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矢野幸一之介の証言

【矢野幸一之介の証言】


「こういちのすけ、さんですか。珍しい名前ですね」と俺は言った。

「そうでしょう。祖父からつけられたものなんです。私は四人兄弟の末っ子なんですが、親父が名前なんてどうでもいいと思ったのか変わり者の祖父に任せまして。そしたら、こんな名前ですよ」とペンション()()野依(のい)のオーナーは笑った。

「ペンションの名前も変わっていますね」

「ええ、これは順番を入れ替えたら娘のフルネームになるんです」

「ああ、なるほど」と佐々木は言った。

「このペンションは長いのですか?」

「十年くらいでしょうか。私はもともと、自分の経営しているレストランでシェフとしても働いていたのですがね、そこの経営を娘と娘婿に任せて、私はここでこう暮らしているわけです。趣味が仕事みたいな生活です。山奥ですから、人も来ませんし。値段も安くしているので、利益なんてあまり出ないんですが。まぁ、でも貯金はあるし、レストランの利益があるので問題ないのですがね」

「レストランの名前は何と言うのでしょう?」

「リリアーヌです」

「もしかして、N市にある?」と佐々木が聞いた。

「ええ、そうです」

「そのレストランなら知っています。有名ですよね。雑誌にもよく掲載されていますし」

「おかげさまで、はい。私がシェフを辞めてからさらに味も良くなりましたし」と言ってオーナーは笑った。「娘が連れてきた男が、随分と腕のいいシェフで、私はかないませんでしたよ。料理人としては悔しいですがね。でも、娘の親としては嬉しくも思いました」

「昨日は矢野さんが料理を?」

「ええ、そうです。料理は私と、ここで働いてくれている如月(きさらぎ)くんとで作っています」

「如月さんというのは、従業員の方ですか?」

「ええ。いい青年です。本格的に料理の修業をすればいいと思っているのですが、スキーがしたいということで」

「そうなんですか。でも、ここからではスキー場は遠いですよね」

「ええ。でもここがいいと彼はよく言っています」

「そうですか」と佐々木は言ってメモをとった。

 オーナーは白髪が目立ちはじめた頭を撫でつけた。

「昨日のことなんですが、磯台さんを最初に見たのは何時頃でしょうか?」

「昨日ですか? 昨日は十一時くらいですね。真田さんという大柄の方とお見えになったので、荷物を部屋に運ばせていただきました」

「何かおかしな点は?」

「おかしなところはなかったですね。ただ今回は男の人と一緒か、と思っただけです」

「このペンションには何度か泊まられているんですか?」

「ええ。二、三回じゃないでしょうか。宿泊のデータがあるんで、それを見ればきちんと分かります」

「あとで、見させてもらっても?」

「ええ、構いません。そういったものは家内に任しているので、家内に聞いてください」

「それから、磯台さんを見たのは?」

「えーと、夕食の時ですかね。何時かは覚えていませんが、一度テーブルの方へ行って、味の方を聞きました」

「どんな反応でしたか?」

「『美味しいです』と言ってくださいました。お連れの男の方も、そうです」

「その時、他の方はダイニングにいたのですか?」

「ええ。他のテーブルも周りました。特におかしなところはなかったです」

「そうですか。磯台さんが誰かをじっと見るようなことは?」

「まぁ、挨拶だけなのでよく分かりませんが、なかったですよ。お連れの、真田さんでしたっけ。その方を見ているのは分かりましたけど」

「そうですか。では、次に午前零時五十分頃のことを聞かせてくれますか?」

「ええ。私はキッチンにいました。キッチンで食材をチェックしていたんです。何があるとか、何を買い足さなきゃならないだとか、そういったことです。そうしたら、どこからか大声が聞こえてきて……。それでも、あそこはキッチンから離れていますからね。何と言っているかは分かりませんでした。でも、外が吹雪でしたし、空耳かなと思ってたんですが、だんだんと気になって、もし何かあったらいけないと思い、どこから聞こえてくる声なのか、ペンションの中をまわりました」

「どんなふうにまわりました?」

「キッチンから、私たちの居住スペースに行って、リビングに。そしてフロントの方へ行ったら、二階から声がするので、行ったんです。そうしたら、磯台さんが頭から血を流しているのが見えて……。驚いて、そこから動けなかったのですが、誰かの『警察に電話だ』という声を聞いて、一階に降りました。そしてフロントから警察に電話をかけました」

「磯台さんが亡くなっていることを確認しましたか?」

「いえ、私はしませんでしたが、家内が降りてきて『亡くなっている』と。だから、それを警察に伝えました」

「なるほど」

「警察の方からは、とりあえず現場のものに触らないように、そして、上にいる人たちを集めて、朝まで待機させてくださいと言われました。吹雪で、到着が朝になるだろうということも言われた気がします。そこで、とりあえず受話器を置いて、二階に行きました。皆さんをリビングに誘導して、真田さんには着替えてくるように言いました。そのあと、私は部屋に入り、磯台さんの様子を見て、毛布をかけました。そして、リビングに戻って、家内と如月くんにお茶か何かを出すように頼みました。それから、また二階に戻って、二○二に真田さんがいるのを見つけたので、リビングに連れていきました」

「ドアを閉めたりしました?」

「いいえ、開けたままです。でも、窓は閉められていました。たぶん真田さんが閉めたのでしょう。あのままじゃ寒いでしょうし」

「そうですか。続けてください」

「そのあと、また警察の方と話しました。磯台さんがどういった様子で倒れていただとか、部屋の様子を伝えました。そのあと電話を切って、リビングへ戻りました」

「リビングの様子はどうでした?」

「どうもこうも、悪かったですよ。二階さんが真田さんに暴言を吐いていて、真田さんは茫然として目に涙を浮かべていました。如月くんが二階さんをなだめていたんですが……。花城さんはぼーっとしてました。何が起こったか、よく分からないといったような感じで。私はテレビをつけてみました。風のせいで映りが悪かったですが、見られないほどではなかったです。私たちはお茶を飲みながら朝までそこを動きませんでした。何度かトイレには立ちましたけどね。皆さん、すぐに帰ってこられましたよ。どこに犯人がいるか分かりませんからね。ああ、でも二階さんは少し長かった気がします。十分か十五分くらい帰ってこなかった時がありました」

「朝を待っている時、皆さんは何をされていたか覚えていますか?」

「ええと……。私は家内の傍に座っていました。お茶のお代わりなどは全て如月くんがやってくれました。なので、如月くんは二、三度キッチンへ立ったと思います。二階さんは落ち着かない様子で、携帯電話をよくチェックしていました。真田さんは顔を押さえていました。泣いていたのかもしれません。花城さんは、いつの間にかソファで寝ていました。なので、私が毛布を持ってきてかけました」

「他の人は寝たりしていないんですか?」

「家内が私のそばで寝ていました。あとの四人は起きていたと思います。長い時間でした」

「なるほど」と佐々木が言った。

「そういえば、建物の入り口は何か所あるのでしょうか?」と俺はオーナーに聞いた。

「二か所です。玄関と、裏口です」

「裏口はどこにあるのでしょうか?」

「玄関の真裏ですね。私たちの居住スペースにあります。私たちはそこを使って外に出るんです」

「その居住スペースにはいくつ部屋があるのでしょう?」

「三つです。リビングと寝室が二つです。一つは来客用に使います。だけど、ここ数年は使っていません」

「寝室に窓はあるのですか?」

「あります。私たちの寝室も、客室と同じつくりになっています」

「如月さんはどこで寝泊まりを?」

「彼は屋根裏部屋です。裏口横の階段を登っていくと、あります」

「昨日は、裏口は開いていました?」

「戸締りはしました。家内と如月くんが外に出ていないかぎり、閉まっていたと思います」

「裏口の鍵は誰が持っているのでしょう?」

「私と家内、あと如月くんも持っています」

「そういえば、随分と広い駐車場を持っていますね?」

「ああ、あれですか。いや、恥ずかしいことなんですが、私が車の運転苦手なんです。特に駐車が。普段は運転しないので、いいんですがね。万が一のことを考えて駐車場を広く作ったんです」

「なるほど」と俺は言って手帳にこれらのことをメモした。「とりあえず、これくらいです。またお話を伺うと思うのですが、その時はよろしくお願いします」

俺がそう言うと、佐々木はオーナーをダイニングへと連れて行った。オーナーは部屋を出る時、軽く頭を下げた。

 すぐに佐々木は帰ってきて「次は誰にしましょう?」と言った。

「オーナーの奥さんにしよう」と俺は言った。


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