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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一章
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純情な生け贄と黒のマモノ 2

 大陸東部に位置するアイカシア国、その首都であるアカシアは港を有する都市だ。港があるため流通が激しく、著しい発展が見られた。

 というのは置いておいて、僕は宵の口、港で仲間に会っていた。リース嬢達は、『ちょっと考えさせてください』と言って、屋敷に戻って行った。うん、それで良い。で、アイリは付いて来ていた。付かず離れずである。

 僕達は黒のローブに身を包みフードを深く被って、港で待ち合わせをしていた。


「アイリ、別に付いてこなくても良かったんだぞ? 今日はアポを取るだけだったんだから」

「……あぽ?」


 知らない単語に首を傾げるアイリ。秘書みたいな冷静な対応ではない、子供みたいな可愛らしい仕草にきゅんと来た。

 と、一人の男が歩いて来るのが見えた。巌のような筋肉質の男で、短い金髪と相まっていかにも海の男と言う雰囲気を出している。男は僕に気付くと、手を振りながら駆け寄って来て、肩をばしばし叩いた。


「久し振りだなマ……、ごほん、レイ!」

「久し振りだね、サガリ。一年振りだけど、相変わらずだ。それと、大声じゃなければ僕の名前を呼んでも良いよ」


 そう言って、僕はちらりとフードの下から黒髪を覗かせる。というか、身長で解れよ。


「いや、遠慮しておくぜ。俺は声がでかいからな。しかし、お前は変わってるようで変わってないな」

「まあね。売り上げは上々かい?」

「当たり前だ。本当、お前の知識はすげえな。バレないようにするのは結構難しいが、その労力が報われる収益だ」


 ニッと笑みを浮かべるサガリ。

 彼には、僕が発明した技術の実験台になってもらっている。本人は気付いていないようだが。といっても、安全は確信しているので問題はない。

 万が一事故を起こしても、ちょっと船が木っ端みじんになるだけだ。問題ない。


「急な話だけど明日、ニルベリア皇国に行く事になった。船出せる?」

「ニルベリア? なんだってまたそんな田舎に……隣の彼女と旅行か?」


 にやにやと笑みを浮かべるサガリは、レイの知り合いだと思う。類は友を呼ぶんだ。

 しかし、特に変な反応はしない所を見ると、ニルベリア皇国で何かが起こると言う訳ではないのか?


「違うよ。そんな事言ったらアイリが怒——」

「そうです、旅行です」


 僕は冗談はやめてくれ、と肩を竦めようとしたが台詞は遮られ、とん、と微かな衝撃が伝わって来た。

 アイリが、僕の腕に絡み付いて来た。ちょっ、胸が当たってますよ。


「はははっ、さすがだな。良いぜ? 快速で飛ばしてやるよ」

「何がさすがなんだよ。……まあ、よろしく頼むよ。っと、明日は僕、レイの格好で来るからよろしく」

「解った。そん時はあいつの人格で話してくれよ」


 そう言って手を振り、サガリは自分の船へと戻っていた。彼は港に船を泊めていても自分の船の部屋、船長室で寝る。なんでも、大切な物があるとか。

 サガリは元々レイの知り合いで、レイと一緒にいた時に知り合った。レイと一緒にいて船旅をするときは、必ずと言っていい程顔を合わせていた仲だ。といっても、レイが死んで以来、顔を合わせる機会は減ってしまったが。

 レイの人格で話、ね。 

 僕の魔法は、故人を愚弄していると言われても仕方がないな。




 宿への帰り際、リース嬢の屋敷に寄ってみた。勿論、黒のローブは脱いでレイの姿になっている。ローブを着て行ったら、即不審者扱いで逮捕、そして実刑になりそうだ。

 数日で変わるはずもないが、相変わらず豪邸だった(フィーの魔術実験が失敗、なんて事があれば変わるか)。前世の学校くらいの大きさだ。敷地も建物も。

 侵入を困難にするための先の尖った柵、敷地内を覗かれないための木々。ライオンのような彫像がある門、その先に広がる石畳と噴水。右手に庭園、左手に芝生。落ち着いた印象を与える白い三階建ての屋敷、テラスが印象的。

 僕も将来、こんな屋敷に住みたいな。いや、やっぱり城にしようかな。魔王だし、屋敷は別荘と言う事で。いやいや、そこまで贅沢しちゃ悪いか。

 などと考えながら、僕はフュリアス家のメイドさんに連れられて屋敷の前に立っていた。そのメイドさんも今は屋敷にリース嬢かカイルを呼びに行っている。

 言伝でも良かったのだが、昼間の事を考えると、それはまずいんじゃないかなと思った次第、わざわざ面会を求めた。

 二人をニルベリア皇国へ行かせないためにあんな事を言ったのだが、よく考えてみれば、国に呼ばれておいて行かないと言う返答は無理だろう。

 とりあえず、明日ニルベリア皇国に向かう旨と、機会があれば誤解を解いておこうかなと思っていた。

 のだが、


「やあ。久し振りと言う程でもないが、久し振りだね」

「……そうですね、カイル」


 出て来たのはカイルだった。ゆったりとしたバスローブに身を包み、いかにも金持ちといった雰囲気だが、不思議と気に触りはしなかった。


「上がって行って、と言ってもすぐ帰るんだろ?」

「ええ。ちょっとリース嬢達に伝えたい事があるだけですから」


 ドアを半分程開いて、手で支えつつドアに身体を預けるカイル。


「昼間の事なら、別に何も言わなくていいよ」

「はい?」


 カイルの口からその話が出るとは考えておらず、思わず聞き返してしまった。そんな僕の様子が可笑しかったのか、カイルは笑いを堪えていた。

 なんだか、カイルの前では僕も調子が狂うな。お互い様かもしれないが。


「いやね、夕食の時に聞いたんだよ。やけに機嫌が悪いと思っていたけど、まさかそんな話だとは思わなかったよ」

「リース嬢はなんと?」

「僕にその話をした後、『レイさんがそんな人だとは思いませんでした! もうっ!』って感じだったよ。で、フィー君が『そうかな? 見たまんまじゃない?』って言ってたかな」


 おいカイル、何も言わなくていいよって、まさか……。


「で、私が『それって唯単に、昔世話になった女の子の頼みを聞きに行く、って意味なんじゃないかい?』って言ったんだけど……図星みたいだね」

「……感服ですよ。本当、あなたに嘘は付いても意味がない。面白い冗談も詰まらなくなってしまいますね」


 僕は肩を竦めるしかなかった。

 いやはや、まさか話を聞いただけのカイルに見破られるとは。まあ、結果オーライだ。僕の冗談は意味を無くしていたんだから。


「お察しの通り、昔に知り合った女の子の頼みを聞きに行くんですよ。あくまで予想ですがね。騙したと言うのも、僕はこんな性格ですからね、しょっちゅう嘘をついてますから」


 むしろ僕は嘘で構成されていると言っても良い。

 仮想人格は関係なく、魔法で自分の存在を偽っているのだから。


「では、リース嬢達に伝えてください。明日の朝に僕らはニルベリア皇国に発つので、日の出に港で待っていてくれれば行き違いにはならないのでは、と」

「それって、かなりいい加減じゃないか?」


 苦笑するカイルに、僕は微笑む。

 そうだよ、これってかなり意地悪い伝言だよ。


「ニルベリア皇国行きの船なら、転覆しても気にならない程度出ていますからね。僕と一緒に行く理由らしい理由もありませんし、今回の件で少なからず不快な想いもされているでしょうから。会えたら一緒に行く、程度で良いでしょう」

「解った。一字一句、間違いなく伝わるよ」


 最後の言い回しが少しばかり気になったが、僕はそれではと別れた。

 石畳を踏みながら門へと向かう僕に、今まで一緒にいたにも関わらず、忘れるくらい静かにしていたアイリが話しかけて来た。


「……私の事は、はなさないんですか?」

「話さないよ。そんな事をして、一体誰が幸せになれる?」


 暗殺者は行方不明、それで良いのだ。

 アイリが罪として受け止めるのなら、罪悪感に苛まれると言うのなら、カイルがガイラスの復讐をしたい、いかなる罪人も法によって裁くべきだ、というのなら僕は真実を話そう。

 だが、アイリは罪には感じていない。そういう感情が抜け落ちてしまっている。

 カイルが何故人気があるのか、それは人の感情をも理解出来るからだ。ただ単純に法に乗っ取った裁きをするのではなく、人の心を考えて裁きを下す。彼の目は魔法のように嘘を見破る。犯人に更正の余地がなければばっさり切り落とすし、それが見られれば刑を軽くしたりもするのだ。勿論、遺族なんかの気持ちも考えて。

 前世であれば、きっと裁判長としては失格だろうが、そのシステム自体が深く浸透していないこの世界では問題ない。いつかは問題になるかもしれないが。

 そんなカイルならば、アイリを裁くなどとは言わないだろう。彼女を裁いた所で、何一つ報われる物はいないのだから。




 宿に戻り、僕はレイの姿から戻る。相変わらず、部屋には月明かりしかない。


「はぁ……」


 魔法は使い続けていても一向に疲れないが、僕は恐ろしいのだ。

 自分の姿を忘れてしまうのが。父さんと母さんの息子である僕が消え去ってしまうのが、怖いのだ。


「……震えてますよ」


 アイリが僕の手を握って、そう言った。

 あれ、本当だ。震えてやんの、情けないな。

 と、僕はベッドに押し倒された。勿論、アイリによって。ちょっと、胸が当たってーーもういいや。確信犯だろ、当ててるんだろ?

 本当、アイリの考えている事はよく分からない。くっついて来たり、一向に近づかなかったり遠ざけたり。


「……私、嬉しかったです」


 何が? なんて野暮な事は聞けない。

 聞かない代わりに、沈黙と共に頭を撫でてあげる。


「……私の事、はなさないと言ってくれて、嬉しかったです」

「うん。話さないよ。それでアイリは幸せでいられるか?」

「はい。……だから、はなさないでくださいよ?」


 そう言うと、ぎゅっと僕を抱きしめてくるアイリ。

 まるで僕の温もりが、どこかに行ってしまうんじゃないかと不安げで、離さないと言わんばかりに。小さいながらも小刻みな鼓動が僕に伝わって来る。


「話さないよ。……いや、離せないよ」


 一度失って、再び手に入れた物は、失う恐怖とその心地よさを知っている分だけ、手放しづらい。

 だから、現状維持。一線は越えるつもりはない。


 柔らかな感触を強く押し当てられて、僕はふと思った。

 ……もしかして、アイリは僕に真実を『話さないで』じゃなくて、私を『離さないで』って言っていたのか?

 …………可愛いな。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 レイが帰って行くのを見送り、私はドアを閉じた。

 本当、いつバレるかヒヤヒヤしていた。それはそれで面白そうだったが、こちらの方がもっと面白そうだ。


「ほらね? 二人が考える程、彼は不誠実な人間じゃないよ?」


 私はドアの裏側に隠れていた、もとい隠していたリースとフィー君に笑みを見せる。ほらね、私に偽りは効かないのだ。


「……レイさん」「レイ……」


 と、二人とも言葉を無くしていた。だが、これは答えを聞くまでもないな。


「じゃあ二人とも、早く寝なさい。早起きは三文の得と言うよ」


 彼の捻くれた性格からすると……、まあ、私は行けないからどうでもいいか。

 しかし、彼は本当に面白い。

 いつか、本当の姿で会いに来てもらいたい物だな。

 それもそんなに遠い話じゃないだろう。

 

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