二階正嗣の証言
【二階正嗣の証言】
「そうですよ。にかいまさつぐ、です」
「二階さんは、こちらにいつ到着しました?」
「あの、それが何か関係あるんですか?」
「ええ、関係する場合もあります。詳しいことは言えませんが」と佐々木は言った。
二階正嗣は今どきの若者といったような風貌だった。短い髪の毛を立て、眉を細く整え、左耳にはリングのピアスをしていた。もしかしたら刺青もどこかに入っているかもしれない。やんちゃそうな男だ。年齢は二十五歳。N市に住んでいて、アルバイトで生計を立てているそうだ。
「ここへは車で来たんですか?」と佐々木は続けた。
「普通、そうでしょ。こんな山奥ですよ」
「何時頃?」
「よく覚えていないけど、四時くらいかな」
「N市から直接ここへ?」
「そうだけど?」と二階はわざとなのか、態度を悪くして言った。
「二階さんは午後三時に、ペンションに予約の電話をしていますね。それはどちらから?」
「携帯電話ですけど」
「それはペンションへ来る途中ということですか?」
「そうですけど?」
「正直に話してもらいたいのですが、ペンションに来る途中に宿泊の予約をするのはおかしくないですかね? ペンションが宿泊客で満杯だったらどうするつもりだったのですか?」
「さぁ、他のホテルに泊まったと思うけど」
「嘘はついていないと」
「もちろん」
「今回はどういった要件でこちらへ?」と俺は聞いた。
「スノボをしに来たんです」
「スノーボードはよくされるんですか?」
「冬はよくしますねー」と二階は言った。
そりゃあ、冬のスポーツだからな、と俺は心の中で言った。
「そうなんですか……。この冬は、もう何度もこちらへは来られているんですか?」
「ええ、来てます。あの山浪スキー場、有名ですし」と彼は言った。
だが、そう言う割に彼の肌は白かった。そんなに滑っていないのかもしれないな。
「ということは、板や服とかも持ってきているのですか? 手袋とかも」
「え? いやぁ、今回は何も持ってきてないっすね」
「ああ、そうなのですか」と俺は言って、佐々木を見た。明らかに疑いの目で二階を見ていた。睨んでいると言ってもいいくらいだった。
「では、スキー場で一式、借りるつもりだったのですか?」
「ええ、そうです。ボードとか荷物になるでしょ?」
「まぁ、そうですね」と俺は言った。
「では、午前零時五十分頃の話を聞かせてください」
「ああ、あの時間帯ね。さっきの刑事にも言ったんだけど?」
「もう一度お願いします。確認の意味もあります」
「ああ、分かりました。えーと、確か大きな声がしたんです。男の声で。そして、部屋を出たら、ドアが開いている部屋がひとつあったんで、そこに行ってみました」
「ちなみに二階さんが泊まっていた部屋はどこです?」
「俺の部屋は二○五です。左奥ですね」
「分かりました。では、声を聞く前に、部屋では何をなされていたんですか?」
「部屋ですか? 携帯いじってましたけど」
「そうですか。分かりました。続きをお願いします」
「えーと、どこまで話したっけ。ああ、あそこだ。ええと、そして、ドアが開いている部屋に行ったら、あの黒髪の女の子がいて、部屋の奥っていうか、真ん中あたりに男の人と女の人がいました。女の人の頭は赤かったです」
「そのあとは?」
「そのあとは、ペンションの人たちが来て、誰かが『警察』って言ったんです。で、俺も『警察に電話だ』って言いました」
「女性、磯台さんが死んでいると分かりましたか?」
「いや、分からなかったです。でも、生きているような感じはしなかったすね。動いていなかったし」
「『警察』と言った人は誰か分かりますか?」
「いや、分からないですけど女の声でしたよ。確か」
「部屋にいた女性、磯台さんではなくて、黒髪の女性の方なのですが、手袋か何かしていました?」
「いや、そんなとこまで見てないですよ」と二階は言って笑った。
「そうですか。ところで、磯台さんとは今回初めてお会いになりました?」
「ええ、もちろん。ディナーが一緒でしたよ。それが初めてですけど……。もしかして俺を疑ってるんですか?」
「いえ、そういうわけでは。この類の質問は全員にしていますので、心配しないでください」
「そうなんだ」と言って二階はワックスを塗った髪の毛をいじった。
「ディナーの時は、何か思いませんでしたか? 磯台さんや、他に人に対して」
「いや、特に……。あ、でも殺された人は俺のことじろじろ見てたな。彼氏がいるのに、なんだろうって思ってましたよ。ああ、でも俺だけじゃなくて従業員の人も見てたな。料理を運んできてくれた、背の高い、日焼けした人」
「なるほど」と俺は言って手帳にメモをした。この証言は花城の時にも出たな。なぜ磯台は人をじろじろと見ていたのだろうか。
「オーナーさんにリビングに集められましたよね? その時の話を聞かせてください」
「ああ、俺はちょっと疑心暗鬼になってたんで、結構人に当たっちゃったかもしれません。今は反省しています。『お前が犯人なのか?』とか『殺人鬼は誰だよ』とか言ってしまいました。朝になったら疑心暗鬼もなくなっていたけど。でも、だって、俺、あの中に犯人がいるって思ったんですよ。特に殺された人の彼氏。怪しすぎ」
「なぜ犯人が中にいると思ったのですか?」
「え? だって外は吹雪ですよ? 普通外に出ないでしょう」
「ペンションの中に隠れているという場合もありますよね」
「ありましたけど……。あの、実は俺一人で、ペンションの中捜索したんです。トイレに行くふりをして」
「そうなんですか?」
「ええ。隠れていないだろうけど一応。もちろんどこにも隠れていませんでした。怪しいのはやっぱりリビングにいた連中ですよ。特に彼氏が怪しいと思いますね」
「なぜ真田さんが怪しいと?」
「え? だって一番近くにいたし。だいたい、あの人しか動機がないでしょう。どんな動機か知りませんけどね。それに、他の人が動機を持っていたってありえるんですかね? あの時初めてあったのに。とりあえず客の方に動機はないですよ」
「花城さん、黒髪の女性や、従業員の方が磯台さんと知り合いという可能性がありますよ」
「本当ですか? 信じられないなー。知り合いなら話しかけたりするでしょう。あー、でも険悪な仲だったのかなー?」
とりあえず二階に色々な可能性があることを示してみたが、重要なことは聞けなかった。だが、たぶん二階も花城も、磯台香代のことはここに来るまで知らなかっただろう。だが、署に帰ったらもう少し詳しく調べないとな。もしかしたら接点が見つかるかもしれない。磯台の方にはなくても、真田と接点があったとしたら、それが動機に繋がる可能性もある。
「では、ありがとうございました。また何かあったらお部屋に伺いますので待機お願いします」
「分かりました」と二階は言って、椅子から立ち上がり部屋を出て言った。
「僕、あの男嫌いです」と部屋のドアが閉まるのを見届けて、佐々木が言った。
「嫌いもくそもあるか。ちゃんと話を聞け」
「すみません」と佐々木は目を伏せた。
「にしても、二階は嘘をついているな」
「ええ。たぶん、N市からここへは直接来ていませんよ。スキーもよくやらないみたいだし」
「ああ。奴に関しては昨日の行動をもっと確かめる必要があるな」
「ええ。まぁ、僕の予想なんですが、たぶん彼はスキー場からここへ来ていますよ」
「なぜだ?」
「勘ですけどね。スキー場からここまで来るのにだいたい一時間だからです」
「勘だな」
「ええ、勘です」
それから、俺と佐々木は、そこでお互いメモしたことを確認した。
すると「おい」と中島が部屋に入ってきた。
「どうした?」と俺は聞いた。
「凶器と思われるものが見つかったそうだ」
「本当ですか?」と佐々木が言った。
「ああ。二○二の窓から見える森の中だ。雪に半分埋まってたみたいだ」
「で、凶器は?」
「ハンマーだ。血がついてる」
「ハンマー?」
「ああ、ハンマーだ。小型の。トンカチより少しでかいが、持ち運びには問題ないだろう」
「うん」と俺は顎に手をあてた。
「で、従業員にも話を聞いてきたんだが……」
「俺たちも行こう」と俺は佐々木に言った。
「はい」と佐々木は返事をした。
「彼らはダイニングにいる。一人ひとりリビングに呼んで話を聞くといい。俺はもう一度現場を見て、もう一度客に話を聞いてみる」
「分かった。何かあったら呼びに来てくれ」
「分かった」と中島は言うと、部屋を出て言った。
「では、誰の話から聞きましょうか?」。佐々木は手帳を見ながら言った。
「オーナーからいこう」。俺はそう言い、一階へと向かった。