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第58話 旅立ち

 私の突然の申し出にディーンは一瞬黙り込んだのだが、直ぐに表情を緩める。

「俺は一向に構わないよ。もしかして君はリアに会ったら、その印のことでも訊くのかい?」

「ええ、勿論よ。だって得体の知れないモノが身体に付いてるのって、なんだか気持ち悪いんだもの。だからこれが何の刻印なのかを早く知りたいのよ」

 私は不安要素を抱えたままで、毎日を過ごすのは嫌なのだ。一刻も早くこの気持ちを、スッキリとさせたかった。


「それじゃあエリス、エド。二人も俺たちの村に同行するということで、決まりだな。それでいいな、アレックス」

 ずっと蚊帳の外だったアレックスは突然話し掛けられ、きょとんとした顔をしている。


「君たちは何を言っているのだ。俺は帰らないぞ」

「! …はぁ!? なんでよ!?? あんた、ディーンと一緒に故郷へ帰るんでしょ!」

「だから何を言っている。俺は一言も帰るとは言っていないのだが」


 詰め寄る私に対して小首を傾げながら、アレックスは眉根を寄せた。

「俺にはやるべき使命がある。無論それは魔王を倒すことだ。それを果たさない限り俺には、先祖やリアに合わせる顔がないのだ」

 いつもの真面目な表情で拳を強く握り締め、アレックスはキッパリと宣言した。対して私はなおも抗議しようと口を開きかけたのだが、ディーンが肩に手を置いてそれを制止する。


「アレックス、お前魔王に負けたんだってな」

「なっ! 何故それを…!?」

 アレックスは突然、顔に動揺の色を見せた。

「さっき廊下にいた女の子たちに聞いたよ。お前、まだ魔王を倒すには力不足なんじゃないのか?」

 途端彼はあからさまに、ガクリと床に崩れ落ちた。


「そう……そうなのだ。俺は魔王と対峙したにも拘わらず、全く手も足も出なかった。

身体中に戦慄が走ったかのように、動くことさえできなかったのだ。

精霊の加護を受けた、英雄の末裔であるはずのこの俺が!

なのにこのような状態で、本当に魔王を倒せるというのか!?」


 アレックスは床に向かい、何やら独りでブツブツと自問自答している様子である。

 恐らく先程の大袈裟な崩れ方から見れば、「魔物に負けた」という事実を完全に忘れていたに違いない。

 或いは「嫌な出来事は即座に忘れる」という、私にとっては実に羨むべき特技の持ち主なのだろうか。

 もっとも正確に言えば負けたのは魔王ではなく、正体不明――少なくとも中位クラス以上の魔物の女だったが。


「なあ、アレックス」

 ディーンはしゃがみ込んで、そんな彼の肩を優しく叩いた。

「一度初心に返ってみたらどうだろうか。そこで己を鍛え直してみるのも、悪くはないと思うぞ」


 その声にアレックスは顔を上げ、虚ろな目をディーンへと向けた。

「だがどうやって?」

「お前の出発地点は故郷だろ? だから一度郷へ帰り、そこで再び鍛え直すんだ。そうすれば自ずと魔王を倒せる、強力な能力が身につくと思うぜ」

 すがるような目で見詰めるアレックスに対して、ディーンは更に優しく微笑みかける。


「もしかしたら、今は魔王を倒す時期ではないのかもしれない。つまりお前にとっては、厳しい試練でもあるんだよ。それを乗り越えることができれば、きっとお前は本物の英雄になれるはずさ。なにせ正真正銘英雄の血を引く、精霊に選ばれた特別な子孫なんだからな」


 アレックスはディーンの顔を食い入るように見詰め、うわごとのように呟いた。

「そう、なのか? 今はまだそんな時期ではないと……もっと鍛え直したほうがいいと……」

「ああ。それにさっきは言いそびれていたが、お前が黙って家を出て行ったせいでリアがかなり怒っていたぞ。この様子だとアイツ、お前が帰ってこなかったら何をしでかすか分からないかもな」

 ディーンは険しい表情をすると、責めるような視線をアレックスへ投げ掛けた。それを受け取ったアレックスの瞳には、再び光が戻ってきたような気がする。


「む……それはまずいな」

「もし戻るというのなら、事態が修復できる今のうちがいいと思うぜ。取り返しがつかなくなったらお前、もう二度とあの村の敷居を跨げなくなっちまうからな」

 その言葉を聞いたアレックスの顔は、端から見ても分かるほど真っ青になっていった。そして何かに怯える子犬のような目をしながら、両腕を抱え込んでガタガタと震えだしたのである。

「そそそれは……村の皆にも迷惑を掛けてしまう。……むぅ……やはりここは俺が一先ず、村へ帰らねばならぬのか」


(アレックスの妹って…?)

 一体どんな女の子なのだろうか。訊いてみたいが、彼の顔色を見てしまったら何となく訊くのは恐いような気もする。


 何れにせよ私たちはリアに会って、この刻印のことを確かめなければならない。

 流石に面識のない客人を、どうにかするという行為はないだろう……恐らく。






 斯くして、最後までごねるアレックスを懐柔した私たちは、ようやくこの町を出発することになったのだった。




『父さん、ソーマへ。

パーティメンバーの怪我も治り、これから水の社へ向かいます。

父さんは私の怪我のことを心配していましたが、私は怪我をしていないので大丈夫です。

安心してください。

エリスより』




 このような内容の手紙を父には送った。代わりに現れたものには、相変わらず私のことを心配するような文面が書かれている。だが今日送った手紙を見れば、父も一安心することだろう。

 父には中位クラス以上の魔物と遭遇したことや、得体の知れないマーキングを付けられたことなどは伏せている。勿論これ以上心配をさせたくはなかったからだ。


「エリスさん~何やってるんですか~? 先、行っちゃいますよ~」


 遠くから呼びかけるエドに直ぐ返事をすると、私は荷物を担いで走り出した。

 これから共に旅をする仲間に向かって。




【第1部 完】

●第1部あとがき●


ここまで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。


自分で読み返してみれば、いろいろ反省点があります。

コメディ中心なために、全体的に文章が軽かったなあ…とか、

場所が全然動いていないなぁ…とか、

もっと主人公たちを活躍させたかったなぁ…とか、等々。


それに中途半端な終わり方ですいません(汗)。

まだ「第1部」は序章のようなものです。

多分、長編シリーズになるんじゃないかと思います。


因みに続編「第2部」のほうですが、6月(2011年現在)から開始しようかと思っています。


なので、その時にはまたよろしくお願いします。

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