花城柚希の証言
【花城柚希の証言】
「はなしろゆずき、さんですね」と俺は彼女の運転免許証を見て言った。
「はい」と俺の前に座っている女性は言った。長い黒髪を彼女は持っていた。運転免許証によると、年齢は二十二歳だった。身長は百六十センチくらいだろうか。顔は少女のような幼い顔をしていたが、美少女と言っていい端正な顔立ちをしていた。唇には薄いピンクの口紅をしていて、化粧は濃くなかった。自分の顔の良さを知っているな、と俺は思った。
「何時に、このペンションに到着しました?」
「えーと、午後二時くらいでしょうか」
「それは昨日の?」
「ええ、そうです」
「それからどうされました?」
「リビングでテレビを見たり、ダイニングでケーキを頂いたり、部屋でくつろいだりしていました。外はまだ吹雪いていませんでしたけど、天気はよくなかったので外には出ませんでした」
「今回はご旅行か何かで?」
「ええ、そうです。気分転換に。一泊だけの予定でしたけど」
「お仕事は何をされているんですか?」
「今は何も」と彼女は言って、首元にあるハートのペンダントをいじった。
「前は何か?」
「前は探偵事務所で働いていました」
「探偵ですか」と佐々木は言った。
「ええ、でもすぐやめました」
「それはなぜ?」
「働く時間帯がバラバラでしたし、体調を崩しかけたのでやめました」
「そうですか。まぁ、分かります。我々の仕事もそんなものです」と佐々木が言った。今回は佐々木に任せてみようか。
俺は顎で佐々木に続けるように言った。
「えーと、磯台さんを最初に見たのはいつでしょうか?」
「たしか六時だと思います。ダイニングで、夕食を食べる時に」
「その時は一人でしたか?」
「私がですか?」と彼女は聞いた。
「いや、磯台さんです」
「いえ、磯台さんは男の人と一緒でした。真田さんと言ったでしょうか、大柄の人です」
「どういった感じでした?」
「どういったとは?」
「親しい間柄に見えましたか?」と俺は言った。
「ああ、はい。仲は良さそうでした。二人は夕食を食べていました」
「何か変わった様子はありましたか?」と佐々木は言った。
「変わった様子ですか……。あの、磯台さんが少し変わっていたというか」
俺は身を乗り出した。
「まぁ、なんでしょう。私がそう感じただけかもしれませんが、皆さんのことをじろじろ見ていた気がします」
「じろじろと?」と俺は聞き返した。
「ええ」
「どんなふうにですか?」と佐々木は聞いた。
「うーん。何かを疑うようにと言ったらいいんでしょうか……。すみません。よく分かりません。ただ、皆さんのことを見ていたのは間違いありません」
「その時、ダイニングには誰がいました?」
「えーと」と花城は首を傾げた。耳たぶにはハートのピアスをしていた。
「私と、磯台さん、真田さん、あと男の人がいました。それと、オーナーの奥さんと、従業員の男の方が料理を運んできました。ああ、あとオーナーさんも少し挨拶に来られました。料理が口に合ったかどうか聞かれました」
「その人たちのことも磯台さんは見ていたのですね?」
「ええ、そうです」
「そうですか。ちなみに、磯台さんには初めてお会いしました?」
「もちろん、そうですよ」と花城は笑った。笑顔も美少女のそれだった。
「最後に磯台さんを見たのはいつでしょうか?」
「七時くらいですかね。ダイニングを真田さんと一緒に出て行ったのが最後です」
「何か変わったところは?」
「別に、とくには。ドアを閉める時に、部屋を見まわしたくらいでしょうか」
「そうですか。では、次に零時五十分頃の話をしてください」
「できるだけ詳しく」と俺は付け加えた。
「はい。私はベッドに横になって、本を読んでいました。文庫本です」
「それは何の?」と佐々木は聞いた。
「ただの小説です。『三波葉 太』って人の小説です」
あまり聞かない名前だなと俺は思った。まぁ、小説なんてここ数年読んでいないから当たり前か。
「昨日は風の音がひどくて、あまり寝られなかったので起きてたんです。そしたら、大きな声で誰かが叫ぶ声がしたので、何だろうと思って、部屋を出ました。部屋を出ると前の扉が開いていて、そこからまた大きな声が聞こえたんで、恐る恐る入ったんです。そうしたら、女の人を男の人が抱きかかえているのが見えました」
花城は思い出すように、小さな顎に手をおいて目線を下にして話していた。
「そして、『どうしたんですか?』と声をかけてから、近づきました。近づいてみると磯台さんが……血がついているのが見えて。驚きました」
「ドアは閉めました?」と俺は聞いた。
「ドアですか? 閉めていません。最初から開いていたので、開けっぱなしになっていたと思います」
「なるほど。それからどうしました?」
「それから、男の人が入ってきました。あの、ダイニングで一緒になった人です。短髪の、左耳にリングのピアスをしている人です」
「そのあとは?」
「それから、奥さんがやってきて、従業員の方がやってきて、最後にオーナーさんがやってきました。そのあと、オーナーさんが警察に電話をしに一階に降りました。あとは、オーナーさんが警察に言われたのか、私たちにリビングに行くようにと。私たちがリビングに降りると、オーナーさんはまた二階に行ったようでした。皆、何が起こったのか分からないようでした。私も怖かったです」
「すみません。もう少し詳しく教えてください。奥さんは一階から上がってきたのですか?」と俺は聞いた。
「分かりません。でも、誰かが階段を登る音は聞こえました」
「従業員の方はどこから?」
「分かりません」
「オーナーは?」
「分かりません」
「では、なぜオーナーは警察に電話をしに行ったのでしょうか?」
「分かりませんけど、女の人が血まみれだったら警察に電話をするんじゃないんですか?」
「普通はまず救急車じゃないでしょうか?」と俺は言った。
彼女ははっとして、「それはそうですね」と言った。
「なぜ警察に電話をしに行ったと思ったのですか?」
「それは……、ああ、思い出しました。ピアスをした男の人が、『警察に電話だ』と言ったんです」
「それは確かですか?」
「確かです」
「分かりました」と俺は言って、メモをとった。そして佐々木を見て、また顎で彼を促した。
「では、次はリビングでのことですが、皆がリビングに集まったあと、どうされましたか?」
「どうもこうも。少し、いざこざがありました。それ以外は……」
「いざこざというのは?」
「犯人が誰だとか、そういったものです。皆さん、特にピアスをつけた方が疑心暗鬼になられていました」
「なるほど」
「花城さんはどう思われました? 犯人について」
「どうって、外に逃げたと思いました」
「なぜです?」
「窓が開いていたからです」
「建物の中に残ったとは思いませんでしたか?」
「少しは思いました。でも……」と花城は黙った。
「でも、何ですか? 正直に話してください」
「いや、ただそう思っただけです」と花城は言ったが、何かを隠しているように思えた。
「では、万が一、犯人が逃げていないとしたら、どう思います?」
「怖いです」
「もっと言うならば、真田さんが犯人だとしたらどう思います?」
花城はゆっくりとこっちを見た。
「それはないと思います」
「なぜですか?」
「勘です」と花城は言いきった。
「勘……ですか」と佐々木は戸惑いながら言った。
「わかりました。ありがとうございます。もう少しお部屋に待機してもらっても構わないでしょうか」
「はい。それは大丈夫なんですけど、今日中にはここから帰れるんでしょうか?」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ。その代わり連絡先を教えてもらうことになりますが」
「はい。それは構いません」と彼女は言った。何か予定があるのだろうか?
「何か予定が?」と佐々木が聞いた。
「いえ、何もないんですが、ずっとここにいるのは……」
「まぁ、そうでしょうね。でも大丈夫ですよ」と佐々木は彼女に微笑んだ。こいつは美女に弱いのだろうか。まぁ、強い男なんていないだろうが。
「ああ、あと最後に。手袋は持っていますか?」
「手袋ですか? 持っていますよ。鞄に入っています。茶色の毛糸のものです」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
とりあえず彼女に対する聞き込みはそれで終わった。俺は次にピアスをつけているという、もう一人のお客に話を聞くことにした。