第7話 森の中
「う~む、困った」
日も完全に落ち、辺りはすっかり暗くなっていた。
聞こえてくるのは木々のざわめきと、時折鳴いている鳥の声、微かな羽ばたきくらいである。
人気のない、うっそうと生い茂った黒い森。
夜目は多少きくが、暗闇の中をこのまま歩くのが危険であることは素人にも分かる。かといって光属性の術を発動して灯りを点ければ、魔物たちに気付かれ更に危険だ。
しかしいつの間にこんな場所へ来てしまったのだろう。
カタトス町内の宿屋へ向かっていたはずだが。
なのに森の中。一体何故??
私は首を捻った。
だがこんな場所で今更そんなことを考えていても仕方がない。
私は気を取り直し、ここで野宿をすることに決めた。今はこの場を動かないほうが無難である。
(取り敢えず、アレは仕掛けておかなきゃ)
私は立ち止まると、脇にあった茂みの中へ入り込んだ。そしてその中に隠れていた適当な木の根元へ座ると、手をかざした。
「界侵呼応」
これは地属性で、主に狩りに使われることの多い術である。
大地との繋がりが深い個体(この場合は、この木の根元であるが)にかける術で、それを中心とした一定の範囲内を侵すモノ――つまり、外部から侵入してくるモノがあった場合、侵入者がこの場所に近付けば、この木はソレに向かって自動で攻撃を仕掛ける、という仕組みである。
ただこの術の最大の欠点は、最初から範囲内に存在しているモノには反応しないことだった。最初からここに居るモノに対しては、外部からの侵入者とは認識しないのだ。
この一週間ずっと野宿続きだった私は、この術をかけ終わってから休むのを日課にしていた。だがたまに認識せず、魔物やその辺りをうろついていた野盗に何度も襲われそうになったこともある。
それにこの術の効力は一晩ほどであり、一回攻撃しただけでも解けてしまう。攻撃を一回でも避けられたら、それで終わりなのだ。
しかし一方で、かなり役に立つ術でもある。
侵入者と判断したモノには不意打ちで襲いかかるのだ。まさかそこらへんに生えている木が攻撃を仕掛けてくるなど、普通は誰も思うまい。
私は周囲の木、五~六本にも同じ術を施した。どの方向から侵入されてもいいように、用心のためである。
術をかけ終わった私は、一番茂みの深い場所へと入っていった。
ここならば乱雑に生えている雑草などの影に隠れることができるため、万が一敵が近付いてきたとしても見つけられにくいだろう。
その上術をかけながら携帯していた空の袋には、落ち葉も拾い集めていた。これを野宿場所に敷き詰め、寝袋代わりにするのだ。
一応寝袋は常備していたが、このような場所ではいつ魔物に襲われるか分からない。咄嗟の時に身動きが取れないと困るので、いつも戦闘態勢を崩さずに仮眠している。
本当なら私もこんな場所での野宿はあまり気が進まなかったのだが、この暗闇の中を無闇に歩き回って魔物に見つかるよりはまだ良い。
魔物というのは縄張り意識が人間よりも強いのだ。だから自分たちのテリトリーを侵す者を襲うのである。
特に人間が森などに迷い込んだ場合には、魔物に見つかる確率が非常に高い。
何故なら魔物というものは森や洞窟、人間や他の魔物が住まなくなった廃墟、中位クラス以上の魔物にいたっては、無理矢理空間をねじ曲げて作った場所などに住み着いているのが殆どだからだ。
それに森や洞窟にいるのは、大抵が下位クラスの魔物だった。特に下位クラスの魔物は人間に対して、無差別に攻撃を仕掛けてくるから困ったものである。
私は野宿の準備を終えると、そのまま落ち葉の中に潜った。
多分今夜も熟睡はできないと思うが、さっきのギルドでは十分な休息を取ることができたので、いつもよりはマシだろう。
私は木に寄り掛かると魔物に見つからないよう祈りつつ、目を閉じた。