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如月めぐむの証言

【如月めぐむの証言】


「父親がブラックジャックのファンでね。だからこういう名前なんですよ。個人的には好きでも嫌いでもないです」

 如月はそう言うと、ストレートの黒髪をゴムで後ろにまとめた。顔は雪焼けのせいで、焼いた煎餅のように黒くなっていた。如月はスキーをよくやるらしい。

「いつからここで働いているんですか?」と佐々木は聞いた。

「三年前ですね。オーナーは地元で有名なシェフだったし。僕はスキーが好きだったし。運よく求人が出されていたし。まぁ、そんな感じで働き始めました」

「もともとは料理人を目指しておられたんですか?」

「ええ、まぁ。目指していたというより、なれればいいな、くらいの夢でした。だから僕はいまだに料理人になれていないんですよ。迷っているのかもしれません」と如月は笑顔を作った。

「では、さっそくですが色々と教えてもらいますか?」

「ええ。さっき刑事さんに行ったことと、同じようなものでいいのなら」と彼は頷いた。

「磯台さんに初めて会ったのはいつですか?」

「初めて会ったのは二年前ですね。お客さんとして、まぁ、あたりまえですけどいらっしゃいました」

「その時は一人で?」

「ああ、どうだったかな。うーん、あ、二年前、僕が初めてあった時は女性と一緒でした」

「女性の名前などは覚えていますか?」

「いいえ。そこまでは。その一度しか見ていないですし」

「女性とはどういった仲だったか分かりますか?」

「友達のようでしたよ。と言っても、彼女たちと接する機会はあまりなかったですね。僕はキッチンとダイニングでしか作業していませんし。もちろん、ベッドメイクもしますけど、それはお客さんが外に出て行った時にやりますし」

「ところで、磯台さんはいつもどうやってペンションに来られていたんでしょうかね?」

「車じゃないですか? あ、でも違うな。確か彼女は車の免許を持っていないって言ってた気が……。もしかしたらタクシーかもしれません。あー、でもタクシーじゃ高くつくなぁ」

「では昨日は、何時頃、磯台さんに会いましたか?」

「昨日ですか? 午後六時くらいにダイニングで。料理を運んだ時ですね。彼氏さんなのかな、真田さんという方が一緒でしたよ」

「何か磯台さんに変わった点などありました? 気になったところでも」

「いえ、特に。僕は『また来ていただいて、ありがとうございます』と言ったんですが、『またお世話になります』と普通に答えていましたよ。誰かに殺されるような心配があったようには思えません。まぁ、殺されるとは思っていなかったんでしょうけど」

「磯台さんが誰かをじろじろと見たりはしていました?」

「じろじろですか? えーと。ああ、なぜか他のお客さんを見ていましたね。女性の方と、あの二階っていう男の人です」

「どういったふうに?」

「いやぁ、まぁ、どういったふうにと言われても困るんですが、ちらちらと。何か気になったのかもしれません。宿泊客も少ないですし、その人たちがどんなに普通でも視界に入りますからね」

「なるほど。では午前零時五十分頃の話を聞かせてください」

「ええ。僕は自室で、屋根裏部屋のことなんですけど、寝ていました。そうしたら大きな声が下から聞こえて、なんだろうと思って二階に行きました」

「屋根裏部屋に窓はありますか?」

「ええ、ありますよ。横に長いやつで、上にパカっと開くタイプのものです。窓は玄関側の方についています」

「その窓から人は入れますか?」

「え?」と如月は驚いた表情を見せた。「ええ、まぁ、横になれば……。でも降りれる場所なんてありませんよ?」

「そうですか。いや、なんでも聞くのが商売なもので」と俺はわざと笑った。

「二階へは直接行けるのですか?」と佐々木が聞いた。

「いや、まず一階に降りてから行かないとダメですね。僕はリビングを抜けて、階段を登って二階に行きました。二階に着くと、二○二号室に人が集まっていました。中で真田さんが磯台さんを抱えているのが見えました。磯台さんはぐったりとしていて、頭は血で真っ赤でした。だから僕は『警察に』と」

「なぜ警察に? 救急車では?」

「ああ、その時は救急車だとは思いませんでした。なぜかと言ったら取り乱していたというのが一番わかりやすい理由かもしれません。あと、僕は前に自動車事故を起こしたことがあって、その時、間違えて救急車を呼んだことがあるんですよね。で、まぁ、その時のこともあって、とりあえず警察を呼べば、救急車もついてくるんじゃないかと……。恥ずかしいですね」

「で、オーナーさんが警察に電話したと」

「はい。そうみたいですね。僕は部屋に入って、磯台さんがどういった状態なのか見てみました。残念ながら死んでいました。脈も確かめたし、瞳孔が開いているかどうかも見ました」

「何か気付いたことは?」

「何も。窓が開いていたことだけです」

「リビングに戻ったあとのことは?」

「奥さんと一緒にお茶を出して、それだけです。朝までテレビを見ながら起きていました。あとは、二階さんが取り乱していたので落ち着くよう言いました。真田さんのことを色々と言っていましたね。幼いです」と如月は最後、呟くように付け加えた。

「何か気付いたことは?」

「なにも」と如月は首を横に動かした。

「些細なことでもいいんですが」

「なにも」

「そのあと二○二号室へは行きました?」

「行っていません。あれから二階へは行っていません」

「分かりました。ありがとうございました」


 ペンションを出ると、俺たちは車に戻った。佐々木はエンジンをかけ、ゆっくりと駐車場を出た。

「署に戻って、まだまだ色々と調べないといけませんね」と佐々木は言った。

「そうだな」と俺は行ってタバコを胸ポケットから出して、車に置きっぱなしにしていたライターで火をつけた。

「真田が一番怪しいですけどね」と佐々木は言った。下り坂を慎重に運転していた。

「なぜそう思う?」

「え? まぁ、まだ色々調べないといけないことはありますけど、動機がありそうなのが真田くらいしか見当たりません」

「従業員は?」

「もしかしたら、何かあるかもしれませんけど……」

「客は?」

「……。藤堂さんは誰が怪しいと思っているんですか?」

「俺は……。まぁ、詳しいことは言えんよ。ただ真田じゃないとは思っている」

「なぜです?」

「勘だ」

「勘って」と佐々木は驚いたのか少し声が大きくなった。

「ただ、真田の涙は本物だと思っている。あれは人を亡くした奴の涙だよ。嘘泣きじゃあない」と俺は言って、煙をゆっくりと肺にいれた。そして、体に入っていたものを全部出すように吐いた。

 佐々木はそれから署に着くまで黙っていた。たぶん気を使ってくれたんだろう。

 妻が死んで、まだ二カ月しか経っていない。


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