非情の収集家と憤りの焰 3
「成果……ですか」
「何でも良いの! 何かない?」
なんとか部屋の中にスペースを作り、講義と洒落込んでみる。
尻尾でもパタパタ振り出しそうな勢いで、身を乗り出して尋ねてくるフィー。
実際、僕がやっている魔術は、一般的な魔術とは大きく異なる。その内一つでも見せれば、高評価は得られるのではないだろうか。
問題は……あまり影響力のないやつが良いと言う事だ。そうなると、簡単な別次元の魔術が良いだろう。
考え方を根本的に変えなければならない、という新たな問題も生まれるが、何を教えるにしても関門と言うのはある。そこでダメなら、また別なのを考えれば良い。
最悪、フィーが解雇されても僕は何も困らない。
「……ちょっと、何か変な事考えなかった?」
「いえいえ、僕に任せてくれれば、万事上手く行きますよ」
「……なんでだろう。あんたの言葉、その後ろに『僕に取って』って付きそう」
「ザッツライト」
「ふえ?」
こういう時、英語は便利だ。単語の意味がわからないから、相手に伝わらない。
ただ、僕の態度で伝わってしまう事もあるが。
「では、早速講義に入りましょうか」
「お願い! あたしが頼むなんてそうそうないんだから、光栄に思いなさい!」
「そうですね。『いつかあんたを仰天させるような魔術を見せてあげるんだから!』なんて言ってましたもんね」
ぎゃーと羞恥心と怒りが入り交じった叫びを上げて、僕の記憶消去しかねぬ勢いで殴り掛かってくるフィー。その細く白い腕を受け止め、くるりと身体をターン、フィーのローブの襟口を掴み持ち上げる。
ああ、背が高いって良いな。首根っこを捕まれてぶらぶらしているフィーを見ながら、いつかは我が身、などと思ってしまう僕の本当の身長は、そこまで低くないーーはず。
「ううう……」
「はははっ、まあ、楽しみにしていますから、その内にでも見せてください。時間がないのでしょう?」
僕はへこたれるフィーを床に下ろし、早速講義を始める。
「まず、フィーはマナをどういう物だと考えていますか?」
「魔力にだけ反応する魔術の元、でしょ?」
「はい、まずはその考え方から変えてください」
ほぇ? とぽかりと口を開けるフィー。
無視して、僕は続ける。この後何度も似たような展開になりそうなので、いちいち反応をしたりはしない。
「マナとは、確かに魔力にしか反応しません。ですが、確かに存在しています。例えば、水のマナ」
そう言って僕は水のマナを集める。水は酸素と水素から成る、これはこの世界でも変わりない事だ。従って、水のマナとは酸素と水素の集合体、と僕は踏んでいる。
が、それは実は間違いでもあったりする。
意識を集中し、水のマナを集める。ただし、空中闊歩の要領で魔力は放出しない。
「今、僕が水のマナを集めたのを、フィーは分かりますか?」
「ううん。……え? 集めてるの?」
魔術師が感知出来るのは、魔術だけ。
マナが存在するものであれば、それを感知出来ないのはおかしい、というのが世間一般の魔術師の考え。
だが、
「マナと言うのは、実は感知出来ません。フィーが水のマナを集めていると感知出来るのは、微弱な水の魔術が発動しているからです」
そう言って、僕は少しだけ魔力を放出する。
途端、フィーの顔色が変わった。
それもそうだろう。僕が集めた水のマナの量は、おおよそ以前に作った水球を作れるくらいだ。
「えっ!? こんなにマナを集めてたの!?」
「僕はさっきまで、完全に魔力を抑えていました。そのため、微弱な魔術は発動せず、集めたマナをフィーは感知出来なかったんです」
そう言って、水のマナを散らす僕。水場でもないから、集めるのは結構大変だと思ったが、どうして簡単に集まるんだろう。怖いよ、この研究所。
「というように、他者が操るマナを感知する事は出来ません。それは置いておいて、水は何で出来ているか、フィーは知っていますか?」
「へ? 水は水でしょ? 水蒸気が集まって、水に成るんじゃないの?」
むう、間違いではないんだよな。むしろ、そっちの方が効率はいいかもしれない。既に水として存在している分だけ。
「では、その水蒸気は何で出来ているか知っていますか?」
「……えっと。………………知らない」
まあそうだろう。最小が水蒸気だと思っていれば、それより小さい物があるとは思わないよな。
「では、フィー。僕と同じように水球を作れますか?」
「そんなの朝飯前よ!」
そう言って、フィーは僕よりも早く水球を作り出した。
まあ、そうだろうな。偏屈魔術師って二つ名は、他の魔術師の嫉妬から来ているらしいから。
「フィーは水蒸気を水のマナとして集めていますよね? 僕はその水蒸気を構成する物をマナとして集めます。どちらも共に、ちゃんと水球が出来ます」
「……要するに、マナは術者によってその形を変えるってこと?」
僕はニッと笑みを浮かべ頷いた。
マナは術者のイメージによってその形を変える。最終的に水になる、魔力にしか反応しない要素が、水のマナと呼ばれるのだ。
物質や現象をより深い層まで理解しておく事が、魔術の幅を広げると言っても過言じゃない。
確かに呼び寄せているものは同じなのに、使用者によって異なる物質となる存在。
それって、その存在自体が意志をもっているようじゃないか?
「そのため、マナは精霊ではないかと僕は考えています」
「せ、精霊って……」
だって、実際そうじゃないか? 自分の意思に基づいて集まったり散ったりするエネルギーの元だ。生物かなんかだと思った方が話が早い。
そっちの方が融通が利くし。
「まあ、マナに意思があろうが無かろうが関係ありませんけどね。余談ですよ」
「え? ……十分これで成果になるわよ?」
「なりませんよ。証明の仕様が無いでしょう? まさか、フィーは僕が何ヶ月も掛かって出来るようになった魔力の制御を、数日でマスターするつもりですか?」
魔力を一切出さずにマナを集めることが出来れば、色々と便利な点は多い。
魔術師同士の対決において、その勝敗を決めるのは魔術の発動までの時間、そして属性だ。炎に風の魔術がタブーとされるように、魔術の戦いは読みが勝敗を分ける。
相手と自分の力量を正確に把握し、いかなる魔術でも自分が先に攻撃できると踏んだ方から魔術を構築。相手は集められたマナを感知して、それを打ち消す、もしくは飲み込む属性の魔術を構築する。そこからは時間との勝負。いかに相手より早く魔術を構築するかだ。
魔力を抑えると言うのは、この戦い方においては禁じ手に近い技術だ。自分の方が魔術の発動速度が速ければ、相手に対抗策を練られる前に攻撃が可能になる。というより、受身の相手の不意を付ける。魔術師同士の戦いが代わるような技術だ。
だから、あまり公には出来ない技術なのだ。
だが、
「あたしを誰だと思ってんのよ!」
フィーは無い胸を張って宣言した。
やばい、フラグが立った。
これはどうにかしないと、確実にフィーはこれを成果発表する気だ。
「そうですか? 僕としては、もっといいのがあるんですが、それでも別に構いませんよ。けどまあ……地味ですよね」
「あうっ……」
成果発表は、貴族様に見せるらしい。
それは、どれだけ内容が凄くても地味なら評価は低い。
「……続きをお願いします」
「はい、解かりました。ではマナについて、僕なりの解釈を説明していきますか」
項垂れるフィーを視界の片隅において、僕は講義を続ける。
「まず、水のマナは水蒸気ではなく、気体を想像しています。水を蒸発ではなく、分解した時に生み出される気体ですね。それは解かりますか?」
「……し、知らない」
僕は微量の水のマナーー酸素と水素を集めて、さらに火のマナも集める。
「さて、今右手に少しばかり水のマナを集めています。ただ、一切魔力を放出していないので、感知できないでしょう。しかし、左手に集めた火のマナは感知できますよね?」
「え、ええ……。右手と左手で二つのマナを扱うなんて……。あんたってかなり器用なのね」
生憎と技しか取り得が無いもので、と僕は揶揄して火の魔術を発動。
「さて、フィー。右手に少しの水のマナ、左手に火の魔術を発動できますか? 魔力制御は要りませんが、出来るだけ水のマナは集めるだけにしてください」
「……わかんないけど、やってみるわ」
フィーはキッと目を開き、両手を見つめる。
一瞬で左手に炎が出来上がり……対して右手には、微かに水のマナがあることが感知できた。やはり、魔力制御は無理だったようだ。というか、魔力制御されるとマナが集まっているか他人には確かめ様がないから困る。
「では、右手と左手、火の魔術と水のマナを合わせてください」
「へっ!? そんなことしたら、火が弱くなっちゃうわよ?」
「まあ、やってみてください」
「……水と火の相性が悪いのは常識よ」
訝しむ表情を浮かべるフィーだが、素直に左手に右手を近づけ、ジュッと音を立て火が微かに弱まった。
「水蒸気をイメージしていると、そうなるでしょうね。では、僕のを見ていてください」
右手には微かな、それこそ雀の涙にも満たない量の水のマナーー酸素と水素、左手には火。水のマナが大量だと、凄く危険だ。
小学校の理科の実験でやったことがあるのではないだろうか?
「水を構成する気体には、物を燃焼させるものと、燃焼することで炎を上げるものです」
電気分解した水素と酸素の混合物に、マッチを近づける実験。
左手に右手を近づけた瞬間、ボンっと淡青色の炎が燃え上がり、ひやりと手が湿った。
一瞬の爆発で、火の魔術は消滅。
これが僕の秘策。
もし、例の水球レベルで水のマナを集め、それを火の魔術と反応させると、爆発系の魔術の完成だ。魔術に指向性が付けられるため、自分を中心に何十メートルものクレータを生み出すような爆発を生み出しても、中心から外に向かっての爆発であれば無傷でいられるのだ。爆発で吹っ飛んだ瓦礫とかに指向性は付けられないので注意。
「と言う感じで、同じマナでも想像力を働かせれば、魔術の幅が広がるわけです。はっきり言って、魔術の可能性は無限大。フィーの成果を発表してください」
呆然としているフィー。その反応なら何か思いつけば貴族相手でも高評価を得られるかな。
危ないから、水のマナについては教えない。
その後、寝泊りする空間すらない研究所の掃除を僕が開始。
掃除手伝いとして、宿で休んでいた(ヒビキといざこざがあり負傷した)アイリを呼び、掃除の合間を縫ってフィーに野次を飛ばしたり、おちょくったりして時間を過ごした。
「アイリ、良いですか? 風のマナというのはーー」
「……なるほど。理に叶っていますね」
「ううっ……、それをあたしに教えてくれても良いじゃない」
歩ける場所が無い研究所内で、しかたなく、そりゃもう面倒だけどしかたなく、あまり人前で見せるべき技術じゃないんだけどしょうがなく、風のマナを集めて宙を歩く僕――を恨めしそうに睨むフィー。それを眺めながら、黙々と掃除を続けるアイリ。
うん、優秀な部下だ。
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火のマナ。
魔力にのみ反応する可燃性の気体。これを燃焼させることで、火の魔術が発動する。燃料みたいなもの。
風のマナ
結合する真空の箱。これをたくさん集めて大きな真空の箱を作り、その箱を魔力で破壊して風を生み出す。集めると、真空の箱により若干空気が押されて風が起こってしまう。
地のマナ
意思に基づいて変わる未知の元素。炭素でもナトリウム、なんなら金でもいい。常温で気化しない元素。物質とするのに馬鹿みたいに魔力を消費する。また、魔力がなくなると存在を維持できず、消滅する。