第57話 英雄の村
この六日間、毎日図書館通いをしていても全く手掛かりすらなかったというのに、まさかこんなにあっさり見つかるとは。
しかしディーンは直ぐに、何処で見たのかを具体的には思い出せないと言ってきた。
「もしかしたらこの紋様は……リアが見つけた古文書に載っていたものかもしれない」
「リア?」
「ああ、弱冠十八歳にして考古学者をやっている、アレックスの妹なんだが」
ディーンは首を捻りながら、何かを思案している様子だった。
「或いはうちの村なら、何か分かるかもしれないな」
「どういうこと?」
「うちは『英雄の血族』の村だからさ」
ディーンは真面目な顔をして答えている。
やはりそうなのだ。アレックスの村は、未だに英雄や魔王伝説を信じている。
「ちょっと訊いてもいいかしら。あなたたちの村って一体なに? アレックスの能力のことといい、どういった村なの?」
「うちの村は水の精霊ウンディーネの加護を受けた英雄が作ったと言われているんだ。だが御多分に漏れず、大抵の村民は今までそんな伝説を信じてはいなかった。アレックスに芽生えた能力を見るまでは、ね」
「それじゃ、魔物の術を跳ね返すあの能力って一体?」
「太古の時代に魔王が現れた時、精霊がその対抗策として英雄にだけ与えた特別な能力だと、うちの村では伝えられている」
これはこの前、洞窟の中でアレックスから聞いた話と一致していた。だが私はすぐに眉を顰める。
「でも本当なの? 英雄とか魔王とかって」
「まあ普通は信じないよな、そんな話。俺にもそれが真実かどうかは分からないよ。
でも俺たちの村では、世間と少し違った内容の話が伝えられていてね。アレックスにあの能力が付いたことで、わりと村では大騒ぎになっていたんだ。
特にリアも学者魂に火が付いたというか……目の色が変わってしまってね。寝る間を惜しみながら諸々の伝承について、現在も調査している最中なんだよ」
だとしたら、リアならこの印のことも何か知っているのだろうか。手掛かりは、アレックスやディーンが故郷でこの紋様を見たかもしれない、ということだけなのだ。
私はアレックスが退院したら、王都へ行ってみようかと思っていた。そこならこの国一番の王立図書館があるし、蔵書数もこの町とは比べものにならないはずだ。
だがここからではかなり距離があった。時間で換算すれば徒歩で恐らく一ヶ月以上は掛かるかもしれない。
馬車を使えば早くて二週間くらいなのだろうが、巡礼中である私には余計なことに使うほどの路銀の余裕はなかった。
「ディーンたちの村って、ここから遠いの?」
「ここからだと……そうだな、君たちはさっき巡礼者だと言っていたね。水の社へは行ったのかい? うちの村はその近くにあるよ」
「僕は~まだ『火』しか行ってないです~。でも順番からいって~次に行こうとは思ってました~」
「私も、これから行くつもりだったわ」
そこは最初の目的地でもある。
ならば決めた。
「ディーンたちはこれから故郷へ帰るんでしょ? だったらついでに私も、あなたたちに同行させてはもらえないかしら」
「それならば~僕もご一緒させてもらいたいです~。ここまで来たのも何かの縁ですし~旅は道連れ~とも言いますし~」
「……そうだな。行き先は君たちと一緒だしね」
ディーンは私たちの言葉で少し考え込んでいる様子だったが、直ぐにまた甘く包み込むような優しい笑顔に戻った。そこで私は更に、図々しいお願いをしてみる。
「もう一つついでに、アレックスの妹にも会わせてほしいのだけれど」