第56話 訪問者
その服は私と同じ黒いローブであり、一目で精霊術士だと分かった。頭はフードで覆われていて口元くらいしか見えていなかったが、体付きや地の底へ響き渡るような低い声からは性の判別も容易だった。
しかし彼がそこに佇んでいるだけでも、かなり異様な雰囲気が漂っていた。唯一見えている口角には邪悪そうな笑みが浮かんでおり、更に表情が隠れているためにより一層の不気味さがあった。見るからに悪事を働いていそうな風貌である。あまりお近づきにはなりたくないかもしれない。
「おお、ディーンではないか。君も魔王を倒しにここまで来たのか」
アレックスはやや驚いた表情をしたが、直ぐにその怪しい男性へ気軽に声を掛けた。
「えっ、知り合い??」
私も驚き、二人を交互に見る。
顔が見えないのに特定の人物だと分かるのは、それだけ親しい間柄なのだろう。心なしかアレックスの表情も嬉しそうに見えた。
「相変わらずだなアレックス。お前を迎えに来たんだよ」
ディーンと呼ばれたその男性は、固まっている私たちの横を通り過ぎてアレックスの元へ歩み寄ると、おもむろに被っていたフードを外した。
中から現れたのは、アレックスに負けないくらいの美形の持ち主だった。
二十代半ば程だろうか。
顔や体格はアレックスに非常によく似ていたが、髪や目の色は色素薄めの彼よりは、若干深い色が混じっているようだ。全体的に大人びていて、落ち着いた雰囲気もあった。
「そういえば何も言わずに出てきたんだったな。ところでリアは元気か? それだけが唯一気がかりだったのだが、どうしても魔王を倒さねば帰れなかったのでな」
「リアは相変わらずだよ、お前がいなくても」
答えたディーンの雰囲気が、先程とは全く違って見えた。
顔を隠している時は何かを企んでいるような不気味な感じだったのだが、今はアレックスと同じように柔らかく、甘い微笑みを口元に浮かび上がらせている。フードを被っているか否かだけで、こうも印象が180度違ってくるものなのか。
「だがまさかお前が、俺たちの会話を聞いていたとは思わなかったよ。いつものように山へ籠もっているんだとばかり思っていたからな。後になってリアがそのことに気付き、お前を捜すよう俺に頼んできたのさ」
「おおリア、それほどまでに俺を心配して……」
「いや、お前一人ではどんな無茶をするかわからないから、他人に迷惑を掛ける前に必ず連れ帰ってきてくれ、だとさ」
「リア、兄は……兄は必ず魔王を倒し、君の元へ帰ると約束するぞ!」
「ははは、だから違うって。つか人の話聞けよ」
会話の内容はともかくとして、美形二人が窓辺に並んで談笑している姿というのは、それだけで絵になるものだ。陽の光に照らされている二人の周囲だけが輝いて見えた。なんだか見ているだけで心が和んでくるようだ。
「ところで~この方はどちら様なのですか~。表には~『絶対安静』の札が~掛けてあったと思うのですが~」
私の貴重な癒しの時間を邪魔するかのように、エドが二人に話し掛けてきた。
「そうだぞディーン、駄目ではないか。俺は仮にも『絶対安静』ということになっているのだからな」
「何を言っているんだよ、もう忘れたのか。この前怪我で町の病院に入院した時、病室へ勝手に入ってくる女の子たちに睡眠を邪魔されて、ゆっくり静養ができないってお前が言ってきたから、俺がよく使うこのワザを伝授してやったんじゃないか」
(あなたたち一体、どれだけモテてんのよ)
まったくもってうらやま……いやいや、道理でアレックスにしては、わりとまともなアイデアを提案してきたと思っていたのだ。
ここでディーンは先程から放っていた私たちの突き刺すような視線に初めて気が付いたのか、少しバツの悪そうな顔をした。
「それより自己紹介が遅れてしまってすまない。俺はディーン・ヴォング。アレックスの従兄弟にあたるんだ」
ディーンの自己紹介の後に、私とエドもそれぞれ自分たちのことを名乗った。
「どうやらアレックスが君たちに、多大な迷惑を掛けたようだね」
「ええ、それはもう。魔王を退治するとかなんとか、かなり振り回されましたよ。挙げ句には魔物にまで変なマーキングを付けられるし」
「マーキング?」
「うむ。実はこれなのだが」
アレックスが自分の左腕の袖を捲り、ディーンに見せる。
「この紋様、前に何処かで見たような気がするのだ」
その言葉に私は吃驚した。
「えっ!? ちょっとアレックス、このマークを知っていたの? 今まで一言もそんなこと、言わなかったじゃない」
「たった今ディーンの顔を見て、思い出したばかりなのだ。故郷の村で見たような気がしたのでな」
ディーンはその言葉を聞きながら紋様をしばらく凝視していたのだが、おもむろに口を開いた。
「そう言われてみれば、この単純な紋様……俺も見たかもしれん」
「えっ!??」