純情な生け贄と黒のマモノ 6
魔法、『魔の法則』には七つの属性がある。
それは魔法が『悪魔の法術』と呼ばれる事から、七つの大罪の名前で分けられている。魔法が限りなく暴力的な力である事が、罪なといってもいいからだろう。
そして、本来は一つしか使えない魔法を、七つ使える僕が魔王なのだ。
属性『傲慢』
これは強制力を持った魔法の属性だ。隷属の首輪に掛かっているのが、これである。逆らうことの出来ない圧倒的な力を操るタイプの魔法もこれに分類される。傲慢な態度を取れる魔法。
属性『嫉妬』
これは人体に変化をもたらす魔法の属性。僕の複写魔法がこれに該当する。肉体の変質、能力の変化など、基本的に無い物ねだりの属性。嫉妬し続けないための魔法。
属性『怠惰』
時空関係を操作する魔法の属性だ。時間と言っても思考の加速、体感時間の緩急などの使用者の生きる時間のみの変化で、タイムスリップなどは未だ確認されてはない。未来を見る、過去を見るなどの魔法はありそうだが。また、瞬間移動、転移、亜空間操作などもこれに含まれ、僕の鞄がそうだ。時間を有効に使い、怠惰に過ごす魔法。
属性『暴食』
吸収に関係する魔法の属性だ。僕が半ば毒物に近い料理を食べて無事でいられたのは、これのおかげである。魔術や魔法の吸収が出来るタイプや、記憶や経験、才能などを奪うものもある。生きるためを通り越した暴食の魔法。
属性『色欲』
これは人心を操作する魔法の属性だ。感情、記憶などの人格や心を構成する要素を操作する魔法。『傲慢』の強制力と対比するなら、『色欲』は言うならば協力だ。心を乱し、色欲を煽る魔法。
属性『憤怒』
破壊と消失をもたらす魔法の属性。全属性中、最悪かつ最凶の属性だ。魔法だろうが現実だろうが、それをなかった事に出来る、奇跡を思わせる魔法。そのため使える者の数も少ないが、レイの魔法だ。気に食わない事をぶち壊し、憤怒しないための魔法。
属性『強欲』
これは物体の所有権に効力を及ぼす魔法の属性だ。物質に限らず、生き物にも効力を及ぼす、物の価値が法則に組み込まれた魔法が該当する。欲した者は必ず手に入れる、強欲な者のための魔法。
今回僕が使用するのは、『強欲』の魔法。
奇しくも、かつて僕が言ったお巫山戯は本当になってしまいそうだ。
「誘拐……ね。今回は騎士としてではなく、怪盗として馳せ参じようか」
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「リースさんにフィーさんですね? 初めまして、アオイと言います。どうぞ自分の部屋のように寛いでください」
アオイは屈託のない笑顔であたし達を出迎えてくれた。
さらさらのセミロングの黒髪、紅白の巫女服。……悔しいかな、胸はあたしより大きい。リースと同じくらいかな。あたしと一歳しか違わないと言うのに。
「……私、同年代の人とはあまりお喋りする機会がないので、実は少し楽しみにしてました」
「緊張感が足りませんよ?」
「そうよ。……でも、少しくらいなら寛いでも良いと思う」
そんな感じで、畳に腰を下ろして足を伸ばすあたし。そんなあたしに若干呆れたような顔を見せるリースだったけど、肩を竦めてリースも腰を下ろした。
アオイに巫女の仕事、主に怪我人の治療があって、日が沈んでからの出会いだった。仕事の様子、神聖術を隠れ見たけど、正直よく解らなかった。魔力は確かに感じるが、どうにも魔術とは何か違うように思える。だから神聖なのかもしれないけど。
夜、少しばかり味気ないけど色々な料理の夕食を頂いた後、あたし達はアオイの部屋でお喋りしていた。十六畳の部屋で、三人分の布団とタンス、それに燭台が数本の質素な部屋だ。
「何か誘拐で思い当たる節がある?」
「……ええと、特にありません。基本的に私は誰でも面会出来ますし、誰かに恨まれるような出来事はないかと……。すいません、何もお役に立てる情報が無くて」
「いいですよ、アオイは気にしないでください」
あたしの質問に、アオイは申し訳なさそうにする。リースがちゃんとフォローしてくれるので、あたしはづかづかと話を聞ける。
身代金目当ての誘拐は考えづらい。国主の娘を誘拐するのはハイリスクすぎる。警備は厳重、誘拐後もしつこく追われ続ける事になってしまう。金が目当ての誘拐なら、貴族を狙った方が得策。
それならアオイ個人に誘拐される理由があるのかと思ったけど、どうなんだろう。少なくとも金目当ての誘拐じゃないと思う。
「じゃあ……、アオイだけが出来る事とか、何かある?」
「……ええと」
「神聖術はどうなんですか?」
あたしの質問に少し首を傾げて考え込むアオイに、リースが助け舟を出した。
神聖術、それはあるかもしれない。
「……確かに、神聖術は巫女の中では私が一番得意ですが、私でなくても時間がかかれば皆同じくらいには出来ます。私だけが……というのは…………ないですね」
動機が全くの不明、か。
相手がアオイを無傷で誘拐したいのか、殺してでも連れ去りたいのかで対策が変わるんだけど、どうしたものかな。
とりあえず侵入者には死を、でいいかな。
「じゃあ、あたしが一応魔術陣書いておく。入って来た奴を消し炭にする」
「フィー……、それって屋敷にまで飛び火しませんよね?」
「それは少しまずいです……」
そう言って魔術陣を橙色の魔術陣を部屋全体に構築するあたし。
リースとアオイが不安げに見つめてくるけど、そんなにあたしは頼りない?
「大丈夫。時間があるから指向性が付けられる」
「戦闘じゃ付けられないんですか!?」
「軽い魔法なら大丈夫。間違っても半焼くらいだし」
「それはちょっと困ります……」
半焼、という言葉にアオイが俯く。
冗談よ。あたしが間違う訳ないじゃない。
「ところで……、これ食べる?」
魔術陣を構築し終えたので、一安心。ちょっとした気晴らしに、あたしはおっさんからもらった包みを出した。
別に、毒味させようって訳じゃないけど、でも一人で食べるのもまずいかなっていうか……。
あたしがポンと置いた包みを開けて、リースが驚いた顔をした。
「クッキー、ですね」
「フィーさん、良いんですか? 高級菓子ですよ、これ」
「別に。あと、フィーでいいから。あたしは呼び捨てなんだから」
そう言うとアオイは口元に手を当てて驚く。そして、
「はい、フィー」
笑顔でそう呼んでくれた。
……悪くない。
「では、お茶を入れますね。……クッキーに合うか解りませんが」
「いいのよ、どうせおっさんがくれた大したもんじゃないから。……毒は入ってないはず。サプライズの何かも入ってないはず。味もいいはず」
「はずばかりですね。……まあ、それに関しては私も何も言えませんけど」
「?」
おっさんだから、そんな理由で顔を見合わせて苦笑するあたしとリースに、おっさんの事を知らないアオイが首を傾げた。
毒味はあたしがやる、というつもりであたしがまずクッキーを一枚齧る。
「……っ!? ……甘い」
瞬間、口の中に広がるバターの濃厚な味。触感はさくっと、そして口の中で溶けて行く生地。表面に砂糖が付いていて、優しい甘さが口に広がった。
「凄く……美味しいです」
「本当ですね!」
リースとアオイが食べて、頬を抑えた。比喩なんかじゃなく、本当に頬が蕩けそうな美味しさ。
……どうしよう。一人で食べれば良かった。
「これ、どうしたんでしょうか? 買って来たにしては随分とサクサクとしてますし、……作ったんでしょうか?」
「あのおっさんが? 確かに料理には五月蝿かったし、美味しかったけど……」
似合わない、とリースと二人で思った。
「……おっさん? こんな凄いお菓子を作る人の事ですよね?」
再び首を傾げるアオイ。
そんなアオイにリースがおっさんの事を説明する。
「レイさんって言う、凄い人……というか変な人です」
「胡散臭いのよ、あいつ」
「レイ? レイって、もしかして、『Gランクの天才』ですか!?」
そう言ったあたし達に、飛ぶようにアオイは反応した。
え? 知ってるの?
「レイ……、来たんですね」
「アオイ、レイさんの事、知ってるんですか?」
「はい! 三年前に山賊に攫われた時、助けてもらったので、恩人ですね」
顔を輝かせておっさんのことを語るアオイは、どことなく誇らしげだった。
「お二人はどうしてレイと知り合ったんですか?」
「リースの護衛で」
「レイ……、ちゃんと頑張ってるみたいですね」
頑張ってる? あれで? 人を馬鹿にしたような態度よ?
あたしが知らないおっさんは、もっと酷かったって事?
「……フィー、なんかちょっと悔しそう。焼きもち?」
「はぁあ!? な、何言ってるのよリース! べ、別に悔しいとか、そんなんじゃなくてーーって、なんであたしがあんな奴の事を意識しなきゃならないのよ!!」
あり得ない。あの胡散臭い奴をあたしがーーッ。
自分でも解るくらい、顔が赤くなっていた。
「そういうリースだって、この前護衛された時、家で雇いたいとか言ってたじゃない!」
「あ、あれはそういう意味ではないですよ! ただ、優秀だったから家で雇おうと……」
「それ! あたしもそれ! 気に食わないけど優秀だから、ちょっと気に掛けてるだけ!」
「……お二人とも、意識していられるんですね。レイの事」
「「違う!!」」
思わず声を揃えて断言してしまった。
だってあいつ……、胡散臭いし、おっさんだし。
人を馬鹿にした態度取るし、魔術は教えてくれないし……。
料理とか、魔術とかだけ見ればちょっとはーー、本当にちょっとは! ……いいのかもしれないけど。
でもおっさんはあり得ないわよ!
「そういうアオイだって、レイさんの話をする時、顔が輝いてましたよ!」
「そうよ! 元はと言えば、アオイがそんな事言うからーー」
「ええ。だって私の初恋の人ですから」
「「!?」」
腰を抜かしてしまった。
あいつ、本当に女ったらしじゃない!
「あんな奴のどこが良いの!?」
「一途な所です」
「それは絶対違うと思います!」
澄ましているアオイに、リースとあたしで騒ぎ立てる。
それ絶対騙されてるわよ!?
現に今もアイリを連れ歩いてるし、ここには昔騙した女の子の責任を取りに来たってーー、いや、あれは誤解だったか。
って、あれ?
「リース、そう言えばおっさんがここに来たのってーー」
途端、燭台の火が消えた。
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