Gランクの天才 1
おじさんでした。
「初めまして、レイと申します。ランクはGですので、この度は雑用として護衛に同行させていただきます。不束者ですが、よろしくお願いします」
こういう言い方は失礼でしょうが、おじさんです。やけに物腰が柔らかい、無駄に丁寧な言葉を喋る男の人でした。
無精髭に優しげな顔立ちの、銀縁眼鏡をかけた中年の方です。毛嫌いするようなタイプの人ではないのですが、どことなく胡散臭いのは何故でしょう。
だからおじさんと言うよりは、おっさんと呼ぶ方が正しいような……、そんな人でした。
「おいおっさん、来る場所間違えてんじゃねーか?」
「おっさんとは酷いですね。僕はまだ……三十代ですよ」
「十分おっさんじゃねーかよ。つーか、僕ってなんだよ、良い年したおっさんがきもいぞ!」
「一人称ですが?」
「そういうんじゃねーよ! ……くそ! おっさん本当に役に立つのか?」
あまり言いたくありませんが、実は私も心配です。
まあ、こうして少しでも人が集まってくれたのはありがたいのですが……。
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高額の報酬が得られる依頼を探していた僕に、顔なじみの受付嬢、ニナが教えてくれたのが事の発端だ。
「首無し磔貴族の護衛任務ですか?」
「しーっ! そんな大きな声で言わないでください!」
おいおいニナ、今の君の声の方が大きかったぞ。僕は目立ちたくないんだ、なるべく静かに頼むよ。
ニナは短めの茶髪で、お転婆気質の女の子だ。
ギルドの受付にて、僕はニナに顔を近づけ、女子高生が噂話でもするような小声で話す。
「あれですよね? 雇っていた護衛が全員、街の広場に首を切り落とされて見せ物にされた事件。その雇い主である貴族様の護衛任務、ですか?」
「そうですが、……あまり顔を近づけないでください」
うーっと嫌そうに顔を背けるニナ。あっそう、ごめんなさい。
と心の中で謝罪し、心の中でニヤニヤと笑みを浮かべながら、表面上は無表情で淡々とそのまま話を続ける。
「護衛対象の腕が立つので護衛はそれほど要らず、人望があって護衛の人材は集まったけれど、見せしめの効果で御者がいない。それに腕利きの護衛がやられた以上、護衛に専念したいので雑務処理をする人が必要、という感じですかね。それでGランクの雑務として僕に話が来た」
「はい。どうせ金さえ払えば、どんな依頼でもこなしてくれますよね? ギルド側としては、あなたみたいな人材、凄く助かりますよ。『Gランクの天才』さん」
ブルリと身体が震えた。その名で呼ばないでくれ、禁断症状が出る。
僕のそんな様子をニナはどん引きしていた。恐らく、僕がそう呼ばれて武者震いしていると思っているのだろう。ナルシストだ、きゃー変態! みたいな心境だろう。
逆だ逆、恥ずかしさのあまり体全体が震えてるんだよ。手もプルプルしてるんだよ。怒りと羞恥心で爆発してしまいそうだよ!
と言いつつも、実は満更でもない。
「まあ、任せてください。その通り名は好きじゃないですが、依頼通り、雑務をこなしますよ」
金さえ払えば、何だってやるさ。
今はまだ、下積み期間だ。じっくり、ゆっくり、じわじわと。
水から煮るように、僕の復讐はゆったりと進むんだ。
依頼の主は、アイカシア国の貴族だ。観光のためにこのランベルグ帝国に来ており、そこで事件は起こったようだ。
アイカシア国は民主国家で、僕も一目置いている国だ。多数決とか、実に合理的だと思わないか? 数が全てを制する国、いいね。
そして依頼主、カイル・フュリアスはアイカシア国の裁判長を司る男だ。
カイルは彼の地の田舎出身で、学業優秀な彼は瞬く間に上流階級の仲間入りを果たした。その裁判は公平かつ道徳的で国民から支持を得ていると言う。
だが、公平と言うのは一般市民から見た意見であり、貴族など頭の固い金の亡者どもには厄介でしかないだろう。カイルは身分の高い者には恨まれていると言って良い。特に、アイカシア国は元々王政であり、有力貴族が未だに多くいるのだ。
観光に出かけたこの気を逃すまいと、暗殺の計画を企てたに違いない。
国際問題に発展しそうだが、それは彼が抑えてくれているようだ。実に優秀な男だ。そして、それ故に狙われているのではないかな?
戦争は儲かる。やりたいやつはいくらでもいるのだ。そいつらは戦場に出てきはしないが。ああ、胸くそ悪い。
任務当日、集合時刻である昼過ぎ、僕は十五分程早く集合場所である国境の門へと着いた。
馬車はあちらが用意したみたいで、豪華な四角い馬車が一台止まっていた。僕の仕事は御者と食事の準備、それに不寝番かな。
今現在確認出来るのは、剣士の少年とでかい盾を背負った男、それに依頼主(馬車の中にいるよう)だ。ふむ、この程度の人数か?
剣士と盾の男は仲間と言う訳ではないようで、両者腕を組んでじっと待っている。僕はそれを遠くからニヤニヤしながら見ている。こいつらと関わりありませんよ、という距離で。深い意味はない。
そして集合時刻、そこには依頼人と僕を含め、七人程集まっていた。
遅れて来たのは、魔術師と槍を持った青年だった。五分前行動を知らないのか?二人は別々の方角から集合時刻ギリギリに来たので、お仲間と言う訳ではなさそうだ。というか、全員が初対面じゃないかな?
と、馬車が開き、依頼人のご登場である。
降り立ったのは、眼鏡がよく似合う金髪の優男だった。
「私がカイル・フュリアスだ。今回は世話になる」
カイルは三十代後半で、いかにも文官という出で立ち、争い事とは無縁のように伺える。僕の目から見れば、優秀オーラが滲み出ている。噂は真実か。
と、彼の影から一人の少女が現れた。
「娘のリースです。私も戦いますので、よろしくおねがいします」
現れたのは、息をのむ程の美少女だった。
腰まである神々しさを感じさせる金髪、宝石のような輝きと魅力のある碧眼。異性は愚か同性までも虜にさせる美貌の持ち主で、挨拶と共に見せた微笑は、天使の微笑と言っても過言じゃない。すらりとした身体で、人形のような完成された形をしている。それでいてどこか幼げな雰囲気の持ち主で、思わず愛でたくなる可愛さがあった。
騎士を思わせる薄手であるが確かな鎧、腰に吊るされた細身の剣。
……ああそうか。この事件は、彼の愛娘、『戦姫』リース・フュリアスを狙ったのかもしれないのか。
リース嬢は『戦姫』と呼ばれる美少女だ。その可憐さは、ギルドの受付で人気のニナと比べるのも烏滸がましいほどである。
純白の輝きを放つ剣で戦う彼女に、戦女神を投影する者も少なくないと言う。
だが今回は事件のせいか、顔色があまりよろしくないようだ。心優しい事である。護衛はその職務を全うしただけだろうに。
腰に吊るされた剣が、噂に名高い『聖剣レイリース』だろう。命名は彼女の名前をもじったようだ。純白の刃を持つ魔剣……じゃなくて聖剣。何か特殊な力があるに違いない。
彼らの自己紹介に続いて、ギルドメンバーも名乗り始める。
「シュイ、だ。ランクはA、剣士」
シュイは尖った赤毛の持ち主で、覇気を感じない少年だ。だが、背中に普通の長剣より更に一回り大きな剣を吊るしており、存在感がある。
ランクAというのもなかなかに珍しい。強さとしては、上級魔獣に引けを取らないレベルと言った感じだろうか。十代後半でその地位に上り詰めているのだ、もう少し優秀かもしれない。ただ僕の目からは、どうにも剣を振るう事に戸惑いがあるように見える。人を殺すのが怖いのだろうか? 護衛対象に特別な感情を抱いていないようなのは高評価だな。あのような事件の後に付ける護衛だ、ギルドもなかなか解っているじゃないか。
「あたしはフィー。ランクはB、魔術師」
フィーはギルドから集められた中で紅一点、短めの茶髪を持つ少女だ。黒のローブを羽織り杖を持った、いかにも魔術師と言った出で立ち。一メートル半にも及ばない身長、言わずもがな幼児体形である。
しかし、俗に『偏屈魔術師』と呼ばれるフィーが何故だ? プライドが高く、負けず嫌いの彼女。
研究室に引き蘢ってばかりで、碌に依頼を受けないと聞いていたが……。世間に疎く今回の事件を知らないのか? それとも、別の意味があるのか……。まあ、なんでもいいか。
「ガイラスだ。ランクはB、槍使い、よろしく」
ちゃらい男、というのがガイラスの第一印象。今後もそれは変わらないだろう。リース嬢に色目使ってるのがバレバレなんだよ。
ただ、ムカつく事にこの男、雰囲気は三流だが装備だけは一流だ。
手に持っている槍は、『螺旋槍』と呼ばれる、ロンギヌスの槍の劣化版みたいな奴だ。色々貫ける槍、といった感じである。魔術構造としては、回転と振動により分子レベルにダメージを与える魔法具だ。いくら金を積んだんだろう。
「ラングだ。ランクはB、盾を扱う」
おお、面白い奴が来たもんだ。
ラングは見た目と年齢が一致しない、老け顔のがたいの良い男である。まだ二十代だと言うのに、老練な冒険者に見えるのだ。まあ、冒険者歴十年のベテランには違いない。特徴は、亀の甲羅のようなサイズの鋼鉄製の盾を背負っている所。
僕の意見としては、そんな重くてでかくて持ち歩きづらい装備使うなよ、と言いたい所だが、彼の武勇を聞く限り、そんなことは関係ないようだ。
あれで殴るんだと、敵を。撲殺者である。
そして、僕も自己紹介をした。
それぞれの簡単な自己紹介が恙無く終わった所で、ガイラスが僕に噛み付いて来た。いや、言葉にこそしないが、ここにいる全員が僕に疑いの眼差しを投げかけて来ている。……おお、リース嬢までもか!
ふむ、やはり僕のこの見た目、とんでもなく胡散臭いようだ。
「おっさん本当に役に立つのか?」
ガイラスの……いや、このメンバー全員の疑いを晴らすべく、僕はこう言った。
「少なくとも、来るかどうかも解らない敵のために雇われたあなた達とは違いますから。僕は必要でしょうし、役に立ちますよ?」
暗に、護衛なんか要らなくね? と言った僕の言葉に、一同は呆然としていた。
あれ? なんか間違えたか?
僕は慌てて言葉を付け加える。
「すみません、皆さんと同じ報酬を受け取りますから、謙遜しませんでした」
てへっ、と笑ってみせる。
依頼人は呆れた顔で、ギルドメンバーは苛ついた顔を僕に向けた。
それはそうだろう。
Gランクのくせに、Bランクの報酬を受け取るのだから。嫉妬かい? いけない子達だな。僕が力不足に見えるかい?
そういうのは、僕の実力を見てからにしてもらおう。
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Gランク。
それは、ギルド初期登録者のランクであり、そのランクの任務はどれほど遂行しようと、ランクを上げるためのギルドポイントが手に入らない、報酬だけの任務。
ネズミ退治、草刈り、ゴミ拾い……路地裏の子供でも出来そうな簡単な仕事をこなす任務、それがGランク任務だ。
ランクが上がる、ということは自身の評価が上がる、ということに等しい。ランクが上がれば、ランクが指定された高額報酬の任務を受けたり、各国で高待遇されることが多くなる。というのも、所詮は評価の基準であり、通り名持ちにはランクは関係ないのだ。よくも悪くも。
僕こと『Gランクの天才』も、Gランクでありながら個人としての評価がべらぼうに高いため、こんな横暴が許されるのだ。
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