトゴト音をたてています。アイカシア国は街道を石畳で綺麗に舗装していますが、ランベルグ帝国はまだのようですね。今の皇帝が悪政なのが原因でしょう。

 魔物や刺客に襲撃される事も無く、比較的ゆっくりなペースで進み、三分の一程進んだ所で野宿する事に決めました。街道沿いの木陰に馬車を止めます。


「あたしが結界張る」


 と、地面に住居一つ分くらいの魔術陣が浮かび上がりました。

 この結界は、今魔法陣の中にいる人しか出入り出来ないタイプですね。それを詠唱も無く、この速度でやってのけますか。むむ、優秀な魔術師ですね。国にお持ち帰りしたいです。そうすれば、もっと国も安全に——。


「リース、なんか良からぬ事を企んでるでしょ?」

「い、いえ何も! 結界、ありがとうございます、フィー」

「……なら良いんだけど」


 ジト目でこちらを見るフィー。動物的勘でしょうか?

 フィーとはここまで来る馬上で仲良くなりました。


「フィーは何の研究をしているんですか?」

「魔術」

「そうじゃなくて、どういった分野の魔術なんですか?」

「全部」


 という感じです。なんとなく、フィーが『偏屈魔術師』などと呼ばれる理由が解りました。子猫みたいで可愛いのに、無愛想な返答をするから。


「ふうっ、意外と疲れるな馬車の旅って……」


 お父様が伸びをしながら馬車から出てきました。ずっと座ってるだけですから、そうでしょうね。それに、運動もあまりされないし。


「まあ、話し相手には困らなかったけどね。レイはなかなかに面白い男だよ」

「そうなんですか?」


 面白いと言うよりは、奇想天外とか、奇天烈とか、変人の方が似合いそうですけど。勿論、口に出しては言いませんが。


「明日もこのペースで行こう。これなら明日にはアイカシア国内に入れるし、どこか村の宿に泊まる事も可能だ」

「そうなると……あれ? あのおっさん要らなくね?」

「………………」


 と、シュイ君とガイラスさんが話していました。ラングさんは横に立って話を聞いているだけのようです。

 それにしても、ガイラスさんは昼間の事をまだ根に持っているようですね。仲良くしてとは言いませんが、険悪なムードにはならないで欲しいです。


「馬鹿な事言うな。……っと、このような予定でよろしいですか?」


 シュイ君が私とお父様に確認に来ます。お父様も私も異論は無く頷きます(レイさんの必要性は確かに薄くなりますが、御者さんとしては必要ですね)。



 と。


「夕食が出来ましたよー」


 そんな声が辺りに響きました。むなしく。

 タイミングが良かったのか、それともその台詞のインパクトが強かったのか、レイさんを除く全員が口を動かすのを忘れて、呆然としていました。

 いつの間にか焚き火が出来ており、厚手の鍋が火にかけられていました。

 え? いつの間に?

 そんな私達一人一人を押して、鍋の元にレイさんが集合させます。その間、私を含めた皆は、驚きのあまり彼の為すがままです。

 そして、鍋の蓋を開けてレイさんは言いました。


「本日の夕食は、七種の野菜と極楽鶏のシチューでございます」

「……はい?」


 思わず涎が零れそうな、良い匂いが辺りを満たしました。

 私の目の前には、お屋敷で出されるものと比べても全く遜色のない、立派なシチューが。


「ノーランド産の生クリームを贅沢に使用し、最高級品と名高い極楽鶏と野菜七種を煮込みました。味付けは疲労回復のため、少々濃いめです。味が濃いようでしたら黒パンもありますので、それに付けて召し上がっていただければ」

「「「……………」」」


 え? えーと、いえ、はい?

 レイさんは説明しながら、お皿によそってスプーンと一緒に一人一人に手渡して行きます。あれ? この銀のスプーン、私の屋敷で使っているのより綺麗だ。

 まだ、皆動けません。鍋の隣にはバスケットに入ったたくさんの黒パンがありました。焼きたての様で、ほかほかと湯気を立てています。

 全員に皿が行き渡り、いただきます! とレイさんが一人で言って、やっと私達は考える事を思い出しました。

 いただきますは、たくさんいるのに一人で言うと、何故だか凄く虚しく感じるものでした。


「では、どうぞご賞味ください」

「いや! 何平然ととんでもない事やってんだおっさん!?」


 にこりと笑うおじさんに、ガイラスさんが噛み付きました。銀のスプーンを突きつけて、怒鳴ります。

 私も同じ気持ちです。


「お口に合いませんでしたか? それなら、すぐにでも別物を作りますが」

「そうじゃねーよ! 何平然とした顔でこんな料理作ってんの!? これ、護衛の旅だぞ!?」

「腹が減っては戦が出来ぬ、という言葉があります。食事はどんな時でもちゃんと取らなければいけませんよ? あっ、戦闘になりましても、私が片付けますから御心配なく」

「そうじゃねーんだよっ!! わっかんねーかな!?」


 頭をがしがしと掻いて、ガイラスさんが怒鳴っていますが、レイさんは顎に手を添え、首を傾げるばかりです。

 うわぁ、凄く胡散臭い仕草……。

 ガイラスさんが言いたいのは、そんな立派な食材どこから調達して来たのか、旅で作るものじゃない、いつの間に作ったのか? という感じでしょうか。


「……とりあえず、食べましょう?」


 冷めて美味しくなるのも勿体無いので、私がやんわりとたしなめます。ここは素直にいただきましょう。その後で、話を聞けば良いのです。


「——っ!?」


 私が一口食べた事で、皆が食べ始めました。


「……うまいな」

「ありがとうございます」


 シュイがおじさんを褒めていますが、私はそれどころではありませんでした。

 何このシチュー!?

 私が今まで食べて来たものの中で、一番美味しい! 城で出された料理よりも、他のお屋敷で出されたものよりも凄く美味しい!

 生クリームの濃厚な味わいが口の中に広がって、ジャガイモや人参は口の中で溶けていきます。極楽鶏の肉は柔らかく、噛めば肉汁が溢れて、それがシチューと絡み合って絶妙な深みを出します。


「あ、あのっ!」

「どうしました? お口に合いませんでしたか?」


 別段気落ちした方でもなく、平然とレイさんは言いました。

 この料理がまずいわけがない! という自信はなさそうで、美味しくなければ別の作りますよ、といった感じです。


「いえ。凄く美味しいです。それでその、レイさんはどこかの宮廷で働いた事でもあるんですか?」

「いえいえ、厨房に入った事はありますが、働いた事はありませんよ」


 そうなんですか……って、厨房に入った事があるのなら、働いたも同然じゃないですか!


「この料理はその時厨房にいた人のを真似しまして。別に、僕でなければ出来ない料理ではないですよ。高級食材の力も借りていますし」

「それだ! おっさん、極楽鶏って言えば一羽金貨一枚だぞ? それに、ノーランド産の生クリームって、こっからどれだけ離れてると思ってんだ? っていうか、どっから出したそんなもん!」


 極楽鶏と言えば、宮廷の料理でも扱われる超高級品、美味しさも折り紙付きです。ですが、それよりも上を行くのがノーランド産生クリームです。ノーランドは大陸の最北端の国で、そこで作られる乳製品は至上の味と呼ばれています。ただ、保存が難しく市場には滅多に出回りません。

 そんな高級品、どうして……。


「僕の手荷物です」


 そう言って、皮でできた上等そうな鞄を見せるレイさん。彼の唯一の持ち物で、御者台に置いてあったのを微かに覚えています。でも、大きさ的に鍋が入っていれば膨らんで目立つような……。

 いえ、それよりも。


「レイさん、一体いつ調理されたんですか?」


 レイさんが声をかけて来たのは、ここに着いてから三十分と経っていません。いえ、そもそもこの鍋とお皿、それにパンはどこから出したのですか? パンに至っては焼きたてでしたし……。私は、馬車しか用意してませんよ?


「それは企業秘密です」


 ニコリとレイさんが不敵な笑顔を見せました。……とても板についてます。


「……おかわり」

「はい、どうぞ」


 フィーがもう一皿食べ終えて、おかわりです。あれ? この子、そんなに食べるような話はしてなかったけど……。


「俺も頂こうか」

「俺にも頼む」

「私にも頼むよ」


 と、シュイ君にラングさん、お父様までもがおかわり。えっ、早く食べないと私の分無くなっちゃう!? こんなおいしい料理、食べ逃せません!

 

 シチューは綺麗に食べ尽くされ、パンが少しばかりの残る食事となりました。大満足です。お金を払ってでも食べたい料理でした。


「お皿はパンで拭って綺麗にしてください。あっ、別に犬や猫のようにぺろぺろ舐められても構いませんよ?」


 ……余計な一言付け加えるレイさんは、やはりおっさんです。

 お父様は何やら笑っていました。どうやら、彼の事を気に入ったようです。旅の最中、何をお話しされたんでしょうか?



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