第6話 世界の始まり
この世界は1本の大樹から始まった。
後に『生命の樹(エーテルツリー)』と呼ばれるその樹には、六体の精霊が宿る。
彼らはこの大地を潤し、やがて二種類の命をも創造した。
『自らの力を分け与えたモノ』と『与えなかったモノ』。
それらは『魔族』と『ヒト族』に別けられる。
魔族――即ち私たちが普段『魔物』と呼んでいるモノたちは、最初から持つ精霊の力を使い、地上を支配していった。
魔物と人間との争いはその頃に始まる。
しかし力を持たない人間が、力を持つ魔物に勝てるわけはない。
徐々に大地を制圧していった魔物たちは、『生命の樹』をも手中に収めようとした。
それを知った精霊たちは、全ての根源でもある大樹を守るため、人間に対して交換条件を持ちかけた。
力を与える代わりに『生命の樹』を守って欲しい、と。
その力を喉から手が出るほど欲しがっていた人間たちは精霊の指示通り、各地に六つの社を建てた。
これが結界の柱となり、精霊たちと『生命の樹』は地上から姿を消した。私たちが入り込めない何処かへ、隠れてしまったというのである。
残された人間たちには約束通り力が授けられた。
それが精霊石。
人間が精霊力を使うにはその石を身に付けていないと発動しないし、現在でも各社近辺の鉱山でしか採れない石である。
と、これが世間一般で広まっている創世記時代の伝承である。
地上が誕生したのは千年以上前らしいが、現時点では約千年前までの歴史しか解き明かされていないそうだ。それ以前のものは伝説として語り継がれていたり、古文書にそういう話が記されていたりするだけである。
どのようにして地上が誕生したかなど、まだはっきりとしたことは解明されていないらしい。
つまりこの話はそれ以前の伝説――おとぎ話なのである。
その中には『魔王』という記述も出てくる。
地上の支配、『生命の樹』を手に入れようとした時の最高指揮官が魔王だというのである。
自らが放つ一振りの大剣で、何千人ものヒト族を一気に虐殺していたという記述も残されていた。
……んな、バカな。
精霊術の講義で、父から改めてこの話を聞かされた時の、私の感想である。
勿論『架空の物語』としてなら、それまでにも何度か耳にしたことはあった。しかし常識的に考えてみても、一振りの剣でそんなに多くのヒトを殺すことなど有り得ないだろう。
他の記述についても同様である。
生命の樹や精霊などというものを実際には誰も見た者がいないし、何処かへ隠れてしまったという話も都合が良すぎて信憑性も薄い。
それに何故精霊たちは、『力を与えたモノ』と『与えなかったモノ』の二種類の命をわざわざ創ったのか。結果的に後から人間に力を与えることになるのなら、最初から与えておけば良いのだ。
更に言えば、何故精霊は自分たちだけで『生命の樹』を守ろうとしなかったのか。
伝説が本当であるならば、人間と魔物の創造主である精霊が、他力本願で樹を守らせるのはおかしい。精霊石まで与えて守らせるよりは、自分で守ったほうが遥かに効率は良いと思うのだが。
その他矛盾点を指摘し始めたら切りがないのでこれ以上は割愛するが、いろいろと無理のありすぎる言い伝えなのである。
この話は、あくまで伝説として語り継がれてきたにすぎない。決定的な証拠も発見されておらず、世界的に高名な学者も研究、論議しているらしいが、全てにおいて未だ憶測の域を出ていなかった。
しかし私たちが各精霊(属性)や精霊石を使い、術を発動しているのも確かである。
このおとぎ話が、何処まで真実を語っているのかは分からない。が、私にとっては精霊や生命の樹があってもなくても、術さえ使えればこの世の歴史など全く関係はなかった。
「あんた、その依頼書に興味があるようだね」
受付のオジさんが頬杖をつき、にやにやと薄笑いを浮かべながら話し掛けてくる。
その表情から察するに、私がこの紙にしばらく見入っていたところをずっと見ていたらしい。
何となく恥ずかしくなった私は、ギルドから逃げるように飛び出した。
「う~む、これから何処へ行こう」
外へ出た私はギルドの前に立つと、次に目指す場所について思案していた。
(セフォネ町方面なら火の社へ行こうと思ってたんだけど、こっち方面だから……水ね)
社を巡る順番に特別な決まりはなかった。個人の自由である。人によっては最短ルートを行かず、故意に時間のかかる方法で巡礼する者もいるようだ。
「よし、決めた!」
私は指をパチンと鳴らした。
「まずは宿屋だわ」
日も暮れ、辺りも暗くなってきた。
今日のところは宿屋へ直行である。