純情な生け贄と黒のマモノ 5
「フィー、なんか機嫌が良くありませんか?」
「そう? 別にそんな事はないけど?」
皇居に向かいながら、あたし達は話をしていた。
別にあたしは何も変わらない。いつも通りだ。
リースが納得いかない顔をしているけど、あたしは別に機嫌が良くはない。悪くもないだけだ。
「それはそうと、さっきレイさんから何をもらったんですか?」
「これ? まだ見てないけど……、お菓子って言ってた」
腰につり下げていた袋から、先ほどもらった包みを出して手に乗せる。
「お菓子ですか!? ……いつ作ったんでしょう。それとも、持って来ていた?」
「……どっちにしても、お菓子なんて似合わない男よね」
そう、だからこの包みの中身も、実は別の物なんじゃないかと疑っている。疑うのは悪いと思ってるけど、言う事する事全てがなんだか胡散臭い。なのに時たま凄く心に響く事を言ったりする。
本当、よく分かんないーー変なおっさん。
皇居と言う建物は、四方を壁で囲まれた所にあった。唯一の出入り口には立派な門があり、ゆったりとした紺色の服を着て腰に刀を帯びた人達が見張りをしていた。あたしはよく分からないが、刀とはなかなかに素晴らしい武器らしく、大陸でも人気があったので知っている。
その人達に身分を証明して、中に案内されると大きな木造建ての平屋が見えた。凄く変わってると言うか独特だけど、綺麗な建物だ。柱や廊下に使われている木の一本一本が金のように光り輝いている。何か塗料でも塗っているのだろうけど、魔術師のあたしにはそれ以上の事が解る。その木一本一本が何か魔力に似た物を秘めているんだと。それがこの国で使われる『神聖術』の要になる何かかな。
この国には建物に上がるときは靴を脱ぐと言う風習があるみたいで、あたし達はブーツと靴を脱いだ。足に伝わる木の冷たさとか、靴からの解放感とかで結構気に入った。
この国で一番偉い人のいる部屋へと案内されるあたし達。その途中で見た庭園は立派な物だった。中島のある大きな池が広がっていて、その手前には白砂が敷かれている。マツと呼ばれる妙にくねくねした木ともよく合っていた。
そして、その庭が一望出来る部屋に通される。フスマと呼ばれる扉の前で案内人が声を上げた。
「陛下、アイカシア国のリース・フュリアス殿とそのお供のフィオナ・カロリア殿です」
どうやらあたしの本名までも調べられたみたいだ。まあ、この国で一番偉い人に会うのだし、当然と言えば当然か。フィーは愛称だ。
「お通ししなさい」
と、予想外の優しげな声が聞こえた。そしてフスマを開けると、声と良く合う優しげな男性がいた。あたしはもっと傲慢で高圧的な人を予想していたので、結構驚いている。
「陛下、お初にお目にかかります。アイカシア国将軍、リース・フュリアスと申します」
「……ギルドのフィオナと申します」
リースが挨拶したので、あたしもそれに習って挨拶する。
リースのメンツが掛かっているので、それとなく敬語っぽいことを言ってみる。ギルドの任務として来ていれば敬語なんて使わない。
「遠い所、わざわざありがとう。早速で悪いが、私の頼みを聞いてくれないか?」
「はい。私どもで良ければ、何なりと」
あたしは嫌な事は言うよ? と思いながら、リース達の話を適当に聞いていた。
「私の娘が誘拐されそうなんだ。そこで護衛を頼みたい」
「誘拐……ですか?」
また護衛か……。あたしにはあんまり向いている仕事じゃないのにな。あたしはこう、爆発とかを起こして一網打尽にするタイプなんだけど。
「最近、娘の周りで不穏な動きが見える。突然で申し訳ないが、引き受けてくれないか?」
娘? あたしは正直、この国の事なんてほとんど知らないので何も言えない。リースに言われるままに付いて来ただけなんて、尚更言えない。
「娘さん、巫女のアオイ様ですか? 巫女の中でも一番の神聖術の使い手だと伺っておりますが」
リースは知っていたようで、それに男の人は頷く。
「……わかりました。私どもで良ければ、精一杯努めさせていただきます」
リースは特に迷う事無く言ってお辞儀をする。あたしもそれに習う。堅苦しいのは苦手だな。その巫女様ともこんな感じは嫌だ。
「ありがとう。手だれの男達もいるのだが、娘も年頃の女の子、そう言った者達に身辺を護衛させるわけにはいかなくてね。本当に助かる」
頭を下げる国主に少しの意外性を感じる。けれどそれ以上に、子供思いなんだなと思った。
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僕とアイリはニルベリア皇国首都、シミヤを歩いていた。待ち合わせの時刻は夜中であり、少々時間があったのだ。
この国の住人はほぼ黒髪、更に魔王は公式記録上既に死んでいるので、僕が僕で行動出来る国でもある。
レイの視点に慣れていたので、僕の視点は少々物が変わって見える。建物がこんなに高かったっけとか、人ごみがこんなに大変だったっけとか、……アイリってこんなに近くにいたっけとか。
「アイリ、ちょっと近くないか?」
「……人ごみで離れてしまうと困りますから。私はこの国の事を知りませんので」
そう言って、アイリは僕と腕を組んでいる。
あれ? なんか違う。僕の知ってるアイリと何かが違う。
いつものアイリは秘書、付かず離れずの位置にいた。だが今のアイリは言うならば恋人、べったりと僕にくっついている。
……本当、よく分からない子だ。
夜中、宿を取ってから僕らは夜の街を歩いていた。
陰陽術と呼ばれるニルベリア皇国古来の魔術によって、街には提灯で明かりが保たれている。陰陽術は魔術というよりはシステムに近い。この国には精霊というか霊魂の概念があり、それらに頼む形で術を行使している。
この街の街灯は、彼らに日の光が弱くなったら灯すように頼んでいる、といった感じだ。こういう便利な使い方があるから、科学が発展しないのだ。
科学者視点の考え方を持つ魔術師だが、わざわざ自分の価値の下がる万人が使える力を生み出す訳がない。
ところで、
「アイリ、近くないか?」
「……夜は寒いですから」
僕に寄り添うアイリ。
そうだね、夜は寒いもんね。僕の胸は凄く熱いけどさ。
それでもアイリの肩を抱く僕がいた。
シミヤの街の外れにある掘建て小屋、そこで依頼人と待ち合わせをしていた。小屋は完全に目張りされ、風どころか光も入らないような建物だった。
というか、光を出さない建物だ。
僕は建物に入る前にレイの姿になる。アイリは付かず離れず、秘書の距離となった。うむ、時と場所は弁えているようだ。
「お待ちしておりました。『Gランクの天才』様とお呼びすればよろしいですか? 私はクロガネと申します」
そう言って僕を出迎えたのは、初老の武士だった。腰に刀を帯び、和服姿であるからそんな事を言ったが、その物腰は紳士だ。しかし、クロガネとはなんともカッコいい名前だ。以前は名を馳せた武士であろう。
「ええ、あなたが代理人ですね?」
「……お気付きになられましたか」
僕はそう言って懐から手紙を取り出し、ひらひらさせる。
舐めてもらっちゃ困る。これでも僕は魔王なんだ。見る目はあるよ。
「あなたはどうやら信用出来そうですね。では、依頼内容を詳しくお聞かせ願いましょう」
「いえ、私は何も申しません。この手紙を読まれれば、全て理解してくださると存じております」
と、クロガネさんは手紙を懐から取り出す。少々気になるが、僕は素直に受け取りその内容に目を通す。
「……っ!?」
手紙の内容は衝撃的なもので、そして、僕が動くに値するものだった。
手紙の内容は長く、そして少なからず個人情報が書かれていたので、簡潔に内容をまとめさせてもらおう。
僕の依頼ーーそれは、『巫女にして御子、アオイの誘拐』だ。
「受けてもらえますか?」
そう尋ねるクロガネさんの目は、断ることなどあり得ない、と言っているようだった。
「……ふふふ」
「……レイ?」
僕は笑わずにはいられなかった。そんな僕を気味悪そうにアイリが伺ってくる。
そうか、騙されていたのは僕の方だったのか。いやいや、ほぼ嘘の僕なのだから、これで相子と言うべきなのか。
「いいですよ。いえ、僕以上の適任などいないでしょう」
僕は口元を歪めながら、クロガネさんの目を見てそう答える。
クロガネさんの目がきらりと光ったように見えた。
「ただし……」
僕はそこで一度言葉をくぎり、言葉を紡ぐ。
魔王の姿となってから。
「これは『Gランクの天才』としてではなく、『魔王』として受けさせてもらいますよ」