エピローグ
僕はやっぱり魔王だ。
黒いドラゴンへの変身は、三つの属性の魔法で出来上がっている。
『嫉妬』でドラゴンの肉体となり、『傲慢』で熱線を放ち、『暴食』で魔力を喰らう。『嫉妬』でドラゴンに変わっただけでは、普通のドラゴンに見合った力しか出せない。間違っても、あの龍よりは低スペックになる。そこで『傲慢』な力、高威力な熱線を使えるようにした。更に『暴食』で相手の攻撃を吸収である。
本来なら一つの属性しか使えない魔法を、七つ全て使える僕に死角はなかった。
おまけに、複写魔法で大概の魔法はものにしているし。
改めて、僕は化け物だな、と思ったよ。
夜、一人で宿屋に籠っている時、そんな事を思った。
あの後の事だ。
「アイリと……そこにいるのはアオイ!?」
「アオイ! 無事だったの!?」
僕は二人を小屋に案内し、たまたま偶然見つけた小屋でアオイを見つけた事を話した。いや、嘘なんだけどさ。
そして、アイリに保護させて、僕は皇居に向かっている途中にリース嬢に会ったのだと。その後、フィーを助けに向かって忘れてしまっていた申し訳ない、と。
おまけに助けに行ったフィーを置き去りにして逃げ出した事になっているのだから、僕の評価は滝の如く落ちた。
アオイに説明されて、ご立腹ながらもフィー達は納得した。そして、誘拐犯は誰だったのか? と首を傾げつつ、意味ありげに僕を見ていたような、見ていなかったような。
ちなみに納得したと言っても、慰謝料を大量にせしめて、なんとか納得したと言って良い。友達の親、引いては国からお金を奪う事に躊躇はなかった。そこに僕は甚く感服した。けじめって奴だ。
そして、もらったお金で早速大量の買い物に。国の内部でお金を回すようにちゃっかりと仕向けているアオイ。
僕? 勿論、荷物持ちに連れ回されましたよ。
いやはや、どこの国の女性も買い物はお好きなようで、久々に『Gランクの天才』として活躍させてもらいました。鞄にしまっただけだが。
フィーとリース嬢から怪しむような視線を受けたのは……、恐らくあれが原因だ。『強欲』の交換魔法。まあ、これは僕が作った物じゃないの一点張りで押し通したが。あれ? 墓穴掘りまくりじゃない?
そんな女性陣は今、アオイの部屋でパジャマパーティー(?)をしている。お泊まり会と言う奴だ。明日にはこの国を発つので、最後のおしゃべりなのだ。
僕と同じ部屋にアイリが泊まっていると何者かがリークしたようで、僕は虐げられ、アイリはパジャマパーティーに参加する事が決まった。
で、女性陣が恋バナとか、枕投げでもしているであろうこの時間、僕が何をしているのかと言うと……。
覗き……じゃなくて、裁縫だ。
いや、本当仮想人格βには驚かされるよ。何年も使って来たと言うのに、未だ僕の予想外の事をしでかそうとする。お前、彼女達の覗きをしてバレてみろよ。明日には海のもずくだぞ。藻くずじゃなくて、見せられないよ! で隠されて海に黒い繊維となって浮かんでるぞ。
いや、本当もう懲りたよ。アイリと同じ部屋というのがバレて。アイリが弁護しないのも悪いが、フィーとリース嬢は僕の事を悪魔だの女性の敵だの散々罵倒してくれたもの。
で、今やっているのは御機嫌取りの人形作りだ。
勿論、それだけじゃない。キーホルダー程度の大きさで、内部に最高傑作の魔石を入れてお守りにしてみた。
にゃんこの人形だ。僕はネコが好きである。
朝日が昇る頃、僕は散歩をしていた。徹夜だった。
いや、この時間から寝ると起きるのは明日の朝になりそうだから。
と、リース嬢が海を眺めているのを見つけた。
「お早いですね」
「……レイさんこそ、こんな朝早くどうしたんですか?」
僕がそう声をかけると、リース嬢は微笑を浮かべた。
「散歩です。人ごみが嫌いなんですよ。時たま喧騒が溢れる夜と違って、朝はいつも静かですからね。僕はよく早起きするんですよ」
今回は早起きじゃないんだけどね。
夜も好きだが、散歩をするなら早朝が一番良い。
夜に散歩していたら不審者扱いされたとか、そんな経験はないよ。
「……隣、来ませんか?」
不意にリース嬢はそう言った。リース嬢は防波堤に身体を預けて、朝日が昇るのを眺めていた。綺麗な金髪が輝いていて、もの凄く絵になる。
「僕なんかで良ければ」
僕はそう言って、リース嬢の横に行く。
これで、誰も絵にしたがらない構図の完成だ。
近づき過ぎず、遠過ぎもしない距離を取る。
「…………」
「…………」
微妙な距離感を保ちながら、僕らは無言で朝日が昇るのを眺めた。
気まずい、というよりも、朝日の美しさに感動している、と言ってくれ。
「……私、レイさんのこと誤解していました」
「はい?」
唐突に、リース嬢は語り出した。
恥ずかしいのか、僕の方を見ずに俯きながら。
「アオイから聞きました。レイさん、見かけに寄らずロマンチストなんですね?」
「ちょっと待ってください。……何を聞きました?」
「くすっ、教えてほしいですか?」
焦る僕をくすくすと笑うリース嬢。そして、小悪魔チックに微笑み、その薄桃色の唇に人差し指を添える。
……反則だ。
「……いえ、聞きませんよ。…………しかし、なんと言うか、恥ずかしいですね」
やばいよ。
僕がアオイに話した内容って、結構赤裸々な内容なんだよ。特に、僕の前世での話が……。あの頃の話はあまりしたくないんだよな……。
「私は……見直しましたよ? レイさんの事」
「見直した? はははっ、冗談でしょう」
焦る僕に調子に乗って顔を近づけて来るリース嬢。
だが残念だな。僕は仮想人格βという逃げ道を持っているんだ。
僕は近寄ってくるリース嬢の頬に手を添えて、微笑んだ。
「惚れ直した、の間違いじゃないですか?」
間違えた。
逃げ道じゃなくて、茨の道だ。
顔を真っ赤にしていたのは、僕とリース嬢、一体どちらだったのか。
「リース嬢、顔が赤いですよ?」
「こ、これは、朝日のせいです!」
……夕日じゃないんだから、その言い訳は苦しいよ。
リース嬢と別れて宿屋に戻ると、宿屋の横にある狭い路地で、フィーが挙動不振な行為をしていた。宿屋の一室を見上げて、首をブンブン振ったかと思えば、ちらりとまたその部屋を見る。それを繰り返していた。
何やってんだ、あの魔術師。新たな魔術の開発?
その冗談はさておいて、しかし別の冗談を吹っかける。
「怪しい奴だ。何をしている!」
「ひゃっ! ち、違うの! これは、その、ちょっと待ち合わせをしていて! そ、その、べ、別に怪しくなんかーーって、おっさん!?」
珍しく渋い声を出したので、僕だとバレなかったようだ。
目をパチクリさせるフィーを、にやにやと眺める僕。
正体が分かって、からかわれたのも分かったのか、プクリとほおを膨らませるフィー。
「……何よ、言ってくれれば良かったのに」
「おや、待ち合わせとは、僕の事だったんですか? おかしいですね…… 、僕にはそんな記憶はないのですが」
「……あっ」
まるでロミオのようだったよ、と言っても伝わらないよな。
思い返すと恥ずかしくなったのか、頬を赤らめ俯くフィー。
さて、からかうのもここら辺にしておこう。
「……いえ、そう言えば最近、僕は物忘れが酷くなっていましたね。フィー、遅れてすいません」
「——!! わ、分かれば良いのよ! 分かれば!」
僕が頭を下げると、途端に元気になるフィー。先ほどまで、借りて来たネコの様だったのに。首根っこを掴んで持ち歩けそうだった。
「それでフィー、どういった用件ですか?」
「あー、えっと、……そうね。長くなるから、食事と一緒にどう?」
また僕に料理を作れと言うのかね? そいつはお断りだ。
君、僕の目の下の隈が見えないのかい?
「宿屋の食堂で良ければ」
「……うう、まあ、仕方ないわ」
可哀想に、宿屋のおかみさん。仕方ない呼ばわりだよ。
僕としては、おふくろの味って感じで好きなんだけどな。
それならばと宿屋に入ろうと踵を返しーー、僕の袖を掴むフィー。またですか? 何ですか? 引き止められるのはちょっと嬉しいんだけど、転びそうなんだけど。
「……その前にさ、ちょっとしゃがんで」
「はい? 何ですか、唐突に」
「い・い・か・ら、しゃがんで」
言葉に合わせて指を上下に振り、腰に手を当てて有無を言わせぬ態度のフィー。
僕は首を傾げつつも、素直にしゃがんだ。
フィーが僕の頭を撫でた。
「……フィー、さん?」
「…………なんか違うわね」
しばらく撫でた後、ぱっと手を離すフィー。
……あー、もしかしてドラゴンになっていた時の僕と対比?
いやいや、正体はバレてないはず。……多分。絶対とは言い切れないが。
フィーはしゃがんで惚ける僕を追い越して、くるりと一回転、含み笑いを浮かべた。
「ほら、あんたの奢りでしょ! 早く!」
やれやれ、今日はとんだ厄日だよ。
よっこいしょと、おっさんのように言って、僕は腰を上げた。
フィーとの食事と会談を(侵入者が見せた魔術の原理を説明してほしいという内容だったが、見てないから分かりません、で)済ませた。その後、荷物を取りにフィーが皇居に行き、僕は宿を引き払って港に向かいながら街をぶらついていた。
と、アイリが若い男達に絡まれているのを発見。相手は黒髪のせいか、ちゃらいという印象は受けないが、やっている事は同じだった。
やれやれ、僕の可愛い秘書をナンパしないでほしいな。
「待たせてごめん。すいません、彼女は僕の連れなんです」
僕は胡散臭いおっさんの笑顔を見せて、アイリの肩に手を置く。
おっと、嫌かな? アイリ、僕がおっさんの姿をしている時は避けるから。
気付いてない振りをしていたけど、この国に来てからは顕著で、さすがに僕も理解したよ。だから、嫌そうな顔でもするかな。
が。
「そうです。私にはこの人がいますから」
と、アイリが僕の腕にしがみついて来た。ぎゅっと。そして、胸をこすりつけるようにすり寄ってくる。
あれぇ〜? なんか……違う。
ちっそういう趣味かよ、と男達は侮蔑の表情を向けて僕らから離れて行った。どういう趣味だよ。僕が聞きたいよ。
僕は抱きついて来たアイリをまじまじと見て、
「あ、アイリ? 本当にアイリ?」
「……私はアイリですが、何か?」
疑いの眼差しを向けるしかなかった。
えっとさ、君は僕がおっさんの姿の時はこういうことしなかったよね。多分、君が依存しているのは僕であって、レイではないから。
あれぇ? 女性陣に心変わりが訪れたのか?
女心と秋の空、って奴か。いや、別に悪くはないんだけど。
……むしろ良いんだけど。
いや、やっぱり僕の平穏が侵されるから、良くないかな。
ぎゅっと僕の腕を抱きしめるアイリ。
「あ、えっと……何?」
「……港に行くまでに、離れちゃうと困りますから」
その割にはさ、何で一人でここにいたんだか。絶対方向音痴ではないよな。アオイを誘拐したときも、ちゃんと小屋に戻れたし。
「……ダメですか」
けど、そんな事実には目をつむって、仕方がないな、と僕の声で呟いた。
港に着くと、アオイが待っていた。護衛にクロガネさんが付いている。
そんな僕にも秘書、アイリが……今は控えている。港が見えるようになる曲がり角で、やっとアイリは僕の腕を放してくれた。
「もう……帰られてしまうんですね?」
「うん……じゃなくて、ええ」
丁度リース達もこちらに来てしまったので、僕は慌てて声を変えた。
いや、もう正体をバラすにもバラせ無くなりつつある気がする。ちょっとやりすぎたよな……。薄々感づかれているかもしれないけど。
「そうですか……。もう少し、お話ししたかったです」
「僕も残念ですよ。今度会う時は、じっくり話しましょう」
そう言って笑う僕。
と、アオイにキスされた。
唇を離し、妖艶な笑みを浮かべてアオイは笑う。
「次に会うときは、素敵な言葉を私に下さいね」
そう言って、意味ありげにアイリを一瞥するアオイ。それを真剣な表情で受け止めるアイリ。
諸悪の根源はアオイだな。
しかし……気恥ずかしいな。国一番の巫女様にキスされるとか。それをリース嬢やフィーに見られているとか。
お返しと言わんばかりに、僕はアオイの耳元に口を近づけて、僕の声でこう言った。
「今度は僕のハートを盗みにおいで。それで相子だ」
ぽっと顔を赤くするアオイ。可愛いな。
そして、僕は最後になってしまったが、プレゼントを渡す。
「どうぞ。僕の代わりだと思ってください」
そう言って、徹夜で作った、にゃんこの人形を渡す。
アイリ達にはもう渡してあるので、最後になってしまったが、一番渡しておきたかったのはアオイだ。しばらく、会えそうにないからその保険に。
「僕が君を守れそうにないからさ」
「やっぱり、優しいんですね。マモルは」
微笑みながら、アオイは僕の名前を呼んだ。
優しい、ねえ。どうかな?
でも僕は、『大事な人を守る』魔王になるつもりだから。
父さん達にもらった名前は、大切にして行くよ。
ここから先はあとがきです。本編とは関係のない話や、裏話が長々と続きます。
興味のない方、そういう内容が嫌いな方は、どうぞ読み飛ばすなり、ブラウザのバックボタンを押して下さい。
これにて、第一章、『純情な生け贄と黒のマモノ』は終了——ではなく、あと一話だけ付け足しがあります。
区切りが良くなかったので、次話とさせていただきました。
さて、実はこの章、更新を始めたその日から、ストックがありませんでした。よくもまあ、毎日更新出来たなぁと思っています。
ひとえに、皆様の評価や感想があったこと、それをランキングとしてみれた事が大きいと思います。
誤字脱字の多いこの作品を読んでくださり、ありがとうございます。
そんな裏話がありこの章の内容も、当初の予定から二転三転としていたりします。そのため、要所要所、変な部分があったり、説明不足になっていたりします。あまり突っ込まず、しかし疑問に思った時には感想を頂ければ、何か返事は返せると思いますので、お気軽にどうぞ。
さて、次章の事ですが……決まってません。
こうしたい、という展開はあるのですが、それを一つの章に出来ていません。
そのため、少し時間が空くかもしれません。ドライアイになりつつあるのもあって、執筆時間が削られてますし……。
ただ、主人公とは別の所での物語は完全に執筆出来ますので、要望があればそちらを書いていこうかと考えております。
以下、その簡単な概要。
『魔王が世界征服に動き出し、魔物の活動が活発なった。
魔王のドラゴンに連れ去られる姫を見た事がある少年は、魔王を倒し、その少女を助け出そうと決意する。
そんな彼を支援した帝国。彼は力をもらい帝都から魔王討伐の旅に出てーー最初の魔物、魔王に殺された』
という感じの話です。
話の内容じゃないですね……。
とりあえず、いつかは間章として書く予定ですので、その告知でした。
最後になりますが、感想・指摘など、ありがとうございました。
そのために更新しているようなものなので、本当にありがたいです。
これからもよろしくお願いします。