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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一章
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純情な生け贄と黒のマモノ 10

「目を瞑っていてください」

「え?」

「フィー、良いですか? 絶対に目を開けてはいけませんよ?」


 そう言って、おっさんが離れて行った。馬鹿じゃないの、こんな状況で目を閉じてろって、あたしに死ねって言ってるの!?

 けど、あたしは目を閉じた。きっと、見てはいけない何かがあるのだろう。見てしまえば、もう戻れないような何かが。

 何となく、おっさんが微笑んだような気がした。

 何が起こっているのか解らないが、不意に地面が揺れた。何か大きな気配を感じる。これはまるでーー、

 大きな魔物が歩くような振動——っ!!


「レイっ!」


 レイがやられた、そんな気がして思わず、目を開けてしまった。

 目を開ければ、そこには——レイはいなかった。


「えっ……」


 絶望感があたしの心を埋めて行った。



 何せ代わりに目の前いたのは、一匹の黒いドラゴンだった。 



 艶やかな黒い毛が全身を覆う、建物程の大きさのドラゴン。谷にいる龍と比べれば小さいけど、それに勝るとも劣らない威圧感を持っている。

 ——って、増えてる! 冗談じゃないわよ! 

 もしかして……レイ。

 数が増えたから、あたしを生け贄にして逃げた?

 それ酷いじゃない! ちょっとカッコいいと思ったのに……。


「……きゃっ!」


 不意に、ドラゴンがこちらを睨んだ。黒い大きな瞳が、あたしをじっと見つめる。

 その瞬間、あたしは飲み込まれた。

 ドラゴンの口にーーじゃなくて、その雰囲気に。どことなく感じる不思議な心地よさ。きっとそれは——安心感、だと思う。

 どうしてかは分からないけど、こいつはきっとあたしを助けてくれる。

 何故か、そう思った。



 ドラゴンが雄叫びを上げ、翼を広げる。一度、羽ばたいたように見えた。次の瞬間には、突風が舞い上がりドラゴンは視界から消えている。

 空だ。いつの間にか夜が明けていて、青空が広がっている。そこにぽつんと小さな黒い点が見えた。黒い点ーードラゴンはそこに滞空し、次の瞬間、何か白い光が龍に向かって放たれた。

 バシュン! と熱線でも浴びたような音が聞こえ、龍が呻き、その全身を露にした。


「うわっ……」


 大きいと言うよりも、とてつもなく長い。自分の身体で絡まりそうな位長い。あのドラゴンと比べるとすごく……気持ち悪い。

 龍はするすると宙を登り、ドラゴンと対峙する。

 二匹が雄叫びを上げ、そしてーー。

 龍が爆発するように、たくさんの光を放った。

 否、あれはドラゴンの攻撃を一瞬のうちに大量に浴びたのだ。苦しそうに呻く龍の声があたしの耳まで届いてくる。ドラゴンは空を縦横無尽に飛び回り、一点に留まらず攻撃を続けている。

 あたしのドラゴンは圧倒的じゃない!

 へ? あたしのじゃないって? 何でも良いでしょ。

 と、龍もただやられているだけじゃなかった。胴体に比べれば短い手でドラゴンを鷲掴みにしようと身体をくねらせーー、掴めない。その大きな口でドラゴンに噛み付こうとーー、噛み付けない。

 ドラゴンは一度羽ばたくだけで、瞬間移動するように動く。軽い身体を強力な推進力で動かしているみたいに、かくかくとした動きだがもの凄く速い。龍の頭の方にいたかと思えば、尻尾の方にいるのだ。それに比べれば龍の動きはゆったりとしたものだ。身体が長い分だけ、まだそこにいたのか、と感じてしまう。


 

 不意に、龍が天を向いて口を開けた。激しくぶつかる攻撃を無視して、一心不乱に集中しーー、驚く程の魔力がそこに集められていた。


「な……何よあれ。あんな魔力……信じられない」


 凄く離れているはずなのに、あたしの肌が震える。大量のマナが龍の口元に集められ、それを馬鹿みたいな魔力で巨大な炎としていた。

 山を消し飛ばす威力、それが比喩じゃなくて実現しそうな程の魔力の量。

 間違いじゃなかった。あたしなんかじゃ、あいつには絶対に敵わない。ううん、この世の人間と呼べる生き物であいつに対抗出来る者はいないと思う。

 だけどーー、人じゃないのなら、あのドラゴンならーーあいつを倒せると思えた。だからあたしは、


「頑張ってぇ!!」


 魔術の詠唱でもなく、単純な応援に声を張り上げた。

 声が届いたかどうかは解らない。ただ、ドラゴンが攻撃をやめ、龍と対峙した。真っ向勝負を挑むように。

 それと同時に、龍はマナを集めるのを止め、圧縮させていく。

 龍がドラゴンを睨んだ、ように思えた。距離が離れていて見えやしないのだ。

 そして、その圧縮された炎が一筋の光となってーー。



 ドラゴンに飲み込まれた。



 光はドラゴンの口に飲み込まれーーそして、そのままだった。何も起こらない。ただ、純粋にーー喰われた。


 ぽかりと、あたしは口を開けていた。それは炎を放った龍も同じだった。

 信じられなかった。莫大な量のマナを、飲み込んだのだ。吸収量にも許容量があるでしょ、普通。

 そして、間抜けのようにぽかりと開けた口に、今度はドラゴンが熱線を放った。先ほど喰らった攻撃を練り込んだような、今までにない強力な攻撃。

 ドラゴンの放った熱線は飲み込まれる事無く、龍の口を貫通しーー龍の身体がぐらつく。そして、次の瞬間には龍の巨体は落下を始めた。


「やった! 勝ったんだ! 凄い!」


 けど、それもつかの間の喜びだった。

 龍があたしの真上に落ちて来ていた。


「きゃあっ!!」


 慌てて避けようとして、つまずく。まだ身体が万全じゃない。これは、あの警備に薬でも盛られた? 冗談じゃないわよ!

 視界は既に龍の巨体の影に入り、暗くなっていた。

 ぎゅっと目を瞑り、衝撃に身構え……。

 突風が吹いた。 


「……えっ」


 あたしは、空を飛んでいた。ぐいぐいとローブが身体に食い込むが。

 ドラゴンがローブをくわえて、あたしを助けてくれた。

 後ろを見れば、龍の身体が力なく谷に落ちて行く所だった。所々で谷にぶつかるけど何の反応も示さない。本当に倒されたのだと解った。


「ありがーーって!」


 ドラゴンに感謝、したかった。けど、それどころじゃない。

 ちょ、ちょっと! 脱げちゃう! ローブが脱げちゃう! 暑いから下は下着なの!

 ばたばた暴れるあたしの意志を汲み取ったのか、ドラゴンはローブを離した。


「……え? それはないでしょ!?」


 谷の真上で。

 すぐさま落下するあたしの身体。風が心地ーー良くない! 死んじゃう! この高さから谷に落ちたら死んじゃうって! 助けてくれた訳じゃなかったの!?

 と、恨めしそうに空を見上げると、そこにーードラゴンの姿はなかった。

 薄情者! 助けるなら最後まで助けなさいよ!


「……へ?」


 もの凄く理不尽な事を考え落下しているあたしだったが、ぽふり、と柔かな触感を感じ、その落下が止まった。


 ドラゴンの背が、あたしを受け止めていた。


 ドラゴンの毛は思ったよりも柔らかく、さらさらとしている。魔物のはずなのに、どこか神聖な生き物のように感じてしまう毛並みだ。

 落ちないように首元にしがみついても暴れないし、黒い毛は綺麗でいい匂いもする。何だ、良い奴じゃない。よしよし。

 ……自分でも酷いと思う心変わりだった。

 ドラゴンの目を覗くと、何か言いたげにあたしを見ていた。が、何も言わない。言えないのかもしれないけど。


「ふぁあ……」


 と、緊張が解けたからか、急に眠気が襲って来た。

 ……ああ、やっぱり薬……盛られてたかな。

 なんだか凄く……眠たいよ。

 そっとドラゴンの目を見ると、やはり何か言いたげな目であたしを見ていた。……何故だか、その目はどこかで見た事があるような気がした。






「……ぃ。フィー!」

「……ぅん? …………リース?」

「フィー! 気がついたんですか!」


 目が覚めると、どこかの街道だった。また地面で寝てる。今度は木に寄り掛かってたからまだマシだけど。けど、森の中じゃない。魔物に襲われたらどうするつもりだったんだ、あたし。……あたし?

 そして、リースに抱きつかれた。


「リース……、ごめん。心配かけさせちゃった?」 

「心配しました! ……でも、無事で何よりです」


 ニコリと微笑むリースは、天使みたいだ。

 っと、そうだ。


「リース、レイを見なかった?」

「レイさんですか? そう言えば! レイさん、フィーの話を聞いて一目散にこっちに向かったんですよ。会いませんでしたか?」

「……会ったけど」


 ……ふうん、それは褒めてあげたいかな。

 で、奴はどこに行った? あたしは言いたい事がたくさんあるんだけど。


「おや? お二人とも、ご無事で何よりです」


 と、ぬけぬけと森の中から出てくるレイ。


「レイさん! フィーを助けに行ったのではなかったんですか?」

「そうよ! あのときはどこに行ってたのよ!」

「それより二人とも、黒いドラゴンを見ませんでしたか?」


 あたし達の詰問をさらりと避けて、レイはそんな事を言った。

 黒いドラゴン……、あたしは知ってるわよ?

 あんたと違って、あたしを助けてくれたんだから。


「いやぁ、フィーを助けに行ったのは良かったんですが、数が増えてしまいまして。一匹だけならなんとかなると思ったんですが、二匹はちょっと……」

「で? アンタはあたしを置いて、とんずらした訳?」

「失敬な。戦略的撤退と言ってほしい」


 胸をはってそんな事を言うレイ……ううん、おっさん。

 ダメだコイツ、早く何とかしないと。




次で第一章は終わりです。

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