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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一章
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純情な生け贄と黒のマモノ 3

「お二人とも、来たんですか?」

「はぁ……、はぁ……、何を、驚いてるのよ」

「そうですよ! レイさんが言ったんじゃないですか! 日の出に港と!」


 そう言えばそうだっけ。しかし、あの言い方なら普通に朝に来ると思ったんだけどな……。


 今、丁度日が昇り始めた。現在の時刻、六時少し前。

 息を切らしたフィーと、腰に手を当てて怒り気味のリース嬢がいた。


 僕の策略としては、胡散臭いおっさんの言う事は真に受けず、リース嬢達は八時くらいに港に来るんじゃないかな、と思っていた。漁に出る訳でもないのに出港が日の出、それは異常である。

 朝も過ぎた頃に来て、はははっ、と日の出に港に来ていたリース嬢達の無知を笑う、それが仮想人格βの解答だった。

 が、生憎そういう訳にも行かない理由がある。僕らがこれから乗る船は、衆目に曝すには躊躇する所がある。それでも人を小馬鹿にする選択を促すレイの人格は、少々破綻しているように思えた。

 だからあのおっさんは……。


「おっ、今回は二人も女増やしたのかよレイ」


 と、サガリが船、トレジャーホープ号から降りて来た。お察しの通り、こいつは元海賊だ。海賊は海賊でも、財宝を探して世界各地を回っていたからトレジャーハンターに近い。そして行く先々で食い逃げをして悪名を轟かせていた。勿論、食い逃げのときの台詞は『宝を見つけた時に払う』だ。

 悲しいかな、宝を見つけてしまったサガリは律儀にもそれを売っぱらって、世界各地の飲み食い屋に金を払いに行ったのだ。そして、それでも足りなかった分を今の船問屋で稼いでいる。僕の入れ知恵のおかげで、借金はなくなったはずだ。


「羨ましいですか? 分けては上げませんよ?」

「誰があんたの女だ!」

「それはちょっと……」

「…………」


 上から僕、フィー、リース嬢、アイリの反応だ。

 照れもなければ狼狽もしない、完全に僕は眼中にもなかった。

 一頻り冗談を交わして、僕らはトレジャーホープ号に乗り込んだ。




 出港からしばらく、僕は船長室でサガリと今までの事を話していた。

 甲板を見下ろせる位置にある船長室は、この船の中で一番豪華な部屋だ。ニルベリア皇国で購入したと言う漆塗りの机、帝国の貴族御用達しの家具屋のふかふかの椅子、戸棚には歴史を感じさせる古書が大量に揃えられている。壁には胡散臭い宝の地図らしき物があり、燭台なんかもちらほら見えた。

 おっさんらしく、昔話に花を咲かせた。おっさんと言っても、三十代だが。

 サガリとの話が一段落し、リース嬢達の様子を見に僕は甲板へと出る。海の風は冷たく、僕——というよりレイの赤毛を微かに揺らす。

 海しか見るものがなくなり若干飽きて来ているであろうフィーが、首を傾げていた。


「……船って、こんなに揺れないものなの?」

「いえ、もっと揺れると思いますが……」


 この船は今、全く揺れていない。だから酔わない。

 出港当時はそこそこ揺れていたが、港を出てからは全く揺れていない。

 引き籠りと温室育ちには、この船の異常さは解らないようだった。だからこそ、僕は二人にも乗れる機会を与えたのだが。

 アイカシア国首都アカシアから出発し、ニルベリア皇国の首都シミヤに到着するには、おおよそ普通の船ならば十日間かかる。けれど、この船の速度なら三日もあれば着くだろう。

 マストが風に揺られている。ピンと張られておらず、マストは旗のようにたなびいていた。勿論、船が進む速度で起こった風に。

 フィーが何かに感づいたのか、甲板から海を見ながら僕に尋ねて来た。


「ねえレイ、魔力を感じるんだけど、何か知らない?」

「知りませんよ。船の事なら、サガリに聞いてください。尻尾振ってお願いすれば彼なら答えてくれますよ」


 悪いなサガリ。僕はもう懲りてるんだ。フィーは知りたい事があれば本当に尻尾振るぞ、多分。

 サガリを売って、僕は自分の船室へ逃げる。


 船は、波を立てず滑るように海を突き進んでいた。




 この船の動力は帆に受ける風でなければ、スクリューでもない。魔石が動力となっている。もっとも、巨大で高価な魔石を使っている訳ではない。

 魔石は希少な物だが、それは大きい物だけだ。

 砂粒サイズの魔石は全くと言っていい程価値がない。なにせ、地球で砂鉄を集めるように、場所が場所ならそこら中に落ちている。さらに僕の持っている特殊な石があればそれこそ磁石に吸い寄せられるように簡単に集まる。小さくとも効果があれば砂金のように採取されるかもしれないが、魔術に使えない微弱な魔力しか放出しないので道端に転がっているのだ。

 無理にその魔力で魔術を行使しようとすれば、例えば水を生み出す魔術だとして、雀の涙程度の水滴が出来れば良い方だ。だがおそらくは、水蒸気くらいだろうか。それを生み出して、それの形状や位置を維持するために魔力はずっと使われ続ける。それでは何の役にも立たない。

 尤も、僕としてはそれはそれで加湿器になるんじゃないかと考えているが。


 閑話休題。


 さらに魔石は鋳造するような事も困難で、砂粒の魔石を集めて一つの小石程の魔石にするのは、普通に買った方が安く上がる。

 そのため、砂粒サイズの魔石は精々子供の玩具としてしか扱われず、実は身近な所に転がっている。僕にしてみれば、宝が道端に転がっているような物だった。

 幼少期から僕は魔石に興味を持っていた。

 なにせ、反永久的に純粋なエネルギーを生み出す物質だ。これを研究すれば、化石燃料を使った地球の二の舞は避けられる。環境問題など、資源をエネルギーに変えるために生まれた問題だ。純粋にエネルギーを放出してくれる魔石があれば関係ない。

 そんな考えがあり、僕は無駄に放置されている砂粒サイズの魔石を使って、子供の頃から研究していた。その研究成果の一部が、この船に使われている。

 魔石は魔力を際限なく生み出す物だ。使えば使う程効力が失わる魔宝石と違い、魔石は絶対に一定の魔力を生み出せる。魔力の放出量は魔石の大きさに比例するが、人の手で制御すれば放出量を抑える事も出来る。そのため、サイズの大きな魔石があれば小さな魔石は必要ない、小さなサイズの魔石の価値が下がると言うことになったのだろう。小さくとも魔石は魔石だと言うのに。

 純粋なエネルギーというのは、力学的エネルギーのみならず、光エネルギー、熱エネルギーなどと言った要素も含んでいる。


 話が逸れた。船の話をしよう。


 この船には竜骨はない。それどころか、クジラのお腹みたいな曲線を描いてすらもいない。船底は桶のように平で、海との接地面積を広く取っている。

 そんなこの船の底には、砂粒サイズの魔石がびっしりと(ちりば)められている。船を浮かせ、波や水との接触で減速しないようにするためだ。 

 船底に(ちりば)められた魔石の生み出す魔力は、重力に相反する純粋な上向きの力としてのみ使用している。これにより、船が水面から下に沈まないようになっている。

 これでは前に進む力がないので、船のお尻に二つ程見た目は樽、中身はジェットエンジンを組み込まさせてもらっている。ジェットエンジンと言っても、ちょっとばかり僕の秘策とも呼べる魔石を使っただけで、ただ単純に進行方向、船首に向かって推進力を生み出しているだけだ。

 イメージとしては、風呂に桶を浮かせて、それを手で滑るように進める感じだ。ただ手で押すと、桶が波を生み出し、そして波にぶつかって減速する。だが、手で進行方向に押し続ければ波は起こらず、起こったとしても波に乗り減速しない。

 これらの操作は全て船長のサガリが行なっており、実質この船は彼一人いれば動くと言う物だった。だが、料理の腕が壊滅的、天気を予測するのが苦手、地図も読めないというサガリが一人で船旅など出来るはずもなかった。というか、嫁さんに許してもらえなかったようだ。 




 バゴン、と扉が開け放たれ、フィーが突入して来た。そして、


「レイ! やっぱりあんたが作ったんでしょ!」


 駆け寄ってびしっと僕に指を突きつけるフィー。犯人はお前だ! みたいな。見れば、ニヤニヤと笑いながらサガリが逃げて行く所だった。

 げっ、サガリの奴、僕を売りやがったな。妻子持ちのくせに。……これは関係ないか。嫁さんに言いつけるぞ! ……何をだろう。あの様子を見る限り、フィーに尻尾を振ってもらったようには見えなかった。


「やれやれ、バレてしまいましたか……」

「教えなさい!」


 むむっ、随分と高圧的な物言いだな。躾が必要かな?


「そうですね……、では三回回ってワンと言ってくれたら良いですよ?」

「え!?」


 女の子に何をやらせようとしているんだか、僕は。

 そして何を逡巡しているのだ、フィー。


「……うぅ」


 フィーは琥珀色の大きな瞳に薄く涙をためて、僕を上目遣い。もの言いたげに少し尖らせている薄桃色の唇が妖艶。波風に揺られる短い茶髪を、思わず撫でたくなった。否、愛でたくなった。

 くそ、これは確信犯か? それとも天然か? どちらにしても、僕にはダメージがでかすぎる。可愛い物好きな僕には、少々厳しい。

 僕はわざとらしく頭に手を当てる。


「……少し風に当たってきます」

「逃げるの?」

「酔っただけです。…………君の瞳に」

「………………」


 言った瞬間、フィーは完全沈黙。その後、無言で僕を殴り飛ばして逃走して行った。これに懲りたら僕に媚を売るのは止めるんだな。

 うむ、こういう時の仮想人格は頼りになる。取り返しのつかない事をしている気もするが。


「…………」


 ちなみに、そんなやり取りをアイリはジト目でずっと見ていた。

 何も言わず、我関せずと。

 


船の理論は適当です。

指摘、意見があればどしどしお願いします。

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