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真田一季の証言

【真田一季の証言】


「はい。さなだいっき、で合っています」と真田は言った。黒い髪を短く刈っていた。眉毛は真っ直ぐに伸び、顔のパーツは整っていて、いわゆるイケメンと言ってもおかしくはなかった。だが、顎の弛んだ肉や、膨れたような体のせいで、台無しになっていた。

「まず当時の様子をできるだけ詳しく教えてください」

「分かりました。あ、でも、さっきの刑事さんにも同じことを言ったのですが……」

「構いません。何回もお話頂くことで、違ったことが思い出されるかもしれませんから、何回も聞いているんです。もちろん、お辛いとは思いますが、早く事件を解決するためにもお願いします」

「分かりました」と彼は言って、大きく息を吸った。

「午前零時五十分頃でしょうか。時計を見たわけじゃないので、分かりませんが、たぶんそれくらいです。ベッドでうとうととしていると、部屋に電話がかかってきたんです。誰だろうと思って、受話器をとりました。『もしもし』と言ったんですが、返事は聞こえませんでした。もう一度『もしもし』と言ったのですが、何も。で、ふと思ったんです。香代じゃないかなと。だから『香代?』と言ったんです。何も返ってきませんでしたけど。で、耳をすますと風の音が聞こえたんです。どうしたんだろう、と思って僕は受話器を置きました。そして隣にある香代の部屋に行ったんです。ドアを開けると、窓が開いていました。そして香代が倒れているのが見えたので、急いで近づきました。

「その時、部屋の電気は点いていましたか?」

「ええ、点いていました」

「ベッドランプや浴室の電気が点いていたかどうか覚えていませんか?」

「いや、そこまでは覚えていません」

「そうですか。すみません、続けてください」

「はい。ええと、そして、香代のそばに行ったんです。頭から血を流してました。僕は彼女を抱き抱えて大声で名前を呼びました。反応がないので、もう一回か、まぁ、何回呼んだかは覚えていません」。真田の声は涙声になっていた。

「すいません」と言って彼は服の袖で目を拭いた。

「そしたら、ドアから女の人が入ってきたんです。ええと、花城さんだったかな。ここに泊まっている人です。その人が入ってきたんです。『どうしたんですか?』って言われました」

「花城さんがドアから入ってくるところを直接見ましたか?」

「いや、それは見ていませんけど、ドアの近くに立っていましたし」

「なるほど。続けてください」

「それから彼女は近づいてきました。そして小さく叫びました。まぁ、僕もなんとなく分かっていました。すでに香代は死んでいました」と真田は言うと、今度は隠すことなく涙を流した。

 しばらく彼は泣いていた。佐々木を見ると、メモをとりながら同情の眼で彼を見ていた。

 すると落ち着いてきたのか、真田は「すいません」と声を出して謝った。

「そのあとのことを聞かせてもらいますか?」

「はい。そのあと、男の人が部屋に入ってきました。今度はきちんと入ってくるところを見ました。名前は分かりませんが、泊まっていた客です。昨日、ダイニングで見ました。彼も『どうしたんだ?』と言いました。まぁ、そこからはもう、分かりません。僕は茫然として、香代を抱いていました。何人も部屋に来ました。で、たぶん、オーナーさんが警察に電話をしたと思います。ああ、でもそれも分からないな……ずっと部屋にいたし。で、皆が部屋から出て行ったあとに、僕はオーナーさんに連れられて自分の部屋、二○三に戻りました。着替えるようにと言われました。服には血が付いていましたし。そのあと、部屋で着替えて、もう一度香代の部屋に戻りました。香代には毛布がかけられていました。窓が開いていたので、僕は窓を閉めました。そのあと、オーナーさんが部屋に来て、リビングに来るように言われました。他のお客さんたちや、従業員の方もいました。オーナーさんが、『警察が来るまでここにいるように』と。ぼくらはそこに朝までいました」

「なるほど。では、磯台さんとの関係を教えてください」

「香代とのですか?」と真田は言った。「香代とは高校時代からの友達です」

「知り合ったのは高校時代の時ですか?」と佐々木は聞いた。

「ええ。あの、詳しく言うと元カノの友達です」

「今はどういった関係ですか?」

「友人の一人です。元……元カノが亡くなってから、よく僕を励ましてくれていました」と言ってまた彼は涙声になった。

「お付き合いなどはされていなかったんですね?」とメモを取りながら佐々木が聞いた。

「ええ、していませんでした」

「ところで、その元彼女はなぜ亡くなられたんでしょう?」

彼は涙目で俺の顔を見た。

「それが何か事件に関係あるのですか?」

「いえ、関係はないかもしれませんが、意外なところから何か分かる時があるのです。よろしければ」と俺は言った。

「彼女は、美沙(みさ)()と言ったんですが……。彼女は自殺をしたんです」

「自殺ですか?」

「ええ、自殺です。一昨年の、十月九日です。車の中で自殺をしました。一酸化炭素中毒だったみたいです。車の中には練炭があったそうです」

「それはどこで?」

「山の中です。彼女の家から車で一時間のところです」

「原因はなんだったのでしょう?」

「原因ですか?」と彼は言って、うつむいた。

「僕はきっと死神なんです」と彼は言った。

 俺は佐々木を見た。佐々木も俺を見ていた。佐々木はわけが分からないといった顔をしていた。俺もそんな顔をしているだろう。

「なぜです?」と俺は聞いた。

「僕の近くにいる女性は死んでしまうんです」

「だから、なぜ?」

「前回も、今回も、僕のそばにいたじゃないですか」と真田は何故分からないんだというように言った。

「自殺の現場にいたのですか?」

「いいえ、そういう意味じゃないです。親しくしていた女性がってことです」

「遺書か何かは残されていたのですか?」

「もういいでしょう? 彼女のことは」と彼は言った。

「お願いします。真田さん。辛いことは私たちも分かっています」と佐々木は言った。

 真田はしばらく黙ったあと、「僕の浮気が原因です」と言った。

「浮気」と言って佐々木はメモを取った。

「遺書にそう書かれていたのですか?」と俺は聞いた。

「いや、遺書はなかったんです。ただ」

「ただ?」

「気付いていたと思います。彼女が僕の携帯電話を見ているのを見たことがあります」

「そうですか。浮気相手というのは?」

 真田は、そこまで聞くのか、という驚きの顔をしていたが「会社の得意先に勤めている人です」と言った。

「その人とは今は?」

「何もありません。浮気自体短いものでした。二週間くらいでしょうか。彼女が携帯電話を見ているのに気がついて、やめました」

「それについて何か言われました?」

「言われませんでした。優しかったので、許してくれたものだと思いました。僕はそのあと、彼女に尽くすことを決めました。もう二度と浮気なんてやらないと固く決めました。でも、美沙希は死にました。やっぱり苦しんでいたんでしょう。僕は言葉に出して謝るべきだったんです」。そう言って、彼は顔を隠して泣き始めた。今度はすぐには泣きやまないような、号泣だった。

 その真田を佐々木は抱えるように自室に戻した。しばらく彼からは何も聞けないだろう。


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