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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第二章
25/67

プロローグ2

9/25日、大幅に変更。

 私には許嫁がいる。

 幼い頃に一度しか会った事がないが、カッコいいと言うよりは可愛らしいと言う顔立ちだったのを覚えている。

 気さくで、すごく美味しそうに私の作ったお菓子を食べてくれた。その頃の私が作っていたのは、泥団子だと言うのに。

 そればかりが強く印象に残っている、私の許嫁。

 この人となら、恋は出来なくても一緒に生きるくらいは出来るかな?

 そう、幼い頃に私は思った。

 けど、あれから十年以上経ち、全てが変わった今なら言える。


「やあクロナ! 僕のことを覚えてる?」


 揺れている。

 体中の脂肪が、歩くたびにぷるぷると震える。ふさりとした金髪に、柔和な笑顔を浮かべて、彼は私に話しかけて来た。雪だるまみたいな体躯で。

 ……うん、間違いない。ガイ・ノーランド。ノーランド王国の王子。

 彼が……私の許嫁だ。

 私は、

 

 こんな太った方とは結婚したくありません!


 とは言えず、


「お久しぶりです、王子。お元気でしたか?」


 愛想笑いを浮かべて挨拶をした。

 私は昔から表情を取り繕うのが得意だ。今、内心ではかなり引きつった笑みを浮かべているが、それを表には出していない。

 はずなのに。


「……うん、そうだよね。ごめん」


 と、明らかに落胆する王子。もの凄く申し訳なさそうに俯いた。

 え……、嘘。私の表情は完璧な笑顔のはずなのに。

 どうして……そんな悲しそうな顔をするの?


「王子、どこか具合が悪いのですか?」

「大丈夫。……クロナは優しいね。……こんな僕にも」


 しょぼん、とする王子。

 ぎゃー! バレてる! 絶対にバレてる!?

 私がとんでもない失礼な事を考えたのが、バレちゃってる!

 でも、だって!

 いくら何でも、私より二回りも太ってるんだもの! ちょっと無理です!

 ……でも、分かっているはずだ。


「何をおっしゃいますか。反乱軍に追われる私を受け入れてくれた王子の方が、十分に優しいですよ」


 私は、もはや彼と対等な立場にない。

 民主主義を掲げた軍部の一部が反乱を起こし、城は陥落し、父様と母様は殺された。なんとか私は逃げ延びたが、私を担ぎ上げて再び王政にしようとしている貴族達がおり、反乱軍が私を殺そうと狙っている。

 今は、古くから付き合いのある、信頼出来る貴族の元に身を寄せている状態。だが、いつ反乱軍に襲われても可笑しくない状況だ。

 そんな私を受け入れようとする彼を……、私が拒めるはずがないのだ。

 勿論、断ろうと手紙を何度も送った。だが、彼は一切の躊躇も無く来てしまった。その頃の私は、まだ彼がこんなに太っているとは知らなかったので、それこそ白馬の王子様が現れたような気分で、意気揚々としていた。

 そして現在、少し後悔している。もっと真摯に断れば良かった……と。こちらには、断る材料はいくらでもあったのだから。

 ……はあ。私は最低な女だ。

 助けてくれる王子を、見て呉れだけで否定しようとしているのだから。

 だって、


「ごめんなさい。……助けに来たのがこんな僕でごめんなさい」


 彼は、地に頭を付けて、泣きながら私に謝罪していた。

 ……違う。

 謝るのは……本当は私のはずだ。

 厄介事をそちらの国に持ち込もうとしている、私のはずだ。

 あなたを見て呉だけで否定しようとした、私のはずだ。

 ……だから。

 そんな真剣な表情で、謝らないで。

 

「謝らないでください。私は凄く感謝しています。こんな状態でも、私を迎えに来てくれたんですから」


 他に嫁の当てが居ないのかしら?

 危険を冒してまで、私と結婚しようだなんて。


「ですが、本当に大丈夫なのですか? 私が行く事によって、ノーランド王国に多大な迷惑が……」

「大丈夫です!」


 と、王子は胸を張る。それを聞いて、少し安心——、


「絶縁致しましたので!」


 出来ないわよ!

 何が大丈夫なの!?



ーーーーーーーーーーーーー



「ごめんなさい」


 僕が最初に思った言葉。

 ノーランド王国は、四大国にも数えられない、酪農と漁業しか取り柄のない国だ。そんな弱小国の王子である僕。

 そんな僕が四大国の一国、マクシアのクロナ王女と許嫁。

 前世で、一学生として生を終えた僕には、勿体無い話だった。

 僕はお世辞にもかっこ良くないし、強くもない。国も貧乏だし、国土の大半が一年中雪に覆われている。

 何か訳ありなんだろう、そう考えていたのだが、出会った瞬間、それは間違いだと僕は気付いた。

 柔らかな緑色の髪に、じっと僕を見つめる翡翠のような双眸。ふわふわのドレスに身を包んだ、可愛い女の子。

 僕は思った。


 どんな理由があろうとも……彼女は僕よりも良い男に選ばれるべきだろ、と。


 彼女は神様に選ばれたような子だ、絶対に幸せになるべきだ、僕何かと結婚すべきではないと僕は思った。

 僕は身の程を弁えている。

 僕では、彼女を幸せにする事は出来ない——そう思った。幸せにします、だから娘さんを僕に下さい、なんて言える訳がない。

 僕には彼女を守るだけの力がない。略奪や皆殺しなどが珍しくもない世の中、力が全ての世界。それなのに、このご時世で彼女を幸せになど出来るものか。

 彼女も、僕よりも素敵な人を見つけるに違いない。いつか僕はこの婚約を破棄されるだろう。僕は変な虫を寄せ付けないための口実に過ぎないだろう。

 よし、ならば僕は、精一杯その役を演じようではないか。

 この子を守る——それが僕の役目だ。

 僕に出来る事なんて限られているが、それでも本気を出せばどうにかなるだろう。いつか彼女が恋をして幸せになるまで、僕は彼女を守ろう。



 そして僕は、ぶくぶくに太った。



ーーーーーーーーーーーーー



「はぁ……はぁ……」

「クロナ、頑張って。もう少しで森に着く。そうしたら、少し休もう」

「は、はい……」


 夜の帳が下りようとしていた。私達は反乱軍に追われ、道無き道を走っている。

 王子が来てすぐだ。反乱軍が私の居場所を突き止めたのは。

 王子が付けられたのかと私は思ったが、どうやら屋敷の内部に情報を漏らした人物が居たようだ。王子は馬車ではなく、船と徒歩でここまで来たと言う。目立つのはその体格くらいだが、彼がここまで肥えた事は一族の秘密らしく、知っている者はいないと言う。事実、私も会うまで知らなかった。

 知っていれば、私は否が応でも彼を拒んだのに……。歩くたびに揺れ動く、そのぽっちゃりとしたその体格は、私の好みではない。

 ……はあ、私はやっぱり最低だ。

 彼を拒むのは、自分が彼と結婚したくないからなのだから。彼がこの事件に巻き込まれない事を望んで、拒もうとは思わないのだ。


「クロナ、大丈夫? 僕がおぶろうか?」

「えっ!? いえ、大丈夫。あと少しなんでしょ?」


 溜息が漏れた? おかしいな、私は体面を取り繕うのは得意なはずなのに。

 その暑苦しい身体に触れたくない、という一心で私は疲れ切った足を動かす。

 そういえば、彼は随分と体力がある。

 彼は私が何人も入りそうな大きな背嚢を背負っていて、私の荷物もそれに入れさせてもらっているのだ。

 無駄に太っている訳じゃないのね……。

 



 なんとか森の中まで無事に逃げられ、私達は休憩する事にした。

 あまりのんびりとはしていられないが、休憩無しでこの森を抜けるのは難しいようだ。


「はい、これ食べなよ」

「ありがとう……あっ」


 王子が背負っていた大きな背嚢から、水筒と紙に包まれた小石程度の物をくれる。包みの中身は……バター飴だ。

 ノーランド産の乳製品は世界で一番良質。王子と許嫁になって良かった事は、ノーランドから格安でそれと取引出来た事だ。バター飴も本来なら金貨程度の価値があるのに、毎月送られて来ていた。

 バター飴を口に含むと、口の中に広がる甘みに思わず頬が緩んだ。

 そんな私を見て、王子が頬を緩ませていた。


「……な、なんですか?」

「あっ、ごめん。何でもないよ」


 そう言って目をそらす王子は、少し嬉しそうだった。


「……あの、どうして来てくれたんですか?」

「来ちゃダメだった?」

「そうじゃないけど……」


 来なければ私は死んでいた。けれど、どうにも素直に喜べなかった。

 と、茂みが揺れ動くような音が聞こえた。


「行こう」

「……はい」


 私達はすぐにその場を離れた。

 差し出された彼の手を——私は掴まなかった。

 

 だんだんと足音が接近して来ていた。

 それに伴って、私達の歩みも速くなる。

 けど、私の足は限界に近かった。


「きゃっ!?」

「クロナ!」


 足がもつれて、転びそうになる。

 と、それを支えてくれる彼の手。

 その手は、温かかった。


「居たぞ!」

「「!?」」

 

 はっと声のした方向に顔を向けると、反乱軍のマークがある鎧を着た男が居た。

 王子は一瞬で背嚢を男にぶつけ、私の手を取って走り出した。


「ご、ごめんなさい。私が声を上げたから……」

「良いから! 走って!」


 私達は森の中をがむしゃらに走る。

 彼の巨体とは思えぬ俊敏な動きに、私は着いて行くのがやっとだった。


「きゃっ!」


 と、不意に彼の動きが止まって、必死で追っていた私は彼の背にぶつかった。

 柔らかい……。


「どうし——」 

「ここまでです、姫様」


 私が彼の背中から前を覗くと、十数人の追っ手が、私達を囲んでいた。

 男達は皆そろってにやついた笑みを浮かべ、こちらを見ていた。

 王子が私を庇うように立ってくれているけど、その背は震えている。


「手間かけさせやがって、この野郎」


 荒々しい歩みで一人の男がこちらに寄って来て、突如王子を蹴り飛ばした。


「ぐあっ!」


 蹴り飛ばされ、地面を転がる王子。

 私は、恐怖で動けなかった。鞘から剣を引き抜く男。

 ぎらりと、鋭い刃が光っていた。


「さあ姫様、ご家族の元へ旅立ってください」

 振り下ろされる剣。間近に迫る刃が、どうしようもなく怖かった。

 視界の隅で、王子が起き上がりこちらに来ようとするのが見える。

 けど、間に合いそうもない。

 だけど。私は駆け込んでくる王子に向かって手を伸ばす。最後の希望を掴むように。

 そして私は、再会して初めて彼の名を口に出して叫んだ。


「ガイィィィィ!!」


 ふっと、彼が笑みを浮かべたような気がした。

 瞬間、ガイの身体が消えた。

 気付けば、私の身体が宙に浮いていた。暖かなぬくもりと柔らかな感触に包まれて。

 それは、まるで魔法のようで。

 私を抱えるのは……。


「クロナに手を出すな。……殺すぞ」


 ガイがキッと男達を睨みつけていた。

 その気迫に一瞬気圧される男達。私も、少しだけ震えてしまった。


「ごめんねクロナ、怖い思いさせちゃって」

 

 そんな私に気付いて、ガイは優しく微笑み、私を下ろした。

 だから……怖い思いをさせちゃったのは私でしょ?

 私に関わらなきゃ、ガイはこんな怖い目に遭わなかったのよ?

 手が震えてるし、すごい汗。強がっているのはバレバレ。


「餓鬼が調子に乗ってんじゃねーぞ! 怪しい術使いやがって!」


 と、先ほどの男が剣を振り上げこちらに向かって来る。

 素早い動作で剣を振り上げ、そして——。


 男は横に派手に吹っ飛ばされ、激しく木に激突した。


 男が先ほどまで立っていた位置には、ガイが蹴りをしたような姿で立っていた。

 それはまるで、瞬間移動でもしたかのよう。

 ガイは足を下ろし、静かな声で残りの男達を睨む。


「クロナに手を出すな。容赦はしないぞ?」


 どうしてか、私には彼が本当の王子様に思えてしまった。

 今は王子様じゃないのに。



ーーーーーーーーーーーーー



「大丈夫。君ならやれる」


 師匠は、僕にそう言って旅立って行った。


 僕には、クロナを守れるような力はなかった。

 クロナが亡命して来て、匿って幸せに出来るだけの国力はない。

 クロナが悪漢に襲われて、助け出せる強さもない。

 だから僕は、クロナとの結婚を最初からダメだと思っていた。

 それでも、僕は力が欲しかった。彼女を守るための。

 でも、父親は剣を教えてくれない。格闘技ならなんとか習ったが、それも齧った程度だ。こんなんじゃとてもクロナを守れはしない。

 だから僕は、魔術を習った。


 魔術師だが魔術師じゃない——魔法使いの弟子になった。


「こ、こいつ! 魔法使いか!?」


 男が僕の魔術を見て、そう叫んだ。

 僕の身体は一瞬で何十メートルと移動する。男達の剣が貫くのは、僕の残像だ。

 確かに、こうまで圧倒的な力だ。魔法に見えるかもしれないな。だけど。


「魔法使い? ……だったら良かったのにな」


 魔法使い。皆は彼らを嫌うが、僕は彼らに憧れている。

 魔法は、奇跡そのものだ。どんな逆境いようと、それを一瞬で覆せる力。僕は……そんな力が欲しかった。

 手に入らなかったから、僕は太ったのだ。

 魔法は条件さえ満たせば、それ以外に支払う物は何もない。

 だが、魔術は違う。


「構う事はない! 姫様さえ死ねば問題は——ぐはっ!!」


 クロナを殺す、そんな意味の言葉を叫ぼうとした男を、僕は軽々と蹴り飛ばした。身体の節々に痛みが生じるが、そんな副作用は些細なもの。


「……なんだアイツ。気持ち悪い」

 

 と、男の一人が呟いた。

 僕は苦笑いせざるを得ない。


「はぁ……はぁ……」


 身体から溢れ出す異常な湯気。だらだらと滴り落ちる大量の汗。

 醜態だ。例え一国の王子で無くても、こんな醜態は衆目に曝したくはない。

 だからこそ、僕以外にこんな魔術を使う奴はいないはずだ。


 魔術は、エネルギーを効率よく使用する技術だと、僕は教わった。

 魔力は、魂が生み出すエネルギーと言われている。それはマナと反応して、元のエネルギー量を超えるのだと。

 少ないエネルギーを莫大なエネルギーに変える、それが一般的な魔術だ。

 僕は魔力を少ししか持っていない。いや、ほとんどないと言っても良い。だから、僕は魔術師になることも無理だと言われた。マナと反応させるだけの魔力を放出出来ないのだと。


 だが、僕は諦めなかった。

 魂が生み出していないエネルギーの元でも、魔術の考え方は使えるのではないのか? マナと反応しない、ただのエネルギーを効率よく使用する事も、魔術の考え方を使えば出来るのではないか?


 脂肪をたくさん付けておいて、そのエネルギーを効率よく使用すれば、僕でも人間離れした力を使えるのではないか?


 それが、僕の魔術。

 脂肪をそのままエネルギーに変換する魔術。

 太らなければならない、しかし肉体が強靭でもなければ耐えられない魔術。使用時には、(おびただ)しい量の汗をかき、匂いも尋常じゃない。

 世界で最も醜い魔術だと、僕は自負している。


 だが、僕は構わない。僕が嫌われようと、彼女が幸せになるのならば問題ない。関係ないと言っても良い。事実、関係ないだろう。

 僕には、これしかなかった。彼女を守るための絶対的な力が、これしか思いつかなかったのだ。


「はぁああああっ!!」


 脂肪を運動エネルギーに、その速度と体重を拳に乗せ、重たい一撃を男達に喰らわせる。

 僕の脂肪がどの程度持つか分からないが、長期戦は不利だ。爆発的な移動で、足腰にがたが来ている。既に風船みたいな体格から、若干しぼんでしまった。

 大半の男達は僕の醜悪な姿に恐れ戦き、距離を取っている。だが、僕らを囲むと言うそれだけは忘れていない。

 と、一人の甲冑を着た男が前に出てくる。


「狼狽えるな! 奴は丸腰、しょせん素手だ。恐るるにたら——ぎゃっ!?」


 僕は一瞬で男に近づくと、脂肪を運動エネルギーではなく電気エネルギーに変換して、甲冑に触れた。びかりと甲冑が青い火花を発し、じゅっと臓物が焦げる匂いが鼻についた。

 素手? そんなの関係ない。

 今、僕の身体は生きる魔術だ。熱も電気も音も、エネルギーが起こす事象であれば、この身体で具現化出来る。

 だが、僕がやるべきなのは、クロナを逃がす事だ。あいつ等を倒す事じゃない。

 思わぬ伏兵に狼狽する男達。

 と、自分から攻撃に移らない僕を見て、リーダー格の男が命令した。


「落ち着け。盾持ちで包囲しろ。奴の弱点が分かった」 


 まずい。

 盾を貫こうと、肉を切れなければ相手を無力化出来ない。

 残った脂肪を運動エネルギーにして、クロナを抱えて逃げるか? 僕の移動速度ならば、すぐにでもこの場を離脱出来る。

 僕はコイツ等を皆殺しにしたいわけじゃない。

 ……そうしよう。

 僕が足に力を込め、移動しようとした瞬間。


 不意に、身体の動きが止まった。


「が、ガイ……」


 クロナの驚いたような声に、僕は自分の異変に気付いた。

 副作用の湯気が消え、身体が痩せてしまっていた。雪だるまみたいな身体から、一般的な体躯にだ。

 早い。予想以上に脂肪の消費が早過ぎる。

 筋肉が残っており、ガリガリとまでは行かないが、明らかに変異した僕の身体を見て、リーダー格の男が感嘆の声を漏らした。


「貴殿は素晴らしい男だ。彼女を守るため、そのような醜悪な肉体であったのか……、ガイ殿」

「えっ……」


 クロナが、驚いたような顔で僕を見つめた。

 おかしいな、一体なんでバレたかな。

 って、そうか。今の僕は絶縁されたとはいえ、ノーランド王国の王子様の身体に戻ったんだもんな。太る前の僕は、ちゃんと人前に出ていたから知っているのだろう。


「そうだよ。だれが好き好んでこんな体形を維持すると思ってる? 分かってるなら、助けてよ。僕は太ることでしか、力を得られなかったんだ。クロナを守るには……」

「それは無理な相談であろう」


 諦めるな。考えろ。

 僕は、何としてでもクロナを助けるんだ。

 僕は残った少ない脂肪を運動エネルギーに変換し、


「——ぎゃっ!!」


 盾に激突した。ぐわんと、鉄が響く。

 まずい、バレたか。


「その動き、かなり速いが直線的にしか出来ないな?」


 そうなのだ。

 僕に出来るのは、速さの爆発的増加。移動中に方向性は変えられない。移動中にもう一度魔術を発動させる事が出来れば話は別だが、僕はそんな思考の加速なんか出来やしないのだ。

 ぐらぐらする頭でも、リーダー格の男がクロナに近寄って行くのが分かった。

 クロナは足がすくんでいるようで、動けないのも見えた。

 でも僕は、動けない。

 既に痛みで体中の感覚は無くなっている。体脂肪率二十七パーセントの身体に、大した筋肉なんて付いていない。身体を動かすのも魔術を使っていたガタが来た。


「が、ガイ……」


 僕の耳に確かに届く、クロナの震えた声。

 その恐怖に染まった声を、僕は聞きたくなかった。

 クロナには、幸せになってほしかった。

 頭が痛い、体中が痛い。脂肪もない。


 希望も無いんですか?


「クロナァアアアア!!」

「ガイィィィィィィ!!」


 足りなかった。

 あれだけ太ったのに、まだ足りなかった。

 やっぱり、僕では無理だったのか? 身の程知らずだったのか?


 伸ばした手は、クロナには届かなかった。 


「安心しろ。君もすぐ姫様の元へ連れて行ってやる」


 男が剣を振り下ろした。

 ぞぷり、と。

 深々と肉に突き刺さる音が僕の耳に届く。





 けど、血は一滴も落ちなかった。



 



「さすがは私の弟子、上出来ですよ。後は私に任せなさい」







 凛とした声が、その場に響いた。

 それは、聞き覚えのある声だった。


「えっ……?」


 彼は、少しの間だけ僕の師匠だった人。

 銀縁眼鏡に、詐欺師のような人の良さそうな笑顔。

 一人のおっさんが、クロナを庇って剣で刺されていた。


「貴様……何者だ!」


 リーダー格の男の問いに答えは無く、代わりにゆらりと、どこまでも赤い炎が視界を埋め尽くした。

 男は慌てて一歩引くが、それに意味はない。


「ぐうっ!? が、あ、あぁ——」 


 剣が発火し、その形状を一瞬にして失った。その炎が男をも飲み込み、炎の塊が生じる。

 そして、消し炭も残さず、文字通り跡形も無く消滅した。

 

「酷いですね……、彼女が何か殺されるような事をしましたか? 理不尽ですね……、ああ、憎たらしい」 


 おっさんの独り言が、酷く不気味に辺りに響いた。


「う、うわぁあああああ!!」


 追っ手の中の一人が、そう声を上げて走り出した。

 それが引き金となって、追っ手は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

 だが、


「逃がしませんよ? まさかあなた達、自分たちが今までやって来た事が、許されるとお思いなんですか? 民主主義が何ですか? 人を殺せる大義名分だと思ってるんですか?」


 逃げる男達が、おっさんの睨みを受けた瞬間炎上して行く。

 圧倒的。

 全てをぶち壊すような力。

 

 ——魔法。 


「何者? そんなの決まってるじゃないですか」


 人が炎の塊へ、炎の塊が無へと変わって行く、地獄とも形容し難い光景が広がっていた。だが、それは僕らを助けるため。

 だって、おっさん、レイは——。


「ガイっ!!」

「く、クロナ!?」


 クロナが僕に抱きついて来た。

 宝石のような瞳に目一杯涙を溜め、ぷるぷると震える腕で僕をしっかりと抱きしめてくる。


「く、クロ、ナ……? どう、したの? ……あっ、僕ちょっと臭いから、離れた方が——んっ」


 身体中のエネルギーをフル動員していた僕は、満足に口も動かせなかった。そんな僕の頑張りを、クロナは最後まで言わせてくれなかった。


 僕の唇に、クロナの唇が押し当てられた。

 

 名残惜しむように静かに離れて行く、クロナの柔らかな唇が動いた。


「 ……ありがとう」


 そして、彼女は僕に——十何年かぶりに、心からの笑顔を見せてくれた。

 僕は、急に身体から力が抜けて——ぶっ倒れた。


「……君には、もっと、相応しい男がいるよ。だから……、僕なんかと、キスしちゃ、ダメ……だ」


 そんな僕の譫言(うわごと)という名の本音に、クロナは言葉を返した。

 その声は、震えていた。


「私じゃなきゃ嫌なんです。……あなたと一緒に居るのが」


 そっか……、と僕は笑みを浮かべたかったけど、もう体中の細胞が悲鳴を上げていて、それどころじゃなかった。

 そんな僕らを見て、レイは笑みを浮かべて言った。


「私は——愛と情熱の戦士ですよ」


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