純情な生け贄と黒のマモノ 8
「すいません……。力及ばず、アオイ様を攫われてしまいました」
「…………わかっている。少し、一人にしてくれないか」
「あの、すぐにでも捜索致します」
「ああ……、よろしく頼むよ」
アオイをあの侵入者の少年に攫われ、捕まえることすらできなかった私達は、すぐに陛下に知らせました。彼は力のない顔をしています。
けど、どうしてでしょう。
彼の顔は、娘を攫われた悲しみや怒りなんかではなく、もっと複雑な心情を表しているように見えました。
警備の者達は侵入者を許してしまった事で、より一層皇居の警備を固めているようです。そのため、捜索は私達と数人だけとなりました。元より、事を大事にはしたくないようです。
言いたくはありませんが、少し薄情ではありませんか?
「……フィー、落ち込んでても始まりませんよ」
「…………うん」
フィーは今、すごく落ち込んでいます。自分の使った魔術が悉く、あの侵入者の少年に相手にされなかったからです。
そういう私も、訳の解らない術で聖剣を奪われてしまいましたし……、あの少年、次に会った時に借りを返さないと行けませんね。
「リース様、少しよろしいでしょうか?」
と、警備の男性の一人が話しかけてきました。何でしょうか?
「少々侵入者に関しましてお聞きしたい事があります。魔術師殿にご同行を願いたいのですが?」
「フィーと?」
「……あたしは別に構わないけど」
ぶっきらぼうに項垂れたまま答えるフィー。なんだか心配です。一人にさせると余計落ち込んじゃいそう。
「えっと、今でなければならないのですか?」
「はい。少々時間がかかるかもしれませんので、リース様はアオイ様の捜索をお願いしたいのですが」
「わかりました。フィー、大丈夫?」
「平気。別に何の攻撃も受けてないし……」
だるそうに手を振るフィーと私は別れ、そしてアオイの捜索を開始しました。
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四方を囲む壁をゆうゆうと飛び越え、周囲に人がいないかを伺った後、僕はレイの姿になる。これで怪しい者を見ました、と言われても、少年の僕とおっさんのレイで明らかな違いが生まれる。他でも無い、リース嬢とフィーが僕の弁護人だ。
小屋に向かいながら、僕はこの依頼を思い返す。
依頼内容は、誰一人殺す事無く、アオイを無傷で誘拐する事。
依頼人は、皇居にいる一人の女性だった。
小屋に入る前にも人の気配を伺う。気配は感じないので、今度は元の姿に戻った。アオイと会うのならば、こちらの姿の方が良いだろう。
偽りの騎士なんかよりも、魔王の方が良いだろう。
扉を開け、小屋に入るとーー。
『この手紙をあなたが読んでいると言う事は、ニルベリア皇国まで来てくださったのですね。あのような連絡手段を取ったのは、まだあなたとの絆を取っておきたかったから、という私のわがまま、どうか許してください。
あなたが疑問に思っている点をいくつか説明します。
まず、この国には凶悪な魔物が存在します。それを暴れさせないため、十年に一度、若く魔力の高い女性を生け贄として捧げてきました。それにより、この国の平和は保たれています。
けれどそれは隠蔽されている事で、まず一般人は気付いていません。また、この国の貴族と呼ばれる者達も知りはしないでしょう。知っているのは、皇居、もしくは神社と深く関わりのある者のみです。
ですから、あなたが何かこの国にまずい事が起こっているのではと考えられたのは、当たっています。
今年で前回の生け贄から十年が経ちます。
聡明なあなたなら、もうお気づきでしょう。
生け贄は、その年で最も魔力の高い者を選びます。
生け贄に選ばれた者で生きて帰って来た者はいません。皆、魔物に食われたのだと思います。国を思って死んで行った彼女達の遺志を継ぎ、今年の生け贄も一切の私情を挟まず、一番魔力の高い者が選ばれました。
最低な事だとは解っています。
これまで死んで行った生け贄の少女達の願いを踏みにじる事だと。
何も知らずのうのうと生きている一般市民の皆さんの命を危ぶめる事だと。
苦渋の決断をしたーー、父をより一層苦しめる事だと。
だけどーー、私は死にたくありません。
あなたに助けてもらった命を、こんな下らないことで使い捨てたくありません。
だから、お願いします。
生け贄の御子をーー攫ってください』
小屋に入った瞬間、どんと衝撃を受けた。一人の命の重さを僕は受け止める。
重いじゃないかよ。人の命は、随分と。
受け止めたその人物は、手紙の差出人にして依頼人、巫女にして御子——。
アオイが僕に抱きついて来た。
整った顔立ちで日本人形のように可憐だ。肩まで伸びた黒髪と紅白の巫女服がよく似合う。
上目遣いの彼女に、僕は笑顔で語りかける。
「久し振り、アオイ。大きくなったし、可愛くなったね」
どこがとは言わないよ。
「お久しぶりです。女性の扱い方を少しは心得たんですね。そして、ありがとうございます」
ニコリと笑うアオイ。
「国を捨てようとする私を助けてくれて、本当にありがとうございます」
「だから僕が助けるんだけどね」
「?」
彼女の自嘲の入った台詞に、僕はニッと笑みを浮かべる。何を言っているのか解らず首を傾げるアオイの黒髪を梳きながら、僕は言葉を紡いだ。
「国を捨てるなんて、統治者の娘として最悪な事じゃないか」
「はい」
「それに何だ? 国のために犠牲になることがくだらない事だって?」
「……はい」
「まるで悪女だな、アオイは」
「…………はい」
何を素直に頷いているんだか。一つくらい否定してほしかった。
だが、それが良い。
僕はアオイの頬に手を添えて、真っ直ぐに見つめ合う。
だってそれは。
「魔王の僕に相応しいじゃないか、アオイ」
「はい!」
国のために犠牲になる? 本当にくだらないな、それ。
魔王の僕からすれば、国なんて個人を守るための道具でしかないよ。
一人は皆のために、皆は一人のために。
一人だけが頑張るようになったら、そいつはおしまいさ。
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あたし……全然役に立たなかった。
二つ名を持って、ちょっといい気になりすぎてた。自慢出来るようなものでもないし。
あたしは、変に頭が固すぎるのよ。そうだ、そうに違いない。
もっと柔軟に頭を働かせれば、きっとあいつなんてコテンパンに出来るはず! 無敵なんてこの世には存在しないんだから。どんな者にも終わりはあるのよ! ……あれ? これって結構ぶっそうな事かな?
そうと決まれば早速、……おっさんにあの変わった魔術を教えてもらおう。あの水を沸騰させる奴。いっその事、師事してみようかな。
なんやかんや言って優しいし、修行が終わったらお菓子をくれるかも。
よし! アオイを見つけたら、おっさんにお願いしてみーー。
「フィオナ殿、どうかされましたか?」
「ふぇ? あっ、何でもないわよ」
危ない危ない、思わず握りこぶしを見られてしまう所だった。
「陛下、フィオナ殿をお連れしました」
「入ってくれ」
って、あれ? 何でアオイの部屋じゃないの?
部屋にもなんかたくさん人がいるし。
「フィオナ殿、急に済まなかったな」
「……いえ、あたしは別に」
「唐突で済まないが、フィオナ殿の魔力はどの程度のものだ?」
「えっと、普通の魔術師三十人分ですけど……」
そういうと、おおっと部屋の人達がざわめく。
え? 何?
……なんか、嫌な予感がーー。
「なっ……」
どすっ、と首元に衝撃が走ったのはその瞬間だった。頭からふっと力が抜けて、考える事も出来なくなる。
あたしの耳に最後に聞こえたのは、
「すまない」
という、この国の主の声だった。
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ニコリと花が咲いたような満面の笑顔を見せ、僕に身を寄せるアオイ。……ジト目でアイリが僕を見ていた。ほっといてくれ。
「私は、魔王にお似合いの悪女ですか?」
「うん。僕にぴったりの悪女だな」
けどさ、まだ少し足りないんだ。
せめて何かを貢いでくれよ。
「じゃあ、僕のためにもう少しこの国にいてくれよ。次に会う時には、魔王と政略結婚しないか?」
「政略結婚ですか? いいですね、それでこそ私は『悪女』です」
じゃあ、ちょっと魔物を倒しに行ってくる。
生け贄なんて悪習、ここで潰えさしてやるよ。
家族を引き裂きたくないからね。