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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一章
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純情な生け贄と黒のマモノ 7

 僕とアイリは黒のローブを身に纏い、正体が分からないようにする。怪盗らしく、白のマントでも付ければ良いのかもしれないが、生憎と持ち合わせがない。それに、目立ちたくないし。

 アイリが付いて来てくれるのは正直、迷惑だった。僕一人ならどうどうと侵入出来るのだが、アイリと一緒ならこそこそを選択せざるを得ない。

 アイリの来ているローブは魔法具のようで、自分か相手がフードを捲らない限り、正体が分からなくなる代物だ。僕のは、自分で作ったものだ。勿論、魔法がかかっている。というか、コレ自体が僕の『傲慢』の魔法だったりする。


 しかし、日本屋敷の侵入は厄介だ。

 庭に蒔かれた白砂、廊下の板が歩けば音を立てる。

 仕方がないので、屋根を伝って行く事にしたのだが……。


「忍者かよ……」

「?」


 僕の呟きは、屋根の上にもちゃんといた相手の警備の者と、それをささっと伸してしまうアイリに向けてのものだった。

 暗殺者の動きが、身体に染み付いているようだった。


 屋根から天井裏へと忍び込み、お目当ての部屋を探す。ネズミと間違えられて、下から突つかれる事も無く(というのも、風のマナ足下に引いて微妙に浮いて音をたてないようにしていたからだ)、事前に渡されていた皇居の間取り通りのお目当ての部屋に着いた。

 天井裏で耳を澄まし、下の部屋の様子をうかがう。下の部屋が騒がしくて、どうやら僕らの存在はバレていないようだ。


「あんな奴のどこが良いのよ!」

「………な所です」

「それは絶対違うと思います!」


 一人はよく聞き取れないが、二対一で誰かが罵倒されているようだ。怒鳴っている声は……リースとフィー? 微かにしか聞こえなかったが、どうやらターゲットもいるようだ。

 リースとフィー、か。

 なんという偶然、っていうか、誘拐する事がバレてるじゃないか。どうしてこうなった? あの手紙の内容からすれば、誰も気付いていないようだったけれど……。


 また騙されたのか。やれやれ、一筋縄には行かない人だな。


 部屋に意識を集中すれば、微かに火のマナが集まっているのを感じる。フィーが魔術陣を書いたのか。厄介な物を。

 大きさは部屋全体を……部屋全体!? おいおい、護衛対象と侵入者、両方丸焼きにする気かよ。ん? 指向性が付けられているのか。いや、それにしたって、炎ってのは空気中の酸素を燃焼するんだ。この魔術を発動させると、部屋の物は燃えなくても、部屋の酸素が全て燃焼するぞ。

 さすが引きこもりの偏屈魔術師、護衛を解ってないじゃないか。どうして誘拐する僕が、君等の護衛対象の心配をしなくちゃならないんだよ。

 ……仕方がない。

 僕は複写魔法で一度フィーの姿になる。そして魔術陣にフィーの魔力を使って、指向性の上書きをする。僕とアイリ、それに部屋の空気を追加した。これで炎は大して燃え上がらないはずだ。

 演出ご苦労、とでも言ってやろうかな。

 自分の魔力だからか、どうやら気付いていないようだ。

 しめしめ。それでは、突入と参りましょうか。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 不自然な風が吹いて、蝋燭の火が全部消えた。それと同時に、天井から黒い影が二つ降ってくる。天井はあたしの予想外だった。

 魔術陣に何か仕掛けはーー大丈夫、魔術陣は消えていない。

 馬鹿め。真っ正面? かどうかは解らないけど、この部屋に足を踏み入れるなんて。消し炭になりなさい!

 足が付くのと同時に、部屋に赤い魔術陣が浮かび上がる。すぐに近づかれても大丈夫なように、部屋全体を埋め尽くす炎の魔術にしておいた。部屋の物を燃やさないように指向性を付けてあるし、大丈夫。


「きゃっ!?」


 ゴッ、っと床全体から橙色の炎が天井近くまで立ち上った。アオイが驚いて小さな悲鳴を上げる。リースは何も言わず剣を抜いていた。

 炎があたし達の身体を舐め回すように燃え上がるが、その熱は微々たる物で、お湯くらいの温度で気持ちいい物だ。侵入者は地獄の業火に焼かれた気分になるんじゃないかな。あたし自身がくらったことはないから解らない。

 と、めらめらと燃え上がる炎の中から、声が聞こえて来た。それは断末魔の叫びじゃなかった。


「用があるのは彼女だけなんだ。大人しくしていてくれないか?」

「なっ!?」


 侵入者達は平然と立っていた。そのローブを焦がす事も無く、身じろぐ事も無く。

 あり得ない! あたしの魔術陣は確かに作動していたはず。それを受けて平然としているなんて、化け物だ。

 ——いや、それこそあり得ない。きっと魔術の隙を突かれたんだ。何か仕掛けがあるに決まってる。


「何故アオイを攫うのですか?」

「何故? 頼まれたからだ」

「……優秀なのに仕事も選べないんですね」


 リースが軽蔑を込めた視線を侵入者達に向ける。灯台の明かりが消えよく見えないが、侵入者達は黒のローブに身を包んでいるようだ。見ただけでは性別も何も伺えない。けど、先ほどから話しているのは、それほど身長も高くなく、少年のような声をしていた。きっと、あたし達と同じくらいの年の少年だろう。


「時間がないんだ。手早く済まさせてもらうよ」


 そう少年は言って、動き出そうとする。

 リースがアオイを庇うように前に出て剣を構え、そしてーー。


「ふぇ?」


 少年は近くのタンスに手を触れた。た、タンス?

 意味の分からない行動に、思わず変な声が漏れてしまう。リースも心情は同じようで、目を見開いて口を微かにぽかりと開けていた。かなり混乱してるようで、その証拠に、


「……そ、それが、彼女、ですか?」


 明らかに見当違いな質問をしている。落ち着いてリース、それは絶対に違うから。

 事実、少年は笑いを堪えるように肩を振るわせていた。


「まさか。いやーーそのまさかだ」

「はーーっ!?」


 瞬く間だった。いや、そんな時間もなかったと思う。



 少年の声が耳に届いた時には、タンスはアオイになっていた。


 

「っ!?」


 驚いてリースがちらりと振り返り、そしてさらに驚く。

 先ほどまでアオイがいた場所には、タンスがあった。

 な、何が起こったの!? タンスがアオイに、アオイがタンスに? 幻術? それとも……いや、そんなのあり得ない。けど、実際目の前で起こってーー。


「頼んだ」


 だが、驚いていられるのもそこまでだった。

 少年はアオイをもう一人の侵入者に渡す。アオイは驚きの連続のせいか、思考が追いつかず停止していた。


「逃がさない!」


 あたしは杖をもう一人の侵入者に向ける。部屋にはまだ火のマナが残っている。


「我が友を助け、導く希望の光となれ!」


 詠唱することで火炎球に指向性と追尾機能を付加する。侵入者は庭に降りた所、隠れる場所もない。やれる!

 と、少年がその進路に出て来た。庇う? 残念、あたしの火炎球はあんたを避けてあっちに行くよ。それにあんたが集めているのは風のマナ? 集めてる量は凄いし風を操るなんて珍しいけど、どんなに集めたって無意味よ。馬鹿ね、風は火を大きくするわよ。

 火炎球は少年にぐんぐん近寄り、急速に向きを変えるーーはずだった。


「え?」

 

 けど、不意に少年が伸ばした手で、火炎球は霧散した。

 

 あり得ない! こうも何度もあたしの魔法が無効化されるなんて! それにさっきの意味解らない現象、何よあれ! 何でアオイとタンスが入れ替わるのよ、そんな魔術あり得ない! でも、さっきのはマナを集めていたから魔術……?

 あり得ないはずなのに……、確かにあたしの目の前で起こってる……。

 知らず知らずのうちに、あまりの出来事にあたしはへたり込んでしまった。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 踏み込んだ瞬間、足下に赤色の魔術陣が浮かび上がる。

 指向性を付けているので、さながらアーティストの入場の演出だ。ゴッと炎が天井まで燃え上がった。指向性を付けたと言うのに熱を感じる。優秀な魔術師だよ、フィーは。

 長々といれば僕の正体がばれてしまいそうなので、というよりも口を滑らせてしまいそうなので、僕は早々にターゲットを攫う事にする。


 僕の使う『強欲』の魔法は、奪い取った物だ。

 かつて、各国の要人の頭が岩と挿げ替えられる、と言う殺人が行なわれた。それは当時名を馳せた一人の殺し屋の所業、——魔法だ。

 実に哀れな殺し屋だったが、その魔法は優秀だった。

 ”コレ”と”アレ”を交換する魔法。

 自分の手が触れているもの”コレ”と、目に見える範囲にあるもの”アレ”を、過程を省略して交換する魔法だ。

 今回は、僕の手が触れている”タンス”と、そこにいる”アオイ”を交換した。

 この魔法の恐ろしい所は、間にガラスなんかがあっても、見えてさえいれば交換出来ると言う所だ。

 驚いているリースとフィーを尻目に、アイリにアオイを渡す。手はず通り、あの小屋まで。


「頼む」


 僕の声で場が動き出す。アイリはネコのようにささっと庭に降りて駆けて行く。リース嬢がタンスがタンスである事を確認している。

 そしてフィーが、魔術を構築していた。


「我が友を助け、導く希望の光となれ!」


 『我が友』がアオイ、『助け』で被害が及ばないように、『導く』で追尾、『希望の光』が炎を表しているかな。

 追尾型、厄介な。

 打ち消させてもらう。

 僕は風のマナを馬鹿みたいに集める。集める。


 風の魔術は難しい。風って言うのは、高い気圧の所から低い気圧の所へ向かう空気の移動だ。相手を切り裂くような風の魔術を使う場合は、相手の周りの空気を急速に奪う必要がある。

 けど各マナを集める事でその事象を起こすのが魔術だ。それにのっとって考えた結果、僕の中で風のマナっていうのは低気圧の箱となった。そしてそれを集めて極端な低気圧の元を作って、最終的に投げ飛ばすと同時に箱が崩壊する。するとその場所に低気圧の空間が出来、そこに空気が流れ込むイメージだ。

 ようするに、風のマナっていくら集めても空気にはならない。むしろ、空気を排斥した存在、真空にかなり近い物だ。

 映画でやっていた。炎を消すのは真空だって。

 ただ風のマナを集めた状態というのは、真空を作れる箱を大きくしている状態。それに魔力を注ぐことで箱が壊れて真空状態出来上がり、空気が流れ込む。


 僕は風のマナを集め、それを火炎球に投げつける。

 火の玉の魔力で箱が壊れ、真空が出来上がる。


 そしてーー、火の玉が霧散した。


 崩れ落ちるフィー。どうやら、完全に予想外の出来事だったようだ。

 ごめん、フィーの常識を壊しすぎたかな?

 アイリはもう見えなくなったので、僕だけ逃げ切れば良いのか。


「っ!!」


 と、剣が僕の方に伸びて来た。

 リース嬢の刺突だ。

 これは見た事……、ではなくやった事がある。まずいな、これは後ろに避けても刺突が追尾するし、横に避けても突きが横薙ぎに変化する。

 じゃあ、前に避けるか。

 直前まで剣が直撃するコースで突っ込み、畳をスライディング。ついでにリース嬢の足下を崩そうとするが、それは跳躍で避けられた。

 転がるように僕は立ち上がり、燭台を二つ掴んだ。

 そして一本ずつ構え二刀流……、ではなく、二本まとめて右手で掴んだ。


「……なんですか、それ」

「答える義理はないね」

「いえ、答えてもらいます。アオイをどこに連れ去ったのかを」


 どうやら、アイリの姿を追えなくて僕に攻撃を仕掛けて来たようだ。

 逃げ切れそうだな。


「では、手っ取り早く済ませてしまいましょう」


 僕はそう言って、あえて真っ向勝負、剣の打ち合いを望む。

 聖剣レイリース、それは凄い切れ味の剣だと考えておいて良い。ついでに、闇夜を照らす良い照明代わりだ。

 打ち合えば必ず、細身の剣だがこちらが負ける。豆腐でも斬るように全て斬られてしまうのだ。だから真っ向勝負なんて愚の骨頂である。

 しかし、それは僕が聖剣の効果を知っているからであって、知らない者からすれば、あんな細身の剣叩き切ってやるぜ! となるのである。

燭台を二本一緒に持ち、その重量で自分の剣を折ろうとしていると判断したからだろう。馬鹿ね、そんなの無駄ですよーーみたいな。


「はあっ!」


 僕とリース嬢は一瞬交錯する。リース嬢の斜め下からの切り上げと、僕の斜め上からの切り捨て。武器だけが交差し、そしてーー。


「えっ……」


 僕は白砂に着地し、無事の武器を見ててほっとした。


 リース嬢の武器が先端から真っ二つに折れ、この日何度目になるだろう驚きの表情が伺えた。


 聖剣レイリースが折れた訳じゃない。

 先ほどまで僕が持っていた燭台が、リース嬢の手に収まっていた。

 

 『強欲』の魔法による、”燭台”と”聖剣”の交換が成り立っただけだ。


 ありがたく聖剣を貸していただきました。

 その出来事に、リース嬢もへろへろと力なく座り込む。ショックと言うか、訳が解らないだろう。

 アイカシア国は魔法を認めていないからな。信じられないし、信じたくないだろう。


「少々大変でしょうが、言い訳頑張ってください」


 僕は聖剣を置いて、アイリの後を追った。

 別に聖剣はいらない。僕は僕で魔剣を持ってるから必要ない。否、魔法剣を持っているから、それ以外の武器なんて必要ない。


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