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第55話 見舞い

「ああ、なんてお美しいのかしら」

「小鳥とお戯れになられて……まるで一枚の絵画を見ているようだわ」

「何を考えていらっしゃるのかしら」

「あのような慈愛の目で見詰めているのですもの。きっと愛おしくてたまらないのではなくて?」

「それにしてもアレックス様、起き上がって大丈夫なのかしら。病室には『絶対安静』の札が掛けられていたはずでは……」


 私たちはアレックスが入院している建物の真下に到着していた。

 そこには私と同じ年頃の娘たち五~六人程が、溜息を吐きつつウットリとした表情で見上げ、会話をしている。その熱い視線の先には、アレックスの病室があった。


 当のアレックスはといえば余程暇なのか、寄ってきた小鳥を肩や手の甲に乗せて遊んでいた。窓辺に座って小鳥を愛でるその姿は、女性なら誰もが見とれてしまうような麗しさもあったが、本人にその自覚が微塵もないのが難点である。

 私たちは見上げる彼女たちの横をそのまま素通りして、建物の中へと入っていった。


「おや、君たち」

 アレックスは入ってきた私たちに気付くと、座っていた窓から離れてこちらへ近寄ってきた。肩に止まっていた数羽の小鳥たちが一斉に、羽音を立てながら開いている窓の外へと散っていく。


「アレックス、なに呑気に小鳥となんかで遊んでいるのよ」

 私は腰に手を当てながら、少し強い口調で文句を言ってやった。

「別に遊んでいたわけではない。鳥を見ていたら少々疑問が湧いてきたのでな、それを思案していたところだ」


「疑問?」

「うむ。あの鳥たちが食用か否か……」

「知るかっ!」

 真剣な表情で答えるアレックスの言葉を、私は速攻で遮った。


「……エリス、何をそんなに怒っているのだ?」

「そうですよ~。エリスさん目が恐いです~」

「あ……ああごめん」

 目を丸くした二人に気付いた私は、直ぐに謝った。

 図書館へ連日通っているにも拘わらず何の成果も上げられないために、ついアレックスに対して八つ当たりをしてしまったのだ。何となく罪の意識を感じた私は、少し口調を和らげた。

「それより、窓の近くに立っていたら駄目じゃないの。一応今のあんたは『絶対安静』ってことになっているんだからね」


 アレックスは今現在も入院中だが、身体のほうは大分良くなっていた。

 彼の身体は一般人よりも術が効きやすいのだ。本当ならば一ヶ月くらいかかる術治療だったが、あと二~三日くらいで退院できるとのことだった。術医もその驚異の回復力に驚いていたが、生まれつき術には非常に効きやすい体質の持ち主だと伝えたら、珍しいことではないのか特に疑問を持たなかったようである。

 なのに何故『絶対安静』なのかといえば、私たち関係者以外の者がこの病室に入ってこられないようにするためだった。


 他の患者や見舞客、取り分け若い女の子たちがアレックス目当てで「見舞い」と称して、用もないのに頻繁に訪ねて来るようになったからだ。

 この五日間で入れ替わり立ち替わり、ひっきりなしに様々な女性たちが毎日病室を訪問してきた。術医や看護師などからはこの部屋があまりにも煩かったために、睨まれたりもした。

 そこで『絶対安静』の札を使用するという案を、アレックス本人が出したのだ。私は半信半疑だったが、それ以降はピタリと訪問客が途絶えたから驚きである。


「あまりにも気持ちの良い天気だったのでな。少し外の空気にも触れてみたかったのだ」


 アレックスは三階から見える町並みを、相変わらず涼しげな表情で見詰めながら答えた。

 開いている窓からは、ひんやりとした心地よい風が入り込んできている。空は見事としかいいようがないくらいに、真っ青な広がりを見せていた。

 しかし私の心はというと真逆で、暗雲が立ち込めている。無意識に刻印のある左腕を掴んでいた。


「アレックス、元気そうだな」


 病室の扉が勢いよく開けられ、男の声が聞こえてきた。

 そこにはフードを目深に被り、不気味な笑みを湛えた怪しい格好の男が立っていた。

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