純情な生け贄と黒のマモノ 1
首無し磔貴族の護衛任務から数日後だった。
アイカシア国首都、アカシアのギルドの受付にて、受付嬢から伝言もとい、任務を頼まれた。
「うん? 僕に依頼かい?」
「はい、そうです」
どうやら、ニナから僕宛に依頼が送られて来たようだった。
受付嬢は手紙を僕に渡すと、さも忙しそうに奥に引っ込んで行ってしまった。これは僕が引かれたんじゃなくて、手紙の内容を見ないように気を遣っていなくなったんだと思いたい。
ちなみに、僕こと『Gランクの天才』に依頼をするのはなかなか難しい。一つは、僕自身が連絡手段に魔宝石(魔石ではなく、一度きりしか使えない魔法を付加した唯の石ころ)を与えた場合。これは僕に直接伝わってくる。今回はもう一つ、ギルドの厳重な審査を通って来た場合のようだ。
が、依頼内容はニルベリア皇国首都、シミヤの端にある小屋にてと書かれていた。そこまで来てから話はする、という旨が手紙には書かれていた。
胡散臭い……。
どの口が言うんだとか言わないで。
しかし、ニルベリア皇国か。あそこには……アオイくらいしか知り合いはいないな。もう三年経ったが、元気だろうか。実は、一度行ったきりでニルベリア皇国には行っていなかったりする。そう言えば、アオイには連絡手段である魔宝石を渡してあったよな。と言う事は、これはアオイからの依頼ではないのか。でも、こんな内容の依頼が僕に来るのは……ふむ。
ニルベリア皇国は食事が味気ないという理由で、実はあまり人気がない。島国で行きづらく、田舎でこの世界の観光地には向いていない。
というのも、魔物なんかが闊歩しているからそこまで開拓が進んでおらず、自然なんてわざわざ見る物じゃないと言うのが一般的だ。旅行と言えば、進んだ国の町並みを眺め、珍しい物を買うのが普通である。
ニルベリア皇国に行く者の大半は養生に行く者だ。巫女の神聖術に希望を抱いて海を渡る。精進料理(味気ない料理)が主食で、落ち着いた田舎。病人に取ってはこれ以上ない療養地だろう。
健康な物に取っては刺激が足りないと言うか、詰まらない国である。かくいう僕も、しばらくは行かなくていいやと思ったのだ。だからアオイが元気かとか、薄情にも知らないのだ。
十六歳になったあの子は、一体どうなっただろう。
さぞかし美少女になった事だろうな……。
と。
スパーン、と後頭部に衝撃があり、僕はくらりと姿勢を崩した。
痛い、結構痛い。誰がぶった、慰謝料請求するぞ! という怒りではなく、どうしようもない途方に暮れた感じで僕は振り返った。
「レイ、顔がにやけてます。……その顔は気持ち悪いです」
「アイリ……」
僕は殴って来た元暗殺者の少女、アイリに苦い視線を向ける。
それを目を閉じて涼しい顔で受け止めるアイリ。人様を殴っておいて、随分態度が大きいじゃないか。反抗期かい?
「……他の方の迷惑です。場所を移動してください」
「……はい、すいません」
あのね、なんかね、態度が冷たいよ。
僕は一体どこで調教——じゃなくて教育を間違えたのだろうか。
あの日は抱きついて離れなかったのに、今じゃ一定の距離までしか近づかない。付かず離れず、その様は秘書のようだった。僕は嫌われてもいないが、好きでもないと言う事か? でも、僕から近づいても避けるんだよな。一定の距離を保つんだよ。でも夜にベッドに入って来たりするのは何故だろう。よく解らない。
……あれか。好きな事には好きと言える、嫌いな事には嫌いと言えるように教育した所為か。そして成果なのか。最後は僕、罵倒されてたもんね。
僕の自業自得だった。
回想してみよう。
「……私の名前は……アイリ、です」
「アイリ、ね。良い名前じゃん。よろしく、アイリ」
そう言って頭を撫でてやったら、小さく照れくさそうに笑っていたっけな。あの時のアイリは可愛かったな……。
「マ……れ、レイ。なるべく近寄らないでください。あなたと一緒にいると勘違いされそうで嫌です」
面と向かって嫌と言われて、凄く傷ついた。そして、アイリは僕に近づかなくなった。
回想、終わり。
むなしくなった。
アイリは拳銃を持っていたが、それはどうやら渡された物らしく、手榴弾もそうだったようだ。その使い方も教えられていたが、今は僕が預かっている。近代兵器など、迂闊に見せていい物ではない。誰でも簡単に人を殺せるなど、あまりよろしくない。
恐らく、僕と同じ前世の記憶持ち……いや、魔法使いがいるのだろう。かなり思慮が浅い奴だ。魔法使いと言えど、脳天をぶち抜かれれば死ぬと言うのに。
隷属の首輪により、身体が勝手に暗殺者として生きて来たアイリの身体能力はかなり高い。おっさん状態の僕よりも上だ。
と言う訳で、僕はGランクらしく、大人しくアイリに引っ張られて行った。むしろ引きずられているようだった。
ギルド内にある休憩スペースに運ばれ(もはや自分の意志はない)、四人掛けの机と椅子にうつ伏せになりながら、僕は今後の予定を話した。
「で、ニルベリア皇国に行く事になった。どうする?」
「……どうするも何も、一緒に生きますよ」
気のせいかな? goじゃなくてliveに聞こえたんだけど。
まあ、一緒に来るのに変わりはないか。
と。
「レイさん……ですか?」「えっ、本当だ」
聞き覚えのある声が聞こえた。具体的には、戦姫様と偏屈魔術師だった。
「レイさんもニルベリア皇国に行くんですか?」
「ええ、まあ」
いつの間にか同席している二人。
フィーは予想通り、リース嬢の家で厄介になっていたようだ。
も、って事は、彼女達もニルベリア皇国に行くのか。
「お二人は? 観光か何かですか?」
「いいえ、私が呼ばれたんです。それで、フィーには付き添いで」
「リース嬢が?」
呼ばれた……ねえ。アイカシア国とニルベリア皇国は友好関係にあるが、戦姫を呼び寄せる、ねえ。何だか嫌な予感がするな。
「リース嬢、つい先日襲われたばかりではないですか。大丈夫なのですか?」
「はい。お父様が犯人に目星を付けられていて、すぐに捕まりました」
おいおい、優秀すぎるぞカイル。僕は誰が怪しいとか教えただけなのに。証拠とかはなかったのに。それを数日で、か。恐ろしい。というか、裁判長の職権乱用じゃないか?
「ところで……彼女は?」
「彼女? ああ、アイリですか」
先ほどから黙っているアイリを不思議そうに見るリース嬢。この子があなたの命を狙っていたんですよ、とは言えないし、フィーに至っては殺されそうになっているので、どうしたものか。
よし、見た感じで騙そう。
「僕の秘書ですよ」
「いや、Gランクのあんたがどっちかというと秘書とかでしょ」
そうかもしれないな。実際、雑務に関しては僕は天才的とされている。
雇いたいと目の前のリース嬢も言ってくれた訳で、その腕は折り紙付きなのだから尚更だ。
「……アイリです。レイがご迷惑をお掛けします」
おいおい、アイリは僕の保護者かよ! という突っ込みを二人の時ならしているが、リース嬢達の前では出来ない。レイと言うおっさんは常に自分のペース、流されたりはしないのだ。でも僕は何か言いたい。でもなんて言えば良いのか解らない。
と、僕が悶々としている間に女性陣は自己紹介を終えていた。
「で、あたし達と一緒に行かない? どうせ同じ場所に行くんでしょ」
「そうですよ。レイさんなら良いですよ」
「そうですか? 僕なんかで良ければ、ご一緒させてもらいますが」
って言っても、実はあんまり乗り気じゃない。
僕は信用を落とさないために行くしかないが、二人には出来ればニルベリア皇国には行かないでほしい。何か嫌な予感がしている。
そこで、僕はニコリと笑ってこう言った。
「昔騙した女の子の責任を取りに行く僕でよければ」
リース嬢の顔が笑顔で凍り付いた。フィーは驚いた顔をしている。アイリは僕をちらりと一瞥し、また視線を外した。
「えっと、その冗談ですよね?」
三人を代表したように言うリース嬢に、はははっと笑い飛ばした。
笑い飛ばして、何も言わなかった。
沈黙は物語る、ごめん真実、と。
アオイからの依頼なら、あながち間違っちゃいないんだよな。というか、僕は基本的に皆最初は騙してる。そういう意味では、リース嬢達も未だ騙され続けていると言っていい。
「あんた、責任取るとか意外と甲斐性あるのね」
ちょっ、フィーなに言ってるの!?