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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一章
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純情な生け贄と黒のマモノ 4

「レイさん! フィーに何をしたんですか!?」


 バタン! と再び扉が開け放たれた。これも半ば予想出来ていた事で、僕は優雅に笑みを浮かべて襲撃者、もといリース嬢を出迎えた。


「どうされたんですか、リース嬢。他人の部屋にノックもなしとは、淑女にあるまじき振る舞いですよ?」 

「あっ! ……すいません」


 やってしまったと口元に手を当てて、照れたのか俯くリース嬢。

 早速リース嬢のペースを崩す。さて、どうするかな。


「フィーですか? 彼女がどうかしましたか?」

「そうですよ! さっき甲板に戻って来たと思ったら、ぼーっと甲板をうろついているんですよ。レイさん、何かしませんでしたか?」


 すっとぼけてみた僕だったが、もはや確信しているように言葉を紡ぐリース嬢。

 どうして僕に直結するんだか。……日頃の行いの成果か。


「アイリちゃん、何か知りませんか?」

「……先ほどまで会話されていましたよ。何やら人の羞恥心を煽る事をおっしゃっていました」

「ほら、やっぱりレイさんが何かしたのが原因じゃないですか!」


 やばい、押され気味だ。そしてアイリ、何を言っているんだ君は。君は後でお仕置きが必要かな。


「ぼーっと甲板をうろついているだけなのでしょう? 問題ないのでは?」

「時折変な笑顔を見せるんですよ!?」


 あっ、それは結構な問題だ。何もないのに突然笑い出すとか、あまり近くにいてほしくないかも。


「仕方ありませんね。では責任を取ってくるとしましょうか」

「……やっぱりレイさんが何かしたんですね」


 部屋にジト目の女の子が一人増えた。

 居心地が悪いので、僕は甲板に逃げ出しーーもとい、フィーのご機嫌伺いをしに行った。


「フィー、ちょっと良いですか?」

「ひっ! ……な、何」


 声をかけただけで引かれた。肩を叩こうとした手が所在無さげに宙を彷徨う。あれ? これって、取りつく島もないと言う奴では?


「あ、あたしに何か用?」


 いや、君に用があって僕に会いに来たんじゃなかったか? まあ、今は用があるのは僕だけど。


「先ほどの事……少々冗談が過ぎました。まさかフィーがここまで気に病むとは思いませんでした。反省しています」

「ふえっ!?」


 ぺこりと頭を下げる僕に、あたふたと慌てるフィー。それを背後からこっそり(本人達はこっそりかもしれないが僕にはバレバレで)伺っているリース嬢とアイリ。告白のシーンでもないのに、何を拳を握りしめているんだか。

 だって、


「……あ、っそう。べ、別に! 別にあんたの言うことなんてこれっぽっちも嬉しくないんだからねっ! あたしが気に病む? 何勘違いしてんのよおっさん!」


 右ストレートが僕の腹を捕えた。少し痛かった。

 少しだけ、痛かった。


「用はそれだけ? それならさっさとどっか行って。あんたの顔見てるとムカムカする」

「それだけで良いですか?」

「は? 何言ってるの? 意味解らない」

「では、それだけです。魔術師殿の貴重なお時間を割いていただきすいませんでした」


 そう言って僕は踵を返す。うむ、コレで清算完了かな。


「……待って!」


 と、何時ぞやのように掴まれる僕の袖。つんのめる僕。

 先ほど謝ったばかり故、僕は怒れない。


「どうかしましたか?」


 若干いらいらしながら、しかし笑顔を作って僕は言った。


「……小腹が空いたから、何か作って?」


 小首を傾げてえくぼを作って、フィーはそんなことを言った。

 僕は笑って答えた。


「嫌です」


 どうやら、フィーは天然で僕をたらし込めようとする人間だった。




「……いただきます」


 船の食堂。そこで目の前に広がるのは、料理に近い何かだ。間違っても料理とは呼べまい。それに対峙するのは、苦笑いを浮かべているサガリ、胡散臭い笑みを若干引きつらせた僕、女子の料理に一喜一憂したトレジャーホープ号の船員達だ。


「どうぞ、召し上がってください」

「食べてみれば良いじゃない……」

「……どうぞ」


 笑顔のリース嬢が鬼畜に見え、ぶっきらぼうのフィーが外道に見え、無愛想なアイリが小悪魔に見えた。

 何がどうしてこうなったのか、僕は一から説明せねばなるまい。





 即時料理を拒んだ僕は、隠れていたリース嬢にも参戦されて窮地に立たされた。


「レイさん、ここは先ほどのお詫びとしてぜひ!」


 とかなんとか。

 この船には料理人がいるので、僕が作ると言うのは彼に申し訳ないというのと、正直鞄から取り出すならまだしも、自分で作るのは面倒だった。


「嫌ですよ。別にこの旅は依頼ではないですし、僕が料理する必要性はないですね。……お金を払って、依頼してくださるのでしたら作りますが」

「仲間じゃないんですか?」

「仲間ならば尚更、当番制ではないですか?」


 その時、僕は料理を断るのに必死で、考えていなかった。

 役割分担、適材適所。


「じゃあ、私達が作ればレイさんも作ってくれますか? 当番制なんですよね?」

「いえいえ、この船には料理人の方がおりますから、その必要性はないでしょう」

「旅費を払ってないんです。料理くらい、私達で賄いましょう!」


 そうだった。僕は知り合いであるサガリに金を払うなどとは考えず、タダでこの船に乗せてもらっている。燃料費など無く、精々食費が少し増える程度問題ないだろうと考えていたが、知り合いでもなんでもない彼女達に取っては結構心苦しい所があるのかもしれない。

 タダより高い物はないというし、さっさと借りを返しておくか。それならば料理くらいならば作るか。

 そんな甘い考えで、僕はサガリと料理人に交渉を行ない、料理に関しては僕たちが受け持つようになった。


 

 その結果がこれだよ。



 丁度昼食時間と言う事もあり、早速三人が料理を作ってくれた。アイリにも作ってもらったのは、今後の事も考えてだった。

 そして出来上がったのが見た目だけならマトモな料理が二品、見た目も怪しい料理が一品。

 立ち込める匂いや見た目だけで、既に二名程放心状態だ。


「参考までに聞きますが、三人とも、味見はされましたか?」

「そんなはしたない事出来ません」

「あたしの料理は完璧よ」

「…………」


 はい、絶望的ですね。

 覚悟を決め、僕が先導して箸を進める。ちなみに、マイ箸である。

 まずリース嬢の料理。

 ロールキャベツだ。見た目は良い。後続の一名がとんでもないので、それに比べればどんな料理も見た目は良く感じる。

 パクリ、と一口頂き咀嚼する。それを見た船員達が次々と料理に手を出し、そしてーー。


「げふっ」

「大丈夫かっ!?」


 撃沈した。サガリはコレ幸いと、そんな船員達を生き残ったメンバーと共に連れ出したーーもとい、逃げ出した。

 開始早々、戦線には僕一人になってしまった訳である。


「リース嬢、今のを見られて何か思う所は? ちなみに僕の感想は、味が薄くよく噛まなければ器官に詰まる、って感じですね」

「……すいません。私、料理した事が無くて……」


 両手で顔を隠して落ち込むリース嬢。誰にでも欠点はあるのだ。

 しかし……、とんでもない交渉を行なってしまったぞ僕。これからニルベリア皇国に着くまで、ずっと料理は僕らが受け持つと言ってしまったんだ。

 やばい、残りの二人が使い物にならなければ、僕がずっと料理をするはめになりそうだ。トレジャーホープ号の船員に頼み込まれて。


「では……、次にフィーですか」

「……無理して食べなくてもいいわよ?」


 リースの惨状を見て、目を逸らしてそんな事を言うフィー。

 おいおい、思い当たる節があるのか?


「では……、ところで、これは何ですか?」


 僕の目の前にあるのは、手のひらサイズで紫色のぶよぶよした物体だ。

 おおよそ料理の色じゃないし、触感でもない。どこの工作の時間に作ったんだ、これ。いや、なんかの召還にでも失敗したような物体だ。


「……ゼリー」


 驚いた。見たまんまだった。いや、ゼリーならあり得るか。うん、信用は出来ないが、少しばかり安心した。これで目玉焼きとか言い出した日には、僕は天変地異の前触れと取るだろうよ。うん、なんで薄っぺらいかな、これ。そしてチョイスが可笑しくないかな?


「……いただきます」


 さすがに箸じゃ食べられないと判断し、スプーンで掬う。掬おうとしたとき、皿の上をスライムのように逃げたが、一応掬えた。

 一口頂く。うむ、これは……。


「フィー、何か薬品を入れましたね?」

「ええ。固めるために、ちょっと色々」

「ちょっと色々の所が非常に気になりますが、あえて聞かないでおきますよ。ただ、あまり人に食べさせる物ではないですね」


 プロテインやら風邪薬やら、薬と名のつくもの全てを含ませたような味だ。苦みや甘みのみならず、独特の薬品臭さがあった。プールの匂い、もとい塩素臭がしないだけましと思おう。


「で、アイリのは……ハンバーグですか」

「……まあ」


 これが唯一の救いになるか、それとも絶望へたたき落とすものになるか、僕はまだ知らない。ただ、見た目と香りは普通だった。

 箸でハンバーグ(暫定)を割ると、透明な肉汁が溢れる。デミグラスソースの匂いも可笑しくはない。


「……いただきます」


 一口頂きーー、僕は頭を抱えた。食べれるレベルの料理だ。だがハンバーグ(暫定)はハンバーグでも問題ないが、ソースがやばい。


「……アイリ、このソース、何を使いました?」

「……ワイン」


 煮詰めてないだろ、それ。アルコールが全然飛んでない。ソースが完成してから、それにワインを付け加えた感じだ。その後、煮詰めていない。

 昼日中から酔わせる気か? 酔わせてどうしようって言うんだよ。


「三人とも、ちょっとここで待っててください」

「えっ……」

「良いから、動かないでここで待っていてください」


 僕は三人を置いて食堂から出て、自分の船室に戻り、鞄から紙に包まれたハンバーガーを取り出した。それをバスケットに入れ、トレジャーホープ号の皆に渡して行く。お詫びだ。

 食堂に戻り、三人にもそれを渡す。


「これが普通の料理というものです。味をしっかりと覚えておいてくださいね。間違っても! 今自分で作った料理が普通だと思わないでください」


 三人は縮こまって申し訳なさそうにハンバーガーを食し始めた。かぶりついて食べると言うのにリース嬢が戸惑いを見せていたが、他の二人が全く気にもしていなかったので、その後はハムスターが種を齧るように小口で食べていた。

 で、僕は三人の料理を一人で食べ続けた。残すわけにはいかなかった。

 ちなみに、三人が食べているのは中華風チキンのハンバーガーだ。

 厚さが十センチ程で、甘みのある唐揚げと特製のマヨネーズが絡まり絶妙な味を生み出す。触感は、さくさくふんわりのパンと、新鮮なレタスとジューシーな唐揚げの三重奏。

 それを見ながら僕は三人の料理をもくもくと食していた。だって、僕以外に誰がこれを食べられると言うんだか。

 僕がこの料理とも呼べない何かを食せるのは、魔法を使っているからである。

 食べた物ならば、どんなものだろうと分解し吸収出来ると言う魔法だ。特に取り立てて説明する事はない。口から入った物ならば、吐き気を催す事も無く分解して吸収出来るという魔法だ。手で触れたものも吸収出来れば便利なのだが、それは仕方がない。


「…………」

「……あの、無理に食べなくても」

「の、残してもいいわよ、別に」

「…………」


 無言で食してる僕に、三人は申し訳なさそうに顔を俯けた。

 が、残すなんてとんでもない。


「……僕が料理を作る際に気をつけている事は、どんな料理にも愛情を入れると言う事です」


 リース嬢とフィーの二人がどん引いた。何せ今、おっさんの愛情たっぷりの料理を食べている訳だから。アイリは特に反応もしなかった。


「食べて美味しいと言ってもらいたい、喜んでもらいたいという想いが料理を美味しくするんですよ」


 だから味見は大切だ。自分で作ったのだ、苦労した分だけ美味しければその喜びも大きい。誰かに食べてもらって喜んでもらうよりも、まずは自分を喜ばせる事から始めるべきだ。


「……あまり美味しいとは言えませんが、三人も何か想いを込めてこの料理を作ったのでしょう? その想いを捨てるような事、僕には出来ませんよ」


 ああ恥ずかしい。でも、こうでも言わなければ料理が改善されるようにも思えない。こう言った所で、料理なんて栄養が取れれば良いと思っている人には関係ない話だけどさ。

 その後、僕は無言で食べ進め、全て食べ終えると船室に戻って眠りについた。食ってすぐ寝たら太るとか、そんなの関係ない。いくら吸収出来るとはいえ、腹の大きさは変わらない。腹が苦しかった。



 それからニルベリア皇国に着くまでの二日間、僕とトレジャーホープ号の料理人による料理教室が開かれ、なんとか三人とも、人に振る舞えるくらいのレベルには達した。まあ、辺りを見ても海しかないし、やることがそれしかなかったのが大きい。

 一番先に上達したのはアイリだった。アルコールを使うのを止めさせるだけで十分食べれる料理になったからである。何故アルコールを使いたがったのか、それは解らなかったが。

 次に上達したのが、リース嬢。教えれば素直に飲み込み、すぐに成果を見せてくれた。なんか良いお嫁さんになりそうだ。

 難産だったのがフィー。彼女は栄養を取れれば良いじゃない、という典型的な例で、あまり料理に乗り気ではなかったようだ。それが何か心変わりを見せたのは良かったが、美味しければいいじゃない=栄養が高ければいいじゃない、という等式が何故か成り立っているようで、薬を混ぜたがると言う狂気を見せてくれたからである。味と栄養は等式で結べないと解ったので、なんとかなったが。



「あっ、見えました! あれがニルベリア皇国ですね!」


 出港から二日と半日、ついにニルベリア皇国が見えた。全体的に高い建物のない国で、平屋か二階建ての建物しか存在していない。木造建築が主流であり、僕に言わせれば懐かしい、他の人には田舎臭い雰囲気のある国だ。

 首都シミヤの港に降り立ち、別れを告げる。

 サガリは商売、リース嬢達は皇居、僕らはちょっと探索(小屋で依頼人と落ち合うとは言えず)だ。


「では、機会があればまた会いましょう」

「…………」

「……ふん」

「えっと……、はい」


 上から僕、アイリ、フィー、リース嬢の別れの言葉だった。言葉らしきものを言ったのは僕とリース嬢だけだった。

 あれから二日と半日経った今も、フィーは未だに機嫌を直してくれない。悪口を言った訳でもないのに、どうしてこう機嫌が悪いんだろう。いや、あれか? 僕が何も作らなかったからか?


「フィー、ちょっと良いですか?」

「……今度は何よ」


 ぶすっとした声、きっと僕を睨みつけるフィー。僕が何をしたと言うんだ。ちょっとからかっただけじゃないか。


「これをどうぞ」

「……何よコレ」


 僕は握りこぶしサイズの包みをフィーに渡す。ジト目で僕を見るフィー。あれ? 僕の周りにはそんな目で僕を見る子ばかりじゃないか?


「お菓子です。あの時は何も作りませんでしたから、お詫びに」


 中身はクッキーだ。ちなみに、この世界でクッキーはそこそこ高級なお菓子である。


「……………」


 無言で口元に笑みを浮かべるフィーを見て、とりあえずこれでいいかなと判断し、また袖を掴まれる前に別れた。



 この後、意外な形で再会をするとは知らずに。


ストーリーの進むペースが遅くはないでしょうか?

次回から、少しずつ物語が進展すれば良いな……。

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