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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一章
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純情な生け贄と黒のマモノ 9

 魔法使いに取って、戦闘なんて茶番に過ぎない。


 先に見せた『強欲』の交換魔法を使えば、目に見えている物と適当な物を交換出来る。

 例えば、『相手の頭』と『そこらの岩』を交換。頭でなくとも、目玉、手、足……部位を強制的に交換する事が出来る。そこにいくつかの制約は付くが、ほとんど気にしなくて良いような物だ。それ故にこの魔法で最凶と呼ばれた殺し屋が生まれた。


 正直、魔物なんて怖くない。


 まして、そいつが潜んでいるのが山の奥、人目につかない場所だと言うのだから尚更だ。

 思う存分、魔王として力を振るえるじゃないか。

 鞄に入れっぱなしだった魔法剣を使う良い機会かな。でも怪我するのは嫌だし、手っ取り早く頭を適当な物にすげ替えても良いな。


 僕はそんな軽い気持ちで鞄を置いてある宿屋へと向かっていた。

 アオイはアイリと一緒にいる。クロガネさんが用意してくれたあの小屋には、人目を避ける結界が張られており、その存在を知る者しか知覚できないらしい。

 念のために僕の最高傑作である魔宝石を二人に渡してあるし、後は僕が魔物を倒して、レイとしてアオイを皇居に届ければおしまいだ。

 レイの格好は戦わない時向け。スペックは高いが、戦闘には向いていないのだ。眼鏡がないと先が見えないし、激しい運動をすると三日後に筋肉痛になる。

 今はレイの姿で宿屋に向かっている。一応だ。僕の背格好が指名手配されていると厄介だからな。


「レイさん!」


 と、背後から声がかけられた。この声はリース嬢だ。が、凄く焦っているようだ。何か茶化そうかと思ったが、それは止めておこう。


「どうしました、リース嬢?」

「レイさん! フィーが!」

 

 生け贄は、若くて魔力の高い女性。


「ーーっ!!」


 フィーは、偏屈魔術師の二つ名を持つ優秀な魔術師。

 フィーは、昨日は皇居にいた。

 アオイは御子で巫女、そしてーー生け贄。

 そして、昨日誘拐された。


 誘拐が何故バレていた?

 どうして生け贄を攫われて、必死に探そうとしない?

 何故クロガネさんはアオイを誘拐する事を良しとした?

 国が滅ぶのと一人の少女の存命を、本当に天秤にかけて選んだのか?


「ーー冗談じゃないぞ!!」

「レイさん!?」


 リース嬢の言葉を最後まで聞かず、僕は走り出した。

 装備なんて何も持っていない。鞄すらも取りに戻っている時間はなかった。

 あの中に入っている魔法剣も、巨大な、それこそ龍の頭部と同じくらいの鉱石、すなわち当初の討伐道具を所持していない。

 居ても立っても居られず、僕は聞かされていた場所、『邪龍の渓谷』へと向かった。



ーーーーーーーーーーーーーー

 


「……ん」


 目が覚めた時、あたしは地面にうつ伏せで倒れていた。

 寝起きのためか変に身体が麻痺していて、だんだんと冷たい地面の感覚が解ってくる。

 あれ? 何であたし地面の上で寝ているの?

 そう考えて起き上がろうとしたが身体に力が入らず、ぺたりと座り込んでしまった。変だな、何で身体が……。

 思い出した! あたしは、隣に立っていた男に手刀を叩き込まれて気を失って……。ぺたぺたと身体をまさぐり、何もおかしな事をされていないのを確認する。大丈夫、服も身体も持ち物も何もされてない。杖も傍らに落ちてるし。

 きょろきょろと辺りを見渡せば、どうやら谷にいるようだった。

 山が近く、その頂きに雪が残っているのを確認出来る。見れば、シミヤの街も確認出来る。身体が動くようになれば、歩いて戻れない距離じゃない。

 とりあえず、身体が動くようになるまで座ってよう。

 ……少し気になるのが、あたしを挟むように立っている二本の燭台だ。崖の上に祭壇と思われる台があるのも気になる。何かの儀式に使うのかな?

 そこまで這って、崖の下を覗いてみる。


「ひっ!」


 下を覗けば、底が見えない谷が広がっていた。落ちたら間違いなく死ぬ。 


 と、不意に谷から地響きに似た唸り声が聞こえた。


「なっ、何……?」


 次の瞬間、突風が吹き荒れ、燭台の火を消し、あたしを吹き飛ばした。

 そして、巨大な影が姿を現した。


「りゅ……龍」


 緑色の鱗に覆われた巨大な体躯に、獰猛な目つき。鋭い牙が口から覗き、今にもあたしを喰らってしまおうかと半開きになっている。


「あっ……あ」


 身体が……動かない。口も麻痺したように震えてる。

 薬や手刀の後遺症が原因じゃない……これは恐怖。

 本能が理解している。

 こいつには絶対に敵わないーーと。

 あたしが何をしようとも、絶対にこいつには敵わない。最高の威力の魔術を使ったって、リースが立ち向かったって、傷一つ付ける事は出来ないって。

 それと同時に、あたしが何故ここにいるのか理解した。


 生け贄だ。


 あたしは、この化け物の生け贄に捧げられたのだ。

 決して誰も敵わない存在。だから、こうして生け贄を差し出す事で、この国の人達は生きながらえているんだ。

 これはきっと、アオイを守りきれなかったあたしへの罰なんだ。

 ……リース、ごめん。きっと悲しい想いさせちゃうよね。

 あたしなんかが友達になって、ごめん。あたしはずっと研究室に引き籠ってれば良かったんだ。そうすればーー。

 ううん、そんなの考えられない。リースと出会わなければって考えたけど、それはきっと今よりも辛い。


 偏屈魔術師と呼ばれ、他人から避けられて研究室に引き籠るしかなかったあたし。それを外に連れ出してくれたのが、リースだ。

 あたしは、好きで一人になる事を選んでない。あたしは、誰かと一緒にいたかった。自分しかいない部屋は静かで、凄く寂しかった。


 だから、ごめんね。あたしのために、泣いてもらって良いかな?


 龍の雄叫びが、再度あたしの身体を震えさせた。そしてそれを発した巨大な龍の口があたしに迫る。

 覚悟を決めーーううん、諦め切って、あたしは目を閉じた。


 そしてーー、あたしの身体がふわりと浮いた。

 痛みなんて感じない、一瞬で天国に旅立った。


「間一髪でしたね」

「…………え?」


 けど、そのお迎えは、天国には相応しくない胡散臭い声。

 恐る恐る目を開けると、優雅な表情のおっさんが、あたしをお姫様だっこしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 間一髪だ。

 リース嬢を振り切ってからレイの姿から戻り、『邪龍の渓谷』まで全力疾走した。龍に食われそうなフィーの姿が見えてレイの姿には戻れず、抱えて龍から距離を取って始めて、僕はレイの姿に戻った。

 色々、間一髪だった。

 フィーが目を瞑っていなければ、僕の正体がまたバレる所だった。

 レイの姿に戻った瞬間、身体から力ががくりと抜け落ちる。やはり、僕は僕であった方が身体能力は高いようだ。さすがはおっさん。


「フィー、動けますか?」

「……え? ……な、なんで、あんたがここに? ひゃっ!? 何するのよ!」


 驚いているフィーのお尻を撫でて、身体の緊張はほぐしてあげる。口元を両手で押さえると言う、可愛らしい反応が返って来た。殴られると思ったのに。

 口は動くが、どうやら走ったりは出来なさそうだ。


「は、早く逃げるわよ!」

「フィー、まさかあなた、僕にこのままあなたを抱えてあの龍から逃げろと? 冗談じゃありませんよ、そんな疲れる事出来ません」


 その他にも、ここで生け贄を逃がしてしまったら、この龍が暴れるんじゃないかと言う気がかりもある。シミヤの街と大分近いし、すぐにでも大きな被害が出るだろう。

 それが解らないーーまあ、多分生け贄の必要性とかを知らないフィーは、もの凄く見当違いな事を言い出した。


「あ、あたしが重いから運べないって言うの!?」

「誰もそんな事は言っていませんよ。……いえ、重たいのは否定しませんが」

「かふっ!!」


 声にならない変な悲鳴を上げるフィー。うむ、女性に重い発現はまずかったかな? 後でフォローしておくか。

 僕はフィーを一度地面に下ろして、目線をあわせるためにしゃがむ。

 そして、


「目を瞑っていてください」

「え?」

「フィー、良いですか? 絶対に目を開けてはいけませんよ?」


 僕はフィーにそう伝えて、龍と向き合った。今まで茶番に付き合ってくれてありがとう。そして、これからの劇の噛ませ犬役、お願いします。

 緑色の鱗に身を包んだ、全長五十メートルはあろうかという巨体。ワニの頭に蛇の身体、それにトカゲの手足でも付けたような、知性の欠片も芸術性もない化け物だ。

 ようトカゲ野郎。

 尻尾切って逃げ出すなよ?

 僕は『暴食』の魔法を発動させる。


 本物のマモノって奴を見せてやるよ。


 僕の頬骨が大きく歪んだ。


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