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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一部 序章
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プロローグ

 ごめんなさい父さん、母さん。僕はあなたの息子じゃないんです。化け物なんです。前世の記憶がある僕は、二人の息子になれません。


「あなたは化け物なんかじゃありません。掛け替えのない私の可愛い息子です」

「お前が自分の事をどう思っていようが、お前は俺の自慢の息子だ」


 友達のために喧嘩して泣いて、雪だるまが溶けちゃったのに泣いて、家族でご飯を食べていても泣いちゃうお前は、私達の可愛い息子だよ。


 二人の言葉に、僕は涙を零した。僕は泣き虫だ。

 屋敷に幽閉されていた貴族の娘である母さんと、それを助け出した執事の父さん。二人の愛は前途多難だったが、話を聞かされた僕にすれば、最高の結ばれ方をしたと思う。

 そんな二人に愛されて、僕は嬉しかった。そして申し訳なかった。こんなにも愛してくれていたのに、僕はそれを拒否して来た事になるのだから。だからこれからは二人に愛された分、僕も二人を愛そうと思った。

 

 けど、するんじゃなかった。

 僕は間違っていた。

 何が愛されたから愛すだ。

 

 魂の探索者(ソウルサーチャー)と呼ばれる、予言者もどきの魔法使いが言った。


『魔王が復活した』、と。


 黒髪の魔法使い、生まれてまだそれほど経っていない。

 彼の者を今すぐ殺さなければ、のちに世界は大きな変革を迎える——とそいつは言った。

 それにより、未だ魔王が世界征服をしようとしている、という妄言を信じていた帝国は、帝国中の黒髪の子供を虐殺し始めた。

 帝国は元々黒髪の人間が少ない国だ。

 だから、僕もすぐにその対象となった。


「逃げろ。ここは俺達がなんとかするから」

「でも父さんや母さんが——」

「いいから行きなさい!」


 駆け出す僕と親友。

 執事の前は剣士をやっていた父さんと、魔術師として名を馳せた母さん。

 二人なら、なんとかなる。

 けれど、立ち止まって振り返った僕が見たのは。


 剣。

 一本の長剣が、僕を庇った母さんを——その母さんを庇った父さんを——二人そろって突き刺した。

 僕が立ち止まって、投げられた剣に刺されそうだったから。


 僕は理解した。

 僕はなんとも罪深い存在だったのだと。

 力ある者が怠惰に過ごす事は許されなかったのだと。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 必死に逃げているのに、決して助かりそうな気はしなかった。

 どれだけ必死に走っても、森に逃げ込んでも、足音が止まない。

 草木が深く生い茂る森の中に少しだけ開けた場所があった。そこでふと親友が歩みを止める。

 そして……。


「もしもお前が魔王だったら——、世界征服をした魔王だったら、きっとこんな事にはならなかったよな」


 僕の前にいるのは、僕だ。僕が僕の声で僕に語りかけてくる。

 目の前にいるのはどこからどう見ても、僕でしかない。頭のてっぺんからつま先まで見ても、やはり僕だ。頭の中身を覗いたとしても、DNAや指紋を検査した所でも僕だろう。

 けれど、僕は知っている。

 これは僕じゃなくて、彼だと言う事を。


 不意に、身体が鉄になったようにまるで動けなくなった。

 魔法。

 彼も、魔法を使えたのだ。 

 そのまま僕は抱えられ、木の影に隠される。

 そして、彼は僕の笑顔を浮かべた。


「じゃあな、親友。これは俺が勝手にやった事だ。お前が気に病む必要なんてない」


 巫山戯るなよ。

 なんでだよ。どうして僕を庇うんだよ。

 

 なんだって、『勇者』のお前が『魔王』の僕に化けて、代わりに死ななきゃ駄目なんだよ。


 彼は人当たりが良く、誰にでも優しく、だが怒るときは怒る、出来た奴だった。前世の記憶の有る、転生者である僕にも優しくしてくれた、同じ村に住む僕の親友。 

 それは、僕が異能の力を持ち、魔王と呼ばれても、差し出さなければ村を焼くと言われても、変わらなかった。

 結果、村は帝国に攻められた。

 

 村は焼かれ、なんとか逃げ出した僕ら家族と親友は、けれど追っ手に追われ続けていた。

 三日前に両親は足止めをするため、僕らと別れた。

 その次の日、追っ手は変わらず追って来た。


 鉄のように身体が動かぬ僕には、手も足も知恵も出せない。

 でも、目から涙は出ていた。

 いや……それは、ただ降り始めた雨が、僕の額に当たって滴り落ちただけだった。

 

「いつかで良い。お前が本当に魔王で、王国なんて作ったらさ、俺をそこに住ませてくれよ。お前が作る国だからあんまり期待してないけど、でも……」


 そう言って、僕である彼は涙——ではなく笑顔を見せた。僕ならば、泣いていたのに、彼は泣かなかった。


「お前の国は、愛に溢れてるだろうな。出来たらそれを、少しでも俺にわけてくれよ」

 それが、孤児である彼が、僕に向けた最後の言葉だった。

 

「黒髪……、貴様魔王だな!」

「やってくれたな人間ども! 皆殺しにしてくれる!」


 僕は身体を動かせない。

 だけど、意識はある。目は見えるし、耳も聞こえるのだ。

 僕は、僕の声で魔王らしく語る、勇者の彼の声を聞いた。

 

「大人しく死ね! 魔王!」

「人間風情が調子に乗るな!」


 それから、幾度と無く剣が混じり合う音を聞いた。

 呻き声、断末魔が何度も聞こえる。

 その度に、帝国の騎士を煽る僕の声が聞こえた。

 けれど、その言葉も次第に小さく、苦しそうになっていき……。

 遂に。


「やったぞ! 魔王を殺したぞ!」


 聞こえなくなった。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 夜の闇程に暗い雲が雨を降らせていた。土砂降りだ。歩くたびにぐじゅぐじゅと音を立てる森で、僕は立ち尽くしていた。

 身体が動けるようになったのは、あれから半日後の事だった。

 そこに転がっているのは、まぎれもなく僕の身体だ。

 首から上が無くなった、僕の死体。


「……やはり、彼も駄目でしたか」


 僕に掛かっていた魔法を解いたおっさんがそう呟いた。 

 銀縁眼鏡が光っているのは、月の光が原因だろう。断じて、おっさんの涙であるはずがない。

 

 僕が泣いていないのに、こんなおっさんが泣いているはずはないのだ。


「『魔法使い』は皆、死ぬ運命にあるのやも知れませんね」


 魔法使いと魔術師。

 似ているようでまるで違う、二つの異能力者。


「巫山戯るな! 何が魔王だ! 何が化け物だ!」


 魔王の僕が死んだ事は、国中に知れ渡った。

 当時六歳、まだ純粋な子供だった僕の首を曝すと、国民から反感を買うと判断したのか、僕の顔は魔王として曝される事はなかった。

 記録上、僕は死んだ。

 だが、僕は生きている。その顔を隠す事も無く生きられた。

 

 僕の身代わりがいたから。


 もういいや、もういいよ、もう止めだ。二度目の人生、達観して悟って偽善者ぶって生きようかと思っていたが、それに何の意味がある?

 僕の幸せを奪うなよ。やっと掴みかけた幸せを——、家族を、友達を奪うなよ。

 オーケー、理解した。僕がこの世界に生まれたのは、このためなんだな?

 こんな腐った世界、滅ぼしてやるよ。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 これは、魔法、『魔の法則』を極めた転生者、魔王の物語。

 僕こと、生き残った男の子の復讐の——、


「好きです、一緒にいさせてください」

 寄り添われた。

 

 復讐——


「好きになっちゃったんだからしょうがないじゃない、この馬鹿!」

 後ろから抱きつかれた。


 ふ、ふくしゅ——


「私はあなたに愛されたいのです」

 抱きしめられて、見つめられた。

 

 復讐の物語——、かもしれない。


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